真・新宿ダンジョン攻略配信2

「だらっしゃあああああ――――!」


『ビギュアアアアアア!?』


「わはははは弱い弱いっ! その程度で私の前に立ちふさがろうなんて百年早いのよ!」


 現在地、第二森林エリア。中央部の湖が特徴的なこのエリアで、ガーベラが男子運動部員みたいな声を上げながらリーフスライムを拳で蹂躙している。


〔リーフスライムゥウウ――!〕

〔いやガーベラちゃん強いな!?〕

〔これ人間の探索者に換算するとBランク以上の実力があるんじゃ……?〕


 戦闘を終え、コメント欄を見たガーベラが髪を景気よく払いつつ不敵に笑う。


「ふふん、人間たちもこの私の実力に見惚れているようね。見る目あるじゃない」


〔それはそれとして戦い方が妖精のそれじゃなくて草〕

〔ここまで全部パンチとキックだもんな……〕

〔可愛さが足りない〕


「ああん!? 私超可愛いでしょうが! 目が節穴なんじゃないのこいつら!」


「やめてくださいガーベラ! 配信用ドローンを掴んで揺さぶったら視聴者の方が酔ってしまいます!」


 配信用ドローンに飛び掛かってガクガク揺するガーベラを慌てて止める。何て攻撃的な妖精なんだ!


「そ、それにしてもガーベラは本当に強いですね。第二森林エリアまで、私の出番がほとんどありませんでした」


 ガーベラの実力は事前にリーテルシア様から聞いていたけれど、実際目の当たりにすると驚かされる。


 リーテルシア様の話によれば、ガーベラの能力は人間の探索者で言う<神官>クラスとほぼ同じらしい。使える魔術は【ストレングス】を始めとした能力値強化系、【ヒール】や【アンチドート解毒】などの回復系、さらには障壁を張る【バリア】系。


 さっきからの戦闘ではガーベラは自分の能力値を強化し、肉弾戦でモンスターを仕留めている。

 それはそれで心強いが、俺にとって最重要なのは障壁魔術だ。これをガーベラがうまく使ってくれれば、俺が魔術を詠唱するための時間を稼ぐことができるだろう。


 ガーベラがなぜ探索者と同じ力を持っているのかは不明だ。

 リーテルシア様の魂の一部を移植し、それによって使えるようになったらしいので、ガーベラがというよりリーテルシア様がと言ったほうが適切だが。

 しかしリーテルシア様もよくわからないと言っていた。


 ……気にならないこともないが、ダンジョン攻略に直接関係はないので深く考えないことにしている。


「そりゃそうよ。私がついてるんだから、こんな木っ端迷宮ごとき瞬殺よ、瞬殺」


「モンスターを倒してもらえるのはありがたいですが、私の身を守るのもお願いできると嬉しいです」


「わかってるわよ。私が一番得意なのはこの【バリア】よ? お母様にも言われてるし、ユキヒメには傷一つ負わせないわ」


 そう言いながらガーベラが手を伸ばした先に半透明の壁を出現させる。


 ガーベラはこの魔術が得意らしく、他の魔術と違って【バリア】だけは詠唱抜きで発動できる。どうやったらそんなことができるのか聞いたら、「……慣れ?」と返ってきた。全然参考にならない。


〔ガーベラちゃんの【バリア】ってどのくらい頑丈なの?〕


「あ、確かにそれは気になります」


 相当な実力差があるのか、第二森林エリアを移動中の現在もガーベラの【バリア】がモンスターに破られたことはない。しかし通常モンスターよりはるかに強いガーディアンボスとの戦いとなれば、どうなるかわからない。


「そりゃ最強よ。私の【バリア】で防げない攻撃なんてないわ! ……そうね、証明してあげましょうか。ユキヒメ、あんた私に魔術を撃ちなさい!」


 突如そんなことを言い出すガーベラ。


〔あかんあかんあかんあかん〕

〔オイ誰か止めろォ!〕

〔雪姫ちゃんの魔術はお試しで受けていいもんじゃないから! ミンチになるぞ!〕


 慌てて止めにかかる視聴者たち。俺も同感だ。探索者と違って死んだら復活しない妖精相手に魔術を撃つなんて真似ができるわけがない。


「安心しなさい、ユキヒメ。あんたお母様から杖を預かってるでしょう? あの杖を身に着けておけば、あんたの魔術が私を傷つけることはないわ」


「そうなんですか?」


 ガーベラが言っているのは、リーテルシア様から預かった<妖精の鎮魂杖>のことだろう。今は<初心の杖>を装備しており、<妖精の鎮魂杖>のほうはマジックポーチの中だ。


「ええ。それを持っていれば私に魔術を撃っても傷一つつかないわ」


リーテルシア〔事実です、ユキヒメ。<妖精の鎮魂杖>を用いて放った魔術は純粋な妖精を傷つけることはありません〕


 コメント欄のリーテルシア様もそう説明する。それなら最初に説明してくれても……って、出会った当初はガーベラと一緒に行動することなんて想定できるわけないし、説明を省くのも当たり前か。


 ダメージ無効の対象を“純粋な妖精”と表現したのは、おそらく魔物化したフィリア様は対象外だからじゃないだろうか。戦って倒さなきゃいけないフィリア様にまでダメージを与えられなかったら意味がないし。まあ、このあたりは後で改めて確認しておこう。


「リーテルシア様が言うならそうなんですね。安心しました」


「ねえユキヒメ、その言い方だと私の言葉だけじゃ信用できないみたいに聞こえるわ」


「それでは検証をしましょう。ガーベラ、【バリア】を張ってもらえますか?」


「無視!?」


 この先ガーベラの障壁魔術が俺の生命線になる可能性は大いにある。相手を傷つけずに済むなら、頑丈さの検証はぜひしておきたい。


 マジックポーチに<初心の杖>をしまい、<妖精の鎮魂杖>を取り出す。俺からの扱いに不満げな様子ながらガーベラは【バリア】を俺に向かって展開させた。


「いきますよ」


「かかってきなさいユキヒメ。私の偉大さを見せつけてあげるわ」


〔ゴクリ……〕

〔本当に大丈夫か!?〕

〔り、リーテルシアママが止めないなら大丈夫……きっと大丈夫……〕


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて――【アイスショット】!」


 ガンッ!


 ふ、防がれた! <初心の杖>を装備していないため詠唱つきの【アイスショット】を撃ったけど、ガーベラの【バリア】には傷一つついていない!


「すごいですガーベラ! なんて硬いんでしょうか!」


「ふふーん。ま、ざっとこんなもんよ。あんたもなかなか才能があるけど、この超天才可憐最強美少女妖精のガーベラさんにはまだまだ及ばないわね」


「他の魔術も試してもいいですか?」


「別に構わないわよ。気が済むまでやりなさい」


 続けて【アイスアロー】、【アイスゴーレム・ヘッド】を試すがやっぱりガーベラの【バリア】は破れない。


〔うおおおおおおおお……〕

〔ガーベラちゃんすごくね?〕

〔雪姫ちゃんの魔術で破壊されないものを久しぶりに見た気がする〕

〔雪姫ちゃんがまだ初心者であることを思い出させてくれる貴重な映像〕


 思えば俺はダンジョン攻略を始めてから、無意識的に魔術を使う時に緊張感を抱いていたかもしれない。魔術の威力が高く、ダンジョンの地形すら破壊できてしまうせいで崩落やら他の探索者を巻き込むことを恐れていた。


 だが、今はそんなことを考える必要はない! 魔術撃ち放題だ!


「……あれ、なんか、あれ? だんだん威力上がってきてない……?」


 ガーベラが何か呟いているが距離があるせいで聞き取れない。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍、【アイシクル】!」


 ドガッ!


「っっ……ゆ、ユキヒメ。もういいでしょ? 私の【バリア】の頑丈さは十分わかったんじゃないかしら?」


「いえ、もう少しだけ! 氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍【アイシクル】!」


 ズガンッ!


 【バリア】はまだ壊れない。

 た、楽しい……!


「ふふ、あははっ」


 気付けば俺は笑みを浮かべていた。


「あはははは! なんて楽しいんでしょうか!」


「……ゆ、ユキヒメ?」


「こんなふうにいつも魔術が使えたらいいのに! TwisterのDМで局部の写真を送りつけてくる変態も! 私の行動を監視しているストーカーも!! 路地裏に連れ込んでパーティに入れと脅してくる怖い男の人たちも!!!! 思いっきり魔術で吹き飛ばせたらいいのに! こんなふうに! こんなふうにっ! あははははははははっ!」


 ガンッ! ズガッ! ギャリギャリ!


「待ちなさいユキヒメ! あんた絶対当初の目的忘れてるわよね!?」


「ガーベラ! 今私、すっごく楽しいです!」


「聞きなさいってば! あっ、ビキッて言った! 今【バリア】から変な音がした!」


〔姫がご乱心なされたあああああああ〕

〔雪姫ちゃん……ストレス溜まってたんだな……〕

〔おいたわしい……〕

〔まあ1か月たたずに登録者100万人だからな……そりゃ色んなやべーやつが寄ってくるよな……〕

〔お、俺たちは雪姫ちゃんの味方だぞ!〕

〔可愛すぎるって大変なんだな……〕


 心なしか同情するような雰囲気が漂い始めるコメント欄。



<新しいスキルを獲得しました>



 ん? 何か新しいスキルが手に入ったみたいだ。


 ……まあスキル効果の確認は後でいいか。今はとにかくこの爽快感に身を委ねていたい!


 その後しばらくガーベラの【バリア】に向かって俺は思いっきり魔術を打ち込み続けた。


 俺が我に返った時、ガーベラは無事だったものの【バリア】は亀裂が入って崩壊寸前、【地形破壊】のスキルのせいで周囲は大惨事、さらにコメント欄が妙に優しくなるという未曽有の事態になるのだった。

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