続・新宿ダンジョン攻略配信3

「これが新宿ダンジョンのキー部屋……なんでしょうか?」


 第一森林エリアを移動し、俺は前回スルーしてしまったキーボス“ハードホイールバグ”のもとへとたどり着いた。


 そこは神保町ダンジョンのような密室ではなく、森の中の開けた場所だった。半透明の膜がその一帯をドーム状に覆っている。巨大な調理器具のボウルを引っくり返して地面にかぶせた、みたいなイメージだろうか。奥も少し見えるが、中に何かがいる様子はない。


〔合ってるよ!〕

〔迷宮タイプのダンジョンと違って、開けた場所のダンジョンではだいたいこんな感じ。中に入るとキーボスが出現する〕


 視聴者の反応を見る感じ、ここで合っているらしい。


 キーボスは一定人数ずつしか挑めず、場所によっては順番待ちをしているところもあると聞く。だが幸い、ここのキーボスはそういったことにはなっていなかった。新宿ダンジョンにいるもう片方のキーボスと比べてこっちは少し厄介――というより面倒くさい能力を持っているので、避けられているのかもしれない。


 もっとも相性の問題で、俺の場合はむしろ戦いやすいくらいなんだが。


「それでは、キーボス戦を始めます!」


〔よっしゃああああああああああああ〕

〔きたきたきたきた〕

〔蛇使いとエンカした時にはどうなるかと思ったが……〕

〔やったれ雪姫ちゃん!〕

〔お ま た せ し ま し た〕

〔キーボスを魔術師ソロで討伐とか無理だろwwとか思っていた時代もありました〕

〔雪姫ちゃん今まで全ボスソロ討伐やぞ〕

〔ユニーク装備! ユニーク装備!〕


 コメント欄が加速する。応援してくれる声もあり、ユニーク装備のお披露目を期待する声ありで賑やかだ。俺は深呼吸を一つしてからキーボスの待ち受けるドームへと飛び込んだ。


 ドームの中は半径およそ三十メートルの円になっている。障害物はなく、地形も平坦。最初の平原エリアと違って地面がむき出しになっている。


 その中央に――ドスンッ! と、ドームの天井から何か球体のものが落ちてきた。


『――――!!』


 岩の塊にも見えた球体は、ぶるぶる震えたかと思うとすぐにその本性を現した。巨大な黒いダンゴムシだ。二メートル以上ある。資料で読んで知ってはいたが、でかすぎてなんかもう怖い。


 体を持ち上げ、俺に向かって威嚇するキーボス――ハードホイールバグとの戦闘が始まる。


「少しの間普通に戦います! ユニーク装備のお披露目はもう少し待ってください!」


 とりあえず動きくらいは見ておかないと。一回転んだら即死するあのユニーク装備は、一度のミスで配信が致命的なほどグダるというリスクがある。チャンスを見極めてここぞという場面で使いたいところだ。


〔OK!〕

〔初見だし慎重なのはいいと思う!〕

〔勢い任せで突撃して負け→入口からやり直しは配信ダレるからなあ……〕

〔雪姫ちゃんに焦らされる……はぁはぁはぁ〕

〔↑通報〕

〔雪姫ちゃんの判断に任せるよ~!〕


 配信のテンポを重視する考えは視聴者に伝わったようだ。ありがたい。


「【アイスショット】!」


 シュンッ――パキン!


 ハードホイールバグのもとに飛んで行った氷の弾丸は、命中の直前に現れた半透明の障壁によって弾かれた。


〔出た、“攻撃無効化”〕

〔まーたダンゴムシが遅延してるよ〕

〔ただでさえ硬くて倒すのに時間かかるのにこれがあるから厄介なのよな……〕


 ハードホイールバグには固有の能力があり、それが自動で発動する“攻撃無効化”だ。威力にかかわらず相手の攻撃を無効化する。


 それだけ聞くと超高性能だが、あれの発動中ハードホイールバグは動けないうえ、無効化は連続で発動するたび確率が下がっていくらしい。一撃目で使わせれば次は三十パーセント、さらに次は九パーセントの確率で無効化、という感じ。ただし一度こちらに対する攻撃を挟むと発生確率は元に戻る。


 つまりハードホイールバグに攻撃を当てようと思ったら、一度無効化を使わせてから、向こうが攻撃に転じるまでに追撃する必要があるわけだ。

 俺の場合は<初心の杖>で無詠唱魔術が使えるからともかく、普通のソロ魔術師だったらキツい相手だろう。


 で、ハードホイールバグの攻撃というのが……


『――――!!』


 ハードホイールバグがその場でぐるりと丸まり、だんっ! と跳ねたかと思うと空中で高速回転。地面に落下すると同時に勢いよく転がってきた。


 ハードホイールバグの攻撃は二パターンしか存在せず、至近距離に探索者がいない場合はあの転がり攻撃を必ず行ってくる。

 トン単位の重量が突っ込んでくるわけだから威力は相当だろう。俺の耐久で轢かれれば即死間違いなし。


 だが、


「予習済みです!」


『――ッ!?』


 キー部屋の壁際に退避し、引き付けてから横っ飛びする。


 ドガンッ!


 ハードホイールバグは半透明の壁に激突して動きを止めた。ダメージはないが、その場で回転をやめて元のフォルムに戻る。


 ハードホイールバグの転がり攻撃は追尾性能つきらしいが、ああやって壁にぶつけてしまえばそこで止まる。

 ここが一番の攻撃チャンスであり、パーティ全員で一斉攻撃しよう! 耐久の高いハードホイールバグを倒すには時間がかかるかもしれないけど、みんなで励まし合って頑張ろう――以上、探索者協会サイト内、“新宿ダンジョン攻略ガイド”より抜粋。


 俺はソロなので淡々と攻撃する。


「【アイスショット】!」


 シュン――パキンッ!


 反撃してみたが、復活した“攻撃無効化”で防がれた。

 ここまでの流れでだいたい要領はわかった。相手の転がり攻撃を避ける→一発撃って“攻撃無効化”を剥がす→本命の攻撃、という行動を繰り返せばいいわけだ。


 よし、確認終わり。

 倒しにかかろう。


「様子見はもう充分ですね。――使います!」


〔いよいよか……!〕

〔早く見たい早く見たい〕

〔雪姫ちゃんの本気が見られると聞いて〕

〔森を更地にした雪姫ちゃんの、さらに本気……?〕

〔この時を待ってた〕


「光の空、闇の湖底。隔つるはただ一枚の薄氷うすらいのみ。しかしてただ前だけを見て!」


 目を閉じ、まるで祈りをささげる巫女のように厳かに呪文を唱える。


 ……言うまでもなく月音の入れ知恵であり、本気を出している感が配信を盛り上げる雰囲気を作るんだとか。不思議なもので、実際やってみると集中力が増したような気がする。


 俺の全身が薄青い光に包まれる。<薄氷のドレス>の効果が発動した証だ。今の俺は耐久が1になる代わり、魔力が十倍になるという強力な恩恵を受けている。


『――――!』


 ゴロゴロゴロッ、ドォン!


 ハードホイールバグの転がり攻撃をさっきと同じ要領で避ける。【滑走】は使わない。俺の素の敏捷でも転がり攻撃が避けられることは、さっきまでの流れでわかっているからな。振り向きざま俺は<初心の杖>を突き出した。


「【アイスショット】」


 ドウッ――パシュッ!


 さっきまでよりはるかに巨大な氷の弾丸がハードホイールバグに向かっていき、自動で発動する“攻撃無効化”によってかき消される。


〔でっか!〕

〔自動車みたいなサイズになってるが!?〕

〔<初心の杖>って魔術の威力下がるはずだよね……?〕


 まあ、ここまでは織り込み済み。本命は次の二発目だ。


「【アイスショット】!」


 ギュオッ!


 お、【一撃必殺】が発動したらしい。今の俺は耐久が極限まで下がっているから、【一撃必殺】が発動しやすくなっているんだよな。


 ドウッ――パシュッ!!


 当たれば大ダメージが期待できた巨大な氷の弾丸は、さっきと同じようにハードホイールバグの手前で消失した。うーむ。


「二回連続で無効化されるとは……運がありませんね」


 威力が高かろうと、ハードホイールバグの効果が適用されればダメージにならない。残念だ。当たればかなり相手の生命力を削れただろうに。


「おっと」


 俺はその場を数歩下がる。直後――ドガッ! と氷の塊が落ちてきた。キーボス部屋の各所で同じように巨大な氷塊が降り注ぎ、地面を抉っては土煙を上げている。


 さっきハードホイールバグの攻撃無効化能力に弾かれた【アイスショット】の破片だ。

 【一撃必殺】が発動した影響で、破片一つ一つがエアコンの室外機くらいのサイズがある。危ない危ない、これに潰されていたら魔力体が消し飛んでたぞ。


『……………………』


 そろそろ反撃が来るかと思ったが、ハードホイールバグは固まったように動かない。


 よく見ると小刻みに震えている。

 寒いのか? 虫だし冷気には弱いのかもしれない。


〔ッスゥ――――……〕

〔え? 威力ヤバくない?(困惑)〕

〔ヤバい〕

〔雪姫ちゃん……いや……雪姫様……〕

〔ねえおかしいよ! 【アイスショット】が見たことない威力になってるよ!〕

〔初期魔術で出していい威力じゃないだろこれ……〕

〔今の絶対神保町ダンジョンで壁破壊した時のスキルも乗ってたな……〕

〔ダンゴムシさんガックガクで草〕

〔そら怯えるだろこんな目に遭ったら!〕

〔キーボスがこんなに気の毒に見えたの初めてかもしれん〕

〔しかも二回連続で無効化したってことは、次を防げる確率は……〕

〔だ、ダンゴムシぃいいいいい!〕


 えらい速さでコメントが流れるせいで読めないんだが? ……まあ、盛り上がってくれてるっぽいので嬉しい限り。頑張って予習してきた甲斐があったというものだ。


 とはいえここからが本番である。“攻撃無効化”はほぼ気にしなくていい三発目だが、ハードホイールバグは能力なしにしても相当タフらしいのだ。


 しかも中途半端にダメージを与えようものなら、地中に潜って生命力を回復させてくるらしい。そうなるとこっちもハードホイールバグの掘った穴に入って追いかけ、攻撃を当てて地表に戻さなくてはならない。“遅延ダンゴムシ”と呼ばれるゆえんである。


 幸い二発目の【アイスショット】の残骸が散らばっているため、向こうが転がり攻撃を始めても盾がある状況だ。

 ここはダメージを伸ばすために久々に詠唱もつけてみよう。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて!」


 ――ギュオッ!!


 ……あ、また氷の弾丸が巨大化した。


 二回連続で【一撃必殺】が出るなんて初めてだ。おまけに今回は詠唱もきちんと行っているため、さっきのものより明らかに氷の弾丸のサイズが大きい。


『……、…………、………………(ガタガタガタガタ)』


 ハードホイールバグの震えがさらに加速する。

 そんなに寒いのか。……なんか申し訳ないな。俺が氷属性の魔術師なせいでいらん苦痛を与えているのかもしれない。せめてさっさと引導を渡してやろう。


 もはや氷の弾丸が大きすぎて手を前に向けると視界がなくなってしまうので、上に掲げて発射用意。


「【アイス――」


 振り下ろす要領で氷の弾丸を発射。


「――ショット】っ!」


 <薄氷のドレス>+【一撃必殺】+詠唱つきの氷の弾丸は勢いよくハードホイールバグのもとに向かっていき――ドッゴォオオオオオオオオオオオオオンッッ!! と轟音を立てた。砂埃が舞い、キー部屋の壁がビキバキと欠ける。


 今のはなかなかいいダメージになったんじゃないか? 通常モンスターなら間違いなく消し飛んでいる手ごたえだ。いかにタフさで知られるキーボスでも、無事では済まないだろう。


 <初心の杖>を構えつつ、砂煙の向こうを注視する。いかに火力が高くても今の俺は耐久が1。油断して攻撃を食らわないようにしないと――



<レベルが上昇しました>


<新しいスキルを獲得しました>


<新しい魔術を獲得しました>



 ……あれ?

 レベルが上がったって……確かダンジョンって戦闘が終わらないと経験値は入らなかったような。


「え? お、終わったんですか?」


 地面にめり込んだ巨大な氷の弾丸が割れ、ハードホイールバグのいた場所が見えるようになる。そこには鍵とハードホイールバグの甲殻の一部っぽい塊、さらに黒い石が落ちていた。おそらくドロップアイテムだろう。ってことは……本当に勝ったのか!? 俺まだ一発しか攻撃当ててないのに!


「えっと……勝ったみたいです!」


 とりあえずいつものように勝どきを上げておく。


〔い ち げ き ひ っ さ つ〕

〔耐久高いことで有名なキーボスをソロでワンパンってマジ?〕

〔遅延ダンゴムシさんが遅延できないの初めて見た……〕

〔【速報】雪姫ちゃん、ガチで今まで本気ではなかった〕

〔雪姫ちゃん強すぎィ!〕

〔ダンゴムシ……いいやつだったよ……〕

〔レベル20台でEランクのキーボスを一撃? あはは、そんなわけないじゃ――ほげぇええええええええええ!?!?〕

〔まーた神回ですよ〕

〔これはまた切り抜かれるな〕

〔常識が壊れるww〕

〔キー部屋とんでもない惨状で草〕

〔ユニーク装備ヤバすぎる〕


 爆速で流れるコメント欄。ゴールドチャットが大量に飛んできて目がチカチカするほどだ。楽しんでもらえてると考えていい……よな?

 戦闘の内容はともかく、約束通り<薄氷シリーズ>のお披露目を無事に終えられたのはよかった。うっかり転ばないようずっとヒヤヒヤしていたからな。


 俺は内心で安堵しつつ、ドロップしたアイテムを確認するためにクレーターができた【アイスショット】の着弾地点まで向かった。





「…………あ、あっぶなぁ……!」


 キーボス部屋の端。


 降り注いだ【アイスショット】の破片をどうにか避けた金髪妖精は肩で息をする。

 雪人の実力を見るためにこっそり後をつけていた金髪妖精は、キーボス戦も当然のように観戦していた。雪人に見つからないようにするため、キーボス部屋の隅からではあるが。


 なんて無茶するのよ、こっちが怪我したらどうするの!? と憤慨する金髪の妖精だったが、雪人は金髪の妖精がいることなんて気付いていないので無茶な話である。


「それにしても、まったく苦戦する素振りを見せないわね」


 どこか不満そうにぼやく金髪の妖精。

 通常モンスター相手には一向に苦戦しない雪人でもキーボス相手なら別かと思ったら、結果は一撃での決着。これでは颯爽と助けに入るも何もない。


「このままじゃ守護獣もあっさり倒しちゃうんじゃ……いっそ普通に出ていく? でもそれじゃつまらないわよね……」


 うんうん悩んでいる金髪妖精の視線の先では、ドロップアイテムの確認を終えた雪人がキーボス部屋を出て行こうとしていた。


 金髪妖精は考えがまとまらないまま、慌ててその後を追うのだった。

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