真・新宿ダンジョン攻略配信3

「なんだかすみませんガーベラ。少しテンションが上がってしまって」


「本当よまったく。まだ腕が痛いわよ」


「……できればでいいんですけど、またやらせてくれませんか? すごく気持ちよかったので」


「絶対嫌」


「そんなぁ……」


 途中から俺のストレス発散と化した検証作業のあと、第二森林エリアを抜けて最後の第三森林エリアを移動する俺たち。


 新しいスキルだが、確認したところ【鬱憤晴らし】という物騒な名前のものだった。

 効果は“攻撃を防がれるたびに確率で次の攻撃の威力上昇”。【鎧砕き】と似て耐久の高い相手と戦う時に発動するであろうスキルだが、効果が重複していく点が違う。


 発動させるには確率の抽選をクリアしないといけないので、汎用性は今一つといったところだろう。


〔雪姫ちゃん、配信終わったらゆっくり休んでね……〕

〔無理すると体によくないよ〕

〔何かあったら警察や協会に相談するんだよ……〕


 さっきの一件から優しい状態が続いているコメント欄。


「あ、ありがとうございます。さっきは色々言ってしまいましたが、体調を崩したり精神を病んでしまっているわけではありませんよ? ご心配は嬉しいですが」


〔なんか今まで俺たちふざけすぎたかなって……〕

〔これからはあんまり可愛いとかも言わないことにするよ……〕


 ……な、何だろう。

 今まで、こう、コメント欄の変態っぷりがストレスに感じることもあったはずなのに、こうも殊勝な反応をされると変な気分になるな。


「ほ、本当に気にしなくていいんですよ! 何だかんだ賑やかなコメント欄に助けられてますし、他の視聴者さんに迷惑のかからない範囲で、思ったことを言っていただければ――」


〔雪姫ちゃんにあんなに責められるなんてガーベラちゃんが羨ましい〕

〔リーテルシアママに哺乳瓶でミルクを飲ませてほしい〕

〔ガーベラちゃんの脇の匂いを嗅ぎたい〕


「誰がそこまで言えと!? あなた方は気持ち悪さをゼロか百にしかできないんですか!?」


 なんて扱いの難しい視聴者なんだ。というかこの内容、俺の中身が高校生じゃなかったらトラウマになりかねないぞ。


 ……まあ、コメント欄のノリが普段通りに戻ったのは悪いことじゃない。配信の雰囲気がぎこちなくなったら逆効果だし、これ以上突っ込むのはやめておこう。通常時にこれなのがおかしい、という意見には全面的に賛成だが。


〔そういえば雪姫ちゃん、例の付与結晶はどうなったの?〕


 カオス空間と化したコメント欄の中に珍しくまともなコメントが。せっかくだし、この質問に答えて場の空気を正常化させよう。


 付与結晶というのは、<確率防御の付与結晶>……以前ここのキーボスであるハードホイールバグを倒した時に手に入れたアイテムのことだ。


「実はまだ加工できていないんです。リーテルシア様との配信絡みで色々立て込んでいたのと……<拡張結晶>を持っていないので」


 <拡張結晶>。

 装備品に新たな能力を後付けするには、ベースとなる装備品のほうにも加工が必要となる。それに必要なのが<拡張結晶>と呼ばれるレアアイテムだ。


 新たな能力を付け足したい装備品をまず<拡張結晶>と組み合わせて錬金することで、初めて付与結晶による能力後付けが可能な状態になる。


 <拡張結晶>はCランク以上のダンジョンでしかドロップしないらしいので、現状で手に入れるのは難しい。

 他の探索者にとっても重要アイテムだからDPの相場もかなり高いみたいだしな。


「今はガーベラがいてくれますから、前ほど焦って防御面を強化する必要はありませんけどね」


「ええ。ここの守護者くらい、私もユキヒメも無傷のまま倒してやるわよ!」


〔今更だけどガーベラちゃんってこのボス部屋入れるの?〕

〔それ気になってた。ボス部屋ってキーボス倒した探索者しか入れないだろ。妖精は別ルールとか?〕


「入れるわよ。迷宮の守護者と戦うための条件は、人間と妖精で変わらないけど……私、ユキヒメが鍵の番人を倒す時にこっそり一緒にいたもの」


 守護者=ガーディアンボスだとして、鍵の番人ってキーボスのことだよな、多分。

 つまり俺がハードホイールバグと戦っている時、ガーベラもキー部屋にいたのか。


「……よく無事でしたね」


「死にかけたわよ! あんた今日は<妖精の鎮魂杖>を手放すんじゃないわよ!?」


 ガーベラを気にせず魔術を使えるのは、<妖精の鎮魂杖>を装備している時だけ。うっかり落としたりしないように気を付けよう。


 本当はもう片方の手に<初心の杖>を装備したいんだけど、両手が塞がるとマジックポーチからアイテムを取り出せなくなる。咄嗟の回復ができなくなるリスクやガーベラが詠唱の時間を稼いでくれることを考えて、今日のところは<初心の杖>を使わず戦っていこう。


 そんな話をしつつも第三森林エリアを移動していく俺たち。ツリースネークやら葉っぱに擬態した必ず五体セットで出てくる鳥型モンスター“フライグラス”やらを蹴散らしながら進み、途中で俺のレベルは32まで上昇。

 新しいスキルや魔術は手に入らなかったが、堅実に能力値が上昇した。


 やがて開けた場所にたどり着く。


 そこにはハードホイールバグの時と同じく、半球状の障壁が鎮座していた。

 ただしそれが覆っている面積はハードホイールバグの時のそれよりはるかに大きい。


〔着いたぁああああああああああ〕

〔ガーディアンボスの部屋!〕


 盛り上がる視聴者たち。


〔他の配信者が倒しやすい“熊”ばっかりだから、こっちのボスは久しぶりに見る〕

〔わかるww〕

〔よっぽどの物好きじゃないとダンゴムシルートは取らないからなぁ〕

〔逆張りでこっちに挑んで詰まされ、キーボスからやり直すのは新宿ダンジョンあるある〕


「私からすると熊……“ハニーベア”のほうがよっぽど大変そうだったんですよね……」


 新宿ダンジョンで確認されているもう片方のガーディアンボスは、蜂蜜の滴る蜂の巣を首から提げた巨大熊型モンスターだ。


 巣からは小型の蜂がわんさか出てきて、探索者に群がって針で刺し麻痺にし、動けなくなった相手を熊が仕留めていくという単純かつ極悪な戦術を取ってくる。


 俺の能力では蜂の群れと熊の両方に対処するのはほぼ不可能なので、こっちのガーディアンボスを選んだのは間違いではない……はず。


「ユキヒメ、持ち物の最終確認をしておきなさいよ」


「それもそうですね。ガーベラ、しっかりしてますね」


「お母様が私に何度も念押ししてきたのよ」


「何となく状況が想像できますね……」


 経緯はともあれガーベラの意見はもっともだ。マジックポーチの中を確認する。<精神回復薬(弱)>に、非常時の時のための<精神超克薬>……うん、問題なさそうだ。いざという時のため<初心の杖>も取り出しやすい位置にセットする。


 余談だが、マジックポーチの中はいくつもの小さなポケットが内側に縫い付けられた形になっている。ポケットには一種類ずつのアイテムしか入れることができず(同じ種類のものなら一つのポケットに複数個入れられる)、ポケットの数は十二個。


 意外と少ないので必要最低限のものしか入れていない。


「ガーベラもマジックポーチを持っているんですね」


「ふふん、可愛いでしょ。お母様が作ってくれたのよ」


 そう言ってガーベラが見せつけてくるのは籐編みっぽい見た目のレッグホルスター。妖精基準のサイズではあるが、マジックポーチに物理法則は通用しないので、この中にトラック並の容量があっても俺は驚かない。


「ちなみにガーベラは何を持ってきたんですか?」


「んー……秘密」


 ……


「ガーベラ、マジックポーチをこっちに渡してください」


「嫌よ! これはとっておきなの! 何でもない時に見せたら面白くないじゃない!」


「本当に何を入れているんですか!? いいから中を見せてください!」


「断固拒否よ!」


 逃げ回るガーベラを俺は捕まえることができない。怖すぎる! こいつ何を持ってきたんだ!? コメント欄のリーテルシア様が沈黙しているあたり、危険なものではないんだろうが……え? ないよね?


「はあ……戦いの邪魔になるようなものは使わないでくださいね」


「わかってるわかってる。っていうかきっとユキヒメも喜ぶようなものよ?」


 不安だ……

 とはいえここまで来たからには細かいことを気にしても仕方ない。集中だ。

 俺はボス部屋の障壁を見据える。


「行きます!」


〔うおおおおおおおおおおお〕

〔いよいよか……〕

〔楽しみすぎるww〕

〔二人とも頑張って!〕


 ガーベラとともにボス部屋に入る。ドームの中はキー部屋同様だだっ広いだけの場所だ。足元には下草の生えた地面が広がっている。


 ボス部屋に足を踏み入れた直後、ピキパキ、という音が連続して響く。


『『――――ッッ!!』』


 音の発生源はドームの中央付近に配置された二つの“卵”だ。


 殻を割って現れたのは以前も見た黒々とした巨大な虫型モンスター、ハードホイールバグ。サイズはそれぞれキーボス個体より一回り小さいが小型自動車並みのサイズはある。それが二体、こちらに向かって体を持ち上げ威嚇している。


「迫力がありますね……」


「気圧されててどうするのよユキヒメ、こいつら二体倒して終わりってわけでもないのに」


「わかってますよ」


 二体のハードホイールバグの奥にはその数倍はあろうかという黒い塊が鎮座している。


『……』


 今のところ丸まった状態のまま動く気配はないが、あれがガーディアンボスだ。つまり目の前にいる二体のハードホイールバグは前座ということになる。


〔出た、ダンゴムシ三兄弟〕

〔三人家族だろ、母親と子ども二体で〕


 俺が挑戦する新宿ダンジョンのガーディアンボスは“ハードホイールバグクイーン”。


 通称ダンゴムシ女王。

 女王とはすぐに戦うことはできず、探索者はまずボス部屋に入った瞬間孵化する二体のハードホイールバグの幼体――サイズはそうは見えないが――を倒す必要がある。

 それをこなすことで初めて女王は目を覚まし、本当のガーディアンボス戦が幕を開けるのだ。


 ……ぶっちゃけ眠っている女王を真っ先に倒せれば楽なんだが、残念ながら幼体二体を倒さないと特殊な“攻撃無効化”によって永遠に女王には攻撃が通らない。


 まずは幼体二体を倒すことが絶対条件というわけだ。


〔幼体も二体同時なのがまたしんどいよな〕

〔一体なら面倒くさいだけで済むけど、二体になった途端にややこしくなる。見た目まったく同じだから、与ダメージ把握も超だるい。覚えミスして回復許した時は心が折れた……〕

〔経験者ニキ……〕

〔しかも幼体二体倒してもまだそこから本丸という地獄〕


 幼体二体を倒すコツは一方にダメージを集中させること。


 そのためにはもう片方を誰かが足止めする必要がある。この役割分担が失敗すると狙っていた個体がわからなくなり、キーボス同様生命力を回復される可能性がある。それだけは避けたい。


〔ま、さすがの雪姫ちゃんも今回は苦戦するだろ!〕

〔今回は長丁場になりそうだし、飲み物を入れてくるかな〕

〔あっ〕

〔フラグ〕


『『――――!』』


 ハードホイールバグの幼体二体が体を丸め、勢いよく回転。左右から弧を描き、挟み撃ちにするがごとく俺たちめがけて突っ込んでくる。その迫力はキーボス個体にも引けを取らない。


 どうでもいいが、生まれたてでこのサイズなのは不思議に感じなくもないな。モンスターにそんなこと言っても仕方ないとは思うが。


「ガーベラ、作戦通りに!」


「任せなさい! タイミングを合わせて……!」


「今です!」


 幼体たちが左右から俺たちを押しつぶそうとする寸前、俺とガーベラは前後に逃れた。直後、方向転換に失敗した幼体二体が正面衝突する。


『『――!?』』


 パシュウッ!


 ハードホイールバグの持つ“攻撃無効化”能力がそれぞれに発動し、幼体たちの体を守る。二体にダメージはないが、この能力が確定で攻撃を防ぐのはインターバルをおいての一撃目のみ。今の同士討ちでそれは剥がせた。


 これで二体は再度攻撃に転じるまで、低い確率を突破しない限りこちらの攻撃を防ぐことはできない。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは冷ややかなる霜の吐息――【フロスト】!」


『『……!』』


 確実に仕留めるため敏捷低下の魔術で足止めを行う。準備は整った。


「ガーベラ、いざという時のガードはお願いします」


「ええ! 景気よくやりなさい!」


「わかりました――光の空、闇の湖底。隔つるはただ一枚の薄氷うすらいのみ。しかしてただ前だけを見て!」


 <薄氷のドレス>の効果が発動し俺の体を光が包む。続けて俺は<妖精の鎮魂杖>を高く掲げた。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて――」


 斜め上に向けた<妖精の鎮魂杖>の先に氷塊が生まれる。【一撃必殺】は発動しなかったが、【加虐趣味】やキーボス戦で手に入れた【鎧砕き】によってかなりの大きさになっている。


「――【アイスショット】!」


 <妖精の鎮魂杖>を振り下ろす。

 【アイスショット】が着弾。


『『――――ッッ!?』』


 放たれた氷塊はハードホイールバグの幼体二体をまとめて叩き潰した。

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