選択

「おはよう雪姫君、月音君。……私たちを呼び出したということは、結論は出たということかな?」


 翌日、俺は茜を呼び出した。今日はメイドの水鏡みかがみさんも一緒だ。

 俺は茜に手を差し出す。


「よろしく頼む」


「素直だね。何か追加で質問などはないのかな?」


「お前の手を取る以外にないだろ」


「ふうん……? まあ、私としては助かるがね」


 握手する。


「――【コンバート】」


「む?」


 即座に俺は魔力体に換装した。月音にはこうすることを伝えていたので反応せず、茜は意外そうに眼を瞬かせる。

 最も強い反応を示したのは一歩離れた位置で待機していた水鏡さんで、俺に殺気を向けてきた。


「貴様……」


「待ちたまえ、水鏡」


「ですがお嬢様!」


「敵意は感じない。問題ないよ。……で、雪姫君。私は妖精女王リーテルシアのお眼鏡に叶ったのかな?」


「……何のことだ?」


 俺が聞くと、茜は俺の後ろにいる月音に視線を飛ばした。


「月音君がワイヤレスイヤホンを着けているだろう。おそらく誰かと通話中だ。雪姫君たちが今の段階で確実に味方だと考えるのは妖精たち以外にない。私たちが組むに値するか、リーテルシアの目も含めてジャッジしようとしたんじゃないか?」


「……」


「魔力体になったのは……たとえばリーテルシアと感覚を共有するのに必要だから、などが考えられる。そうなると、その掟破りの【コンバート】はリーテルシアから与えられた力だったりするのかな」


「……正解だ」


 昨日の夜、俺はリーテルシア様に茜のことを報告した。


 同時に茜と組むつもりだとも話した。


 月音を守りつつ、俺の体も元に戻す。それが両方満たせる可能性が一番高いと思ったからだ。リーテルシア様は俺の判断を尊重しつつ、ある条件を出した。


 それが茜の善悪を自ら見定めること。


 俺の魔力体にはリーテルシア様の魂が一部分けられている。それを通してリーテルシア様はうっすらとではあるが、俺と感覚を共有できるそうだ。魔力体になっている時に限るし、普段は俺のプライバシーを気遣ってしないでいてくれるそうだが。


 その特性を生かして茜にじかに触れ、リーテルシア様が魂の鑑定によって茜が信頼できる相手か見定める。


 そのうえで茜が悪人でないと確信すること。

 それがリーテルシア様の出した条件だ。


 ……正直リーテルシア様には拒否されることも考えていたんだが、どうやら地上で俺の身を守る存在がいないことを気にしてくれていたらしい。


 ヤクザに目を付けられたことを話した時なんて、『私が妖精の事情にユキヒメを巻き込んでしまったからですね……』と申し訳なさそうにしていた。


 リーテルシア様には俺もかなり助けられてるから、一方的に責任を感じる必要はないんだがなあ……やっぱりあの人は優しい。


「実に興味深い……! やはりダンジョンは面白いな! こんな存在が眠っているとは!」


 テンションを上げる茜。

 水鏡さんはやや納得いっていない雰囲気ながら、冷静さを取り戻している。

 俺は茜の手を握ったまま月音に聞いた。


「月音。リーテルシア様は何て言ってる?」


「……『意外なことに普通よりも魂は綺麗です。少なくともユキヒメたちを陥れる気配はありません』だって」


 茜、これで善人寄りなのか……


「あと、リーテルシア様から伝言。茜さんに」


「何だい?」


 月音の言葉に茜が首を傾げる。


「――『私の協力者に不遜な態度を取った報いは受けてもらいます』だって」


「……え?」


 ドスッ!


 茜とつないだままの俺の手が緑色に輝き、植物ツルのような細長い形になると、茜の首に巻きついた。


「ぐっ……!?」


「お嬢様!」


 緑色の光が巻き付いた場所をなぞるように茜の首元にはツル状の模様ができる。そしてすぐに光は消え去った。


「これは――【カースヴァイン】か。術者の課したルールを破れば肉体を締め上げる樹属性魔術」


「そうだ。普段は痛みもないし目にも見えないが、お前が俺や月音に危害を加えようとすればお前の首が絞まる」


「リーテルシアが配信で言っていた、地上における雪姫君の敵への報復というのはこれか。まさか地上に魔術を届けてくるとは……ここまでできるのは予想外だった」


 リーテルシア様は心の善悪を判定するのと同様、俺が魔力体になっている場合に限り、俺の体を介して地上でも力を振るえる。


 茜に使った魔術【カースヴァイン】は相手の行動に反応して発動する拘束魔術。

 今回リーテルシア様は茜が俺と月音を裏切らない保険としてこれを使ったというわけだ。


「確認するが、これは君と月音君に危害を加えなければ発動しないんだね?」


「ああ。ちなみに判断するのはリーテルシア様の基準だからな」


「……微妙にわかりにくいね。後でリーテルシアに細かい部分を確認させてくれるかい?」


「わかった」


 茜は納得しているふうだが、水鏡さんは不機嫌そうにしている。


「……」


「水鏡、そうカッカするものじゃないよ。信頼構築よりも対話を優先させたのは私の選択だ。そのツケくらいは払うさ。それに彼女たちに敵対しなければノーデメリットだ」


「……お嬢様がそうおっしゃるならば」


 茜になだめられ、水鏡さんが引き下がる。


 どうでもいいが茜、今“彼女たち”って……いや、深くは気にしないでおこう。


 水鏡さんとも握手をしてリーテルシア様に善悪判定をしてもらう。

 結果は茜同様善人。


 茜と違って水鏡さんはヤクザから俺たちを守ってくれたので、【カースヴァイン】を使うのは申し訳なくもあったが……水鏡さんが「自分だけ無事なのは納得いきません」と言ってきたので受けてもらうことにした。


「これで問題はないかい?」


「そうだな……」


 リーテルシア様が出した条件はもう一つある。

 二人が妖精を一度でも殺していたら償いをしない限り組まない、というものだ。


 リーテルシア様は妖精を殺した人間の顔をすべて覚えているから、地上の姿であっても、じっくり見れば妖精殺しの犯人かは見分けられるそうだ。

 しかしここまでリーテルシア様が何も言ってこないので、二人は妖精を殺したことはないらしい。


 現状打てる手はすべて打った。

 これが最善だ。


 ……まあ、TSやら地上での【コンバート】やらを知られている以上、最初から茜と組むしか選択肢はなかったような気もするが。


「茜、お前の屋敷に行けば月音の安全は確保できるか?」


「昨日も言っただろう。敷地内にいる限りヤクザ程度では手出しできないと」


「わかった。お前と組む」


「そうこなくてはね。よろしく頼むよ雪姫君、月音君!」


 俺たちは茜と協力関係を結ぶことにした。





「はっ、はっ、はぁっ……!」


 白衣を着た一人の男が夜の街を走っている。


 男はアメリカに拠点を置く、ある大きなダンジョン関連企業の研究者だった。優秀な彼はある日気付かなくていいことに気付いてしまった。


「伝えないと……このことを誰かに伝えないと。あんなおぞましい研究、野放しにできない……!」


 自分が所属していたのは単なる企業ではなくもっと恐ろしい何かだった。

 そのことを一刻も早く力あるものに――探索者協会の本部、あるいは警察に伝えなくてはならない。そうしないと取り返しのつかないことになる。


 しかしそれは叶わなかった。

 追っ手を恐れて路地裏を移動していた男は、いきなり腹を何かに貫かれた。


「ぐああああ!?」


 倒れ伏し、血反吐を撒き散らす。

 灼熱の痛みに気を失いそうになる男の耳に、コツ、コツという足音が聞こえる。


「逃げられるわけないじゃ~~~~ん」


 甲高い声だ。そこにいたのはまだ幼い少女だった。黒のメッシュが入ったピンク色の髪を頭の両横でくくった髪型や、妙にパンクな服装が特徴的だ。


 腕には探索者であることを示す腕輪が着けられているが、一般的な黒ではなくなぜか紫色である。


 研究者の男の喉が干上がる。


「み、見逃してくれ……」


「駄目に決まってるじゃん。アンタは大事な技術者。“アレ”を知られたからには見逃せない。これからアンタは一生うちの施設で外にも出られず、誰とも話せず、研究を続けるの」


「……ッ!」


「それとも今死ぬ?」


 ピンク髪の少女の足元で影が不自然にうごめいた。

 彼女が命じればその影は刃になり、研究者の男を容易に切り刻むだろう。

 研究者の男は心を折られたように、がくりとうなだれる。


「そんじゃ運んどいてね」


 ピンク髪の少女が言うと、彼女の背後から現れた屈強な男が研究者に素早く駆け寄る。血痕の後始末などすることは多いが、ピンク髪の少女は興味なさそうにさっさと踵を返した。


 少女のスマホに着信。


 スマホを耳に当て、上司からの連絡を聞いた少女は嫌そうな顔をした。


『――』


「ええ……また仕事ぉ~~~~? まあボスが言うならやるけどさぁ……で、何? 次はどこ? は? 日本ん? だる……あ、ごめんわかったやります。やるってば」


『――、――』


「はいはい、スイバ組? を手伝えばいいのね。あー、例のジャパニーズヤクザ。確か計画に必要な連中なんだっけ? OK、任せといて」


 ピンク髪の少女は邪悪な笑みを浮かべた。


「百万ドルの賞金首――盗賊団“ナイトバナード”の一員として、看板に泥は塗らないよ」



――――――

―――


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