水鏡さんの実力
屋敷の地下室にやってくる。
そこは体育館のような広々とした空間だった。天井までもかなりの高さがある。
「ここは……?」
「探索者協会と同じく、特殊な建材が用いられたトレーニングルームです。ここではダンジョン同様魔力体となることができます」
「え!?」
確かに探索者協会の支部は【コンバート】が使える特殊な場所になってるが、あれって個人で所有できるようなものなのか!?
「普通は不可能ですが、Sランク探索者であれば可能です。鍛錬のため、あるいは盗人を魔力体となり撃退するためにこの空間は重宝しますから」
たとえばこの地下室に金庫でも作れば、Sランク探索者の財産目当てに侵入した者は家主の魔力体と戦わざるを得なくなる、というわけだ。
「本当に特別な存在なんですね、Sランク探索者って……」
「そういいものでもありませんよ。代わりにいくつも義務が課されますから」
本当に面倒くさいようで、無表情ながら声に少しうんざりした色が混ざる。
「そういえば親父もよく協会に頼まれて駆り出されていましたね」
「白川琢磨様と私では比較にならないと思いますが、ご理解いただけたようで何よりです」
そう言ってから、水鏡さんは静かに「【コンバート】」と唱えた。
メイド服姿だった水鏡さんが魔力体に変身する。
水鏡さんの魔力体が纏っているのは、一言で表せば“忍装束”だった。
黒い薄手の布装備で、いかにも敏捷が高そうだ。メイド服とはずいぶん雰囲気が違うが、寡黙な印象の水鏡さんに合っている。
「【コンバート】」
俺も魔力体に変わる。
「それで、俺は何をしたらいいですか?」
「手っ取り早いのは模擬戦でしょう」
「……実力差がありすぎると思うんですが」
当然のようにBランクダンジョンに連れていかれようとしているが、俺はまだEランク探索者である。レベルも下手したら水鏡さんとは何倍も差がありそうだ。
「一度くらいやってみても構いませんよ?」
「いや、絶対時間の無駄ですよ……」
「ところで雪姫様と月音様は昨日、私の敬愛する茜お嬢様を卑猥な方法で縛り上げたそうですね」
「………………、」
え? もしかして水鏡さんキレてる?
……急に地下室で二人きりという事実が恐ろしく感じてきた。
「……あの、水鏡さん。あれは不法侵入してきた茜のほうに問題があったというか……その、できれば月音の代わりに俺だけで済ませてもらえると……」
「冗談です」
わかりにくっ! 表情と声のトーンがまったく変わらないので本気かと思ったぞ!?
「私はあまり愛想がよくないので、空気を和らげようとしたのですが……難しいですね」
視線を数ミリ下に落とす水鏡さん。
まさか落ち込んでいるんだろうか。
何となくいい人な気がしてきたな、この人。
「話を戻しましょう。模擬戦ですが、制限をつけます。私から攻撃はいたしません。そのうえで、雪姫様の最高の魔術を私に撃ってください。それを見て実力を図ります」
「ええと、こんなことを聞くのも失礼かもしれませんが……大丈夫ですか?」
「雪姫様の魔術は映像で何度か見ています。問題はありませんよ」
軽装の水鏡さんに言われても不安だが……相手は圧倒的に格上の相手。
ここは信じよう。
「全力とは言いましたが、一日の使用回数に限度のあるスキル等は使わないようお願いいたします。この後箱根ダンジョンに向かうかもしれませんので」
「わかりました」
「では、どうぞ」
水鏡さんは腰の後ろに水平に差した小太刀を抜き、自然体の姿勢で待つ。
本当にやるのか? いや、時間がもったいない。
……行くぞ。
「光の空、闇の湖底。隔つるはただ一枚の
<薄氷のドレス>の効果を発動。薄青い光が俺を覆う。
【オーバーブースト】は一日一度しか使えないので今はなし。
<妖精の鎮魂杖>を斜め上にかざす。
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍」
ギュオッ!
杖の先で氷の槍が巨大化した。
【一撃必殺】が発動したのだ。
偶然は偶然だろうが、最近これの発動確率が高い。ハードホイールバグとの戦いで得た【番狂わせ】のおかげだろう。……ちなみにクイーンとの戦いでこのスキルは進化しているんだが、水鏡さん相手だと特に関係ない。
っていうかこれ本当に大丈夫か? 水鏡さんを見ると落ち着いた雰囲気のままだ。
問題ないというなら、やってやる! 俺の魔術がSランク相手にどこまで通用するのか興味もあるし。
「【アイシクル】――――!」
氷の槍を放つ。
ハードホイールバグの女王さえ一撃で叩き潰した大質量の氷の槍だ。
それはあっという間に水鏡さんのもとに届き。
「――【死点撃】」
キンッ、と小太刀が何かを砕く硬質な音が響く。
直後。
バッガアアアアアアアンッッ!! と氷の槍が木っ端みじんに砕け散った。
「ええええええええええええっ!?」
嘘だろ!? 電車みたいなサイズだった【アイシクル】が塵みたいになって消し飛んだぞ!?
「……なるほど。これが雪姫様の魔力ですか。レベル48とはとても思えませんね」
「ど、どうも……でも、水鏡さんには全然通用しませんでしたね」
こっちに歩いてくる水鏡さんにそう応じる。
舐めていたわけじゃないが、正直驚いた。
「私はユニーク装備の効果を使いました。単純な能力値で対処したわけではありませんよ」
「ユニーク装備? どんなものですか――って、聞いたらまずいですよね」
「いえ、どうせ私の戦い方は知られているので構いません。<死蜂の小太刀>は対象の定められた一点……“死点”を的確に突くことで、人モノ問わず何でも破壊することができます」
つよっ!?
「む、無敵じゃないですか」
「そうでもありません。刺すべき点は常時物体の中を移動しますし、その能力を使わなければ<死蜂の小太刀>は最低ランクのナイフと対して変わらない威力しかないのです」
破格の性能の武器ではあるが、相当扱いにくいようだ。
「高度な身のこなしが要求されるため、重い装備を身に着けることは不可能。結果このような不埒な服装をすることに……扱いにくい武器です」
「あ、くのいちの格好にも理由があったんですね。似合ってると思いますよ」
「……恐縮です」
ちょっと視線を逸らしつつ言う水鏡さん。照れているのかもしれない。
「何にしても、茜お嬢様が見込んだ通りの実力でした。これならBランクダンジョンでも十分通用するでしょう。私が保証いたします」
「あ、ありがとうございます」
Sランク探索者である水鏡さんが言うなら事実なんだろう。
自信はないが……やれるだけのことはやるつもりだ。
「……」
水鏡さんが不意に自らの腰の後ろに手を回す。
「どうかしたんですか?」
「いえ、小太刀に違和感が……」
水鏡さんが<死蜂の小太刀>をすらりと抜くと――ピキピキピキッ。
うげっ……!?
「ひ、ヒビが! もしかして俺の魔術のせいですか!?」
「……驚きました。<死蜂の小太刀>はAランクダンジョンで得たユニーク装備で、かなり頑丈なのですが。それだけ雪姫様の魔術が強力だったということでしょう」
目をわずかに見開き驚きを示す水鏡さん。っていうかこれもしかしてまずいことになったか? 水鏡さんの武器を傷めるなんて今日の行動に支障が出るのもそうだが、べ、弁償とか……!? Aランクダンジョンから出たユニーク装備っていくらするんだ!?
「す、すみません水鏡さん。しゅ、修理するのにどのくらいかかりますか……?」
「心配いりませんよ。このくらいなら錬金炉に素材アイテムと一緒に入れておけばすぐ戻ります。そもそも私から提案したことですから弁償の必要はありません」
水鏡さんが言うには、この屋敷には錬金炉まであるらしい。
だから今日の箱根ダンジョン攻略にも支障はないとのこと。
よ、よかった……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます