須々木崎邸へ

 昨日のうちに最低限の荷造りは済ませてあるので、月音とともに茜たちの車に乗り込む。


 運転は当然ながら水鏡さんだ。

 助手席には茜が乗り、後部座席に俺と月音という配置。


「拠点を移すことについて、探索者協会には伝えたかい?」


 振り向きながら茜が尋ねてくる。


「ああ。Sランク探索者の水鏡さんが一緒なら安心、だそうだ」


「それは何よりだ」


 家を出る前に探索者協会には連絡しており、拠点を移すことは了承されている。

 水鏡さんが一緒、というのが効いたらしい。

 Sランク探索者としての戦闘技術は地上でも遺憾なく発揮される。水鏡さんが同行するなら外出時に探索者協会の護衛もいらないと言われた。


 ……正直俺の家の近くに護衛のための部屋を借りさせるのは申し訳ないと思っていたので、少し罪悪感が軽減された。


 車が滑らかに動き出す。


「せっかくの暇な時間だ。何か聞きたいことはあるかな?」


 茜がそんなことを言ってくるのでせっかくだから聞いておく。


「素材があるっていうBランクダンジョンと、<完全回帰薬>の素材を教えてくれ」


「当然の疑問だね。まず素材アイテムのありかだが、箱根ダンジョンだ。霧がかった樹海が広がる特徴的な地形だね」


 俺と月音は顔を見合わせた。


 樹海。

 つまり、木が多く生えるダンジョンだ。ということは――


「<完全回帰薬>の素材はメッセージで送っておくよ。口頭で伝えても覚えにくいし、リストは手元にあったほうがいい」


 茜からメッセージが届いたことで思考が中断される。


 そこには五つの素材アイテム名が書かれていた。

 <アンブロシアの実>だの<永遠の灯晶>だの、稀少っぽい雰囲気が漂うものばかりだ。

 昨日の話にあった<竜癒草>の名前もある。


「他に質問はあるかい?」


「……今は特にないな」


「そうか。では逆にこちらから質問なんだが――妖精について聞きたいことが八十個ほどある。ここにリストを用意した。フフフこれ全部答えてくれたら私の研究は一段どころか五段は上ることだろう。ぜひこれらすべてに回答するようリーテルシアに頼んでくれないか雪姫君!」


「き、気が向いたらな」


 文字がびっしり書かれた紙束を手に目をらんらんと輝かせる茜。

 八十個は多すぎるだろ。

 茜が俺の協力者になった以上リーテルシア様も無下にはしないだろうが、限度がある。


「着きました」


 そうこうしているうちに茜の家に到着。


「でかぁー!?」


 月音が叫んだ。

 同感だ。何だよこの金持ち屋敷。


 車内から水鏡さんがリモコンで操作すると、前方の鉄扉が重々しく開く。

 車が敷地内に入っていくと、まず目に留まるのは庭に設置されたどでかい噴水。

 奥にあるのは二階建ての立派な屋敷だ。

 白いレンガで組まれた建物はここが日本であることを忘れさせる。


「亡くなった母が西洋風ドレスのデザイナーでね。私が今着ている服もそうだが、屋敷も母が相当細かく注文を付けたようだ」


 茜がそう説明した。

 言われてみれば、茜の来ているドレスとこの洋風の屋敷は雰囲気が近いな。


「っていうかデザインより全体的なお金のかかり具合が気になるんだけど……」


「それは祖父のおかげだね。黎明期にダンジョン研究をやっていた人間だから、相当稼いだようだよ」


「へえ~。何だか夢のある話だね」


「まあ、祖父が亡くなった時に税金で死ぬほど国に持っていかれたが」


「……“ダンジョン研究発展のため”と半ば強制的にむしり取られた寄付も相当な額でしたね。国はここまでするのかと驚きました」


「わ、わぁ……急に夢がなくなった……」


 急に現実感のある話をするんじゃない。月音が反応に困っておろおろしてるだろうが。

 車から降りて中庭を移動する。


「正面の鉄門はダンジョン産素材で作られていて、トラックで突っ込んでも壊せないくらいに頑丈だ。また防犯カメラも三十二台設置してあり、死角を縫って屋敷に到達するルートはない。塀や門に一定の重量がかかると――要するに誰かが乗り越えようとすると、近所に聞こえる音量のアラームが鳴る仕組みだ」


 あちこちを指さしながら防犯システムを紹介する茜。


「……すごいな」


 うちの十倍安全、というのは本当のようだ。


「まだまだ序の口さ。屋敷に入るには魔力紋認証が必要だし、屋敷の入口には警備用ゴーレムも設置している」


 魔力紋というのは人によって違う魔力のパターンのようなものだ。ダンジョン出現以降、地上には微弱な魔力が漂っている。人間はそれを無意識に取り込んでいるのだ。


 ダンジョン適正がなくても魔力紋はあるので、月音にも問題なく作用する。


「警備用ゴーレムってこれ?」


 月音が手で示すのは屋敷正面扉の横に鎮座する、体高二メートルくらいのずんぐりした人形だ。


 警備用ゴーレムというのはダンジョン産の素材で作ったロボットのようなもの。

 頑丈で、入力した命令を忠実にこなす。エネルギー源は周囲に漂う魔力だ。


「ああ。可愛いだろう?」


「そうだね。こう、どことなく不器用そうなところとか」


「値段は一億円だ」


「値段可愛くなっ! ここの屋敷何でもかんでも高すぎるよ!」


 警備用ゴーレムは俺たちが近づくとこちらに顔(っぽくデザインされた部分)を向けたが、茜と月音が一緒であることを確認すると元の向きに戻った。


「とんでもない屋敷だな……」


「祖父の立場が立場だったからね。このくらいは必要経費さ。……というかむしろ、白川琢磨の住居があの設備であることが私はおかしいと思うよ。仮にもSSランク探索者だろうに」


「あー、なんかダミーの部屋を大量に借りてるらしい。で、うちに戻ってくる時は必ず変装してたな」


「なるほど、さすがにしっかりしているか」


 もっともダミーの家とやらがどこにあるのか俺と月音は知らないので、ほとんど他人事みたいなもんだが。


 正面扉を茜の魔力紋認証によって通り、内側にある操作版を使って俺と月音の魔力紋を登録。これで俺と月音はこの屋敷に自由に出入りできるようになった。


「二人の部屋はこことここ。隣同士だ。好きに使ってくれたまえ」


 物語に出てくる貴族の屋敷のような家を移動し、俺と月音はそれぞれの部屋に案内される。

 中を見るとここも広い。

 ソファや丸テーブル、壁掛け時計など、内装も洋風のお城のようだ。


「お兄ちゃんどうしよう、なんかワクワクしてきた! 異世界転生モノみたい!」


 部屋の内装をあちこち見回りながら、月音が嬉しそうに言う。

 順応速いな、月音。


「ひとまず案内はこんなところだ。あとは必要なタイミングで私か水鏡に聞いてくれ」


「わかった」


「雪姫君さえかまわなければ、水鏡と一緒に探索者ランクを上げてきてほしい。今の雪姫君ではBランクの箱根ダンジョンに入れないからね」


「あー……そのことなんだが、多分大丈夫だ。ランク上げの必要はない」


「ほう、ランク上げをせずに上位のダンジョンに入る手段があると?」


「一応な。というか下手をすれば、箱根まで行かなくてもいいかもしれない」


「ほう!」


 目を輝かせた茜に質問攻めされる前に俺は言った。


「そ、その前に警察に連絡しておきたい。“あかね”からのDМは友達からのイタズラだったと言えば問題ないはずだ」


 今の俺と茜は同年代にしか見えないし、まず疑われないだろう。


 警察に連絡し、茜に説明した通りの内容を伝える。優しい刑事は拍子抜けしたような雰囲気で、「それならよかったです」と信じてくれた。


「茜お嬢様、一つお願いが」


 それまで静かだった水鏡さんが手を挙げる。


「どうしたんだい、水鏡?」


「私は雪姫様と今後行動を共にすることになります。そのために実力を把握しておきたいのですが、地下室を使用しても構いませんか?」


 ……地下室?


「ああ、構わないよ。雪姫君にも地下室のことは説明したほうがいいだろうしね。雪姫君も水鏡の実力は知っておきたいだろう?」


「そりゃ、興味はあるけど」


 ヤクザ複数人を一蹴し、探索者協会から絶大な信用まで得る水鏡さんの実力。

 見てみたい気持ちはある。

 素材アイテム回収の際に組むことを考えても、必要なことだろう。


「私も興味ある! 水鏡さんの実力!」


「悪いが月音君は私に付き合ってもらう。水鏡たちが戻る前にやっておきたいことがあるからね」


「ええー……わかったよ」


 不承不承ながら頷く月音。まあ、この屋敷で過ごすなら水鏡さんの実力が見られる機会は他にもあるだろう。


 そんなわけで一時的に分散行動をとることになった。

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