フェアリーガーデン2

 ……妹の討伐?

 告げられた言葉の意味がわからず困惑する。


 それに、光る玉に映る少女――フィリア様はリーテルシア様と全体的に雰囲気が違うような気がする。俺がどう尋ねたらいいか困っていると、リーテルシア様は苦笑した。


「すみません、こんなことを急に言われても戸惑いますよね。まずは事情を聴いてもらえますか?」


「は、はい」


「順を追って話します。……二十年ほど前、私とフィリアはいきなり迷宮の奥地に放り出されました。そこは凶悪な魔物が大量にいて、安全とは言いがたい場所でした」


「放り出された? リーテルシア様はもともとここにいたんじゃないんですか?」


「違う……と思いますが、はっきりとしたことはわかりません。迷宮にいた以前の記憶は、私にも当時のフィリアにもありませんでしたから」


「記憶がない……?」


「はい。わかっていたのは自分の名前、妖精であること、自分の能力、魔物が危険であること……そんな程度でした」


 何か意外だ。勝手な想像だが、てっきりリーテルシア様は漫画の長命種族キャラのようにすでに何百年も生きているのかと思っていた。まさか実質ハタチ程度とは……いやそれはどうでもいい。


 記憶がない、というのはただごとじゃない話だ。普通、何のきっかけもなくそんなことにはならないだろう。二十年前といえばダンジョン――リーテルシア様の言う迷宮がこの世界に現れた時期と重なる。リーテルシア様のそれ以前に記憶がないというのは何か関係あるんだろうか?


 気にはなるが、今はフィリア様に関する話が本題だ。横道にそれるのはよくない。


「私とフィリアは身を守るため、安全な場所を作ろうと考えました。私とフィリアにはそういった能力があったからです。新たな世界を作り出し、維持する力。それを用いてフェアリーガーデンを作りました」


 リーテルシア様とフィリア様の二人でこのフェアリーガーデンを作ったと。

 新たな世界、というとパラレルワールド的な認識でいいんだろうか? とりあえず迷宮から干渉を受けないものではあるんだろうが。


「しかし迷宮から脱出する寸前に魔物に襲われ、フィリアだけは迷宮に取り残されました。私はフィリアを取り戻しに行こうとしましたが、それはできませんでした。この世界は私が内部にいなくては維持できないのです。だから自らの分身を――子どもを作り、フィリアを助けに向かいました。しかし簡単には見つかりませんでした」


 その時のことを思い出してか、リーテルシア様は苦しそうに続ける。


「私は最初、フィリアは死に、迷宮に飲まれたのだと思っていました。しかし違いました。子どもたちが探した先でフィリアは見つかりました……体の一部が黒く染まった状態で。子どもたちはフィリアをこの世界に連れてこようとしましたが、フィリアは突如として子どもたちを殺し始めました。唯一残った一体を通じ、フィリアは泣きながら私に言いました――体が自由に動かない。迷宮に魅入られた、と」


 迷宮に魅入られた。

 その言葉の意味はわからなかったが、ぞっとするような感覚があった。


「そのままフィリアは最後の子どもを殺し、迷宮の奥に消えていきました。私はそれでもあきらめられず、フィリアを探し続けました。厄介なことに、フィリアは複数の迷宮を自由に移動します。おそらく世界を作り、つなげる能力を利用しているのでしょう。私はフィリアを取り戻したい。ですがそのためには私一人では不可能です。どうしても信用できる人間の協力者が必要でした。ユキヒメ……妖精をないがしろにしない、あなたのような存在が」


 リーテルシア様の視線が俺をまっすぐ射抜く。

 協力者って言われてもなあ。


「いくつかわからないことがあるんですけど……」


「何でも聞いてください。答えられる限り答えましょう」


「フィリア様が言っていた、迷宮に魅入られた、というのはどういう意味でしょうか?」


「迷宮は内部で死んだものの魔力を吸収し、魔物として再構築する性質があります。本来死者の姿を魔物が継承することはありませんが……おそらく迷宮はフィリアの能力に価値を見出したのでしょうね。肉体を維持したまま魔物にし、侵入者を排除するため操っているのだと思います」


 そう告げるリーテルシア様の表情は険しい。それだけ妹であるフィリア様のことが大切なんだろう。


「二つ目の質問です。リーテルシア様は最初、フィリア様の討伐を私に頼みたいと言っていましたが、“取り戻したい”とも言っていましたよね。それはどういう意味ですか?」


「同じ意味です。ユキヒメには迷宮に魅入られたフィリアを救うため、彼女を倒してほしいのです。――この杖を使って」


 リーテルシア様は手をかざし、何もなかった虚空に一本の杖を出現させた。


 銀色の美しい杖だ。

 植物のような文様が彫られ、先端には花のような意匠がある。


「……これは?」


「<妖精の鎮魂杖>と呼んでいます。私が作り出した、妖精の魂を保存する機能を持った杖です。……これを持った状態でフィリアを倒せば、彼女の中に残る魂をこの杖に取り込むことができます」


「フィリア様の魂、ですか」


「本来は妖精が命を落とした瞬間にしか効果がありませんが、今のフィリアの状態なら魂がまだ彼女の中に残っているかもしれません。それを回収し、私の力で本来のフィリアを蘇生させる。それが私の目的です」


 なるほど。


「今のフィリア様を倒さないと、魂の回収はできないんですよね」


「そうですね」


 だから討伐、という表現になるわけか。

 最後の質問だ。


「どうして私なんですか?」


 言っちゃなんだが、俺なんてたまたまうまく言っているだけの探索ド初心者である。俺より強くて、妖精に危害を加えない人間なんて探せば他にもいるんじゃないか?

 そう尋ねると、リーテルシア様は首を横に振った。


「いいえユキヒメ、あなたしかいません」


「そんなことないような……」


「まず、妖精に友好的な人間は本当に稀少です。少なくとも妖精の知識があって襲い掛からない人間はこの二十年で数人しかいませんでした。それにこのフェアリーガーデンでは、私は相手の心の濁りを判別できます。あなたほど心が澄み切っている少女は他にいません」


「……あはは」


 少女呼ばわり……う、嬉しくない……


「もう一つ、妖精は迷宮に飲まれると邪精――人間の言う“インプ”のたぐいとして再構築されます。ユキヒメ、あなたは【インプスレイヤー】というスキルを持っていますね?」


「私のステータスまでわかるんですか!?」


「ええ。フェアリーガーデン内に限りますがね。今のフィリアは強い。普通の人間では勝てません。あなたのように、特別有利な点を持っている人間でなくては駄目なのです」


 どうやら単に妖精を襲わなかったから、というだけで頼んできているわけではないようだ。


「……時間がないのです、ユキヒメ。フィリアはまだ完全に魔物になったわけではありません。しかし最後に見た時の魔物化の状況からして、二年は持たないでしょう。妖精としての彼女を取り戻すには、これ以上足踏みをするわけにはいきません」


 そう言って、リーテルシア様は頭を下げた。


「リーテルシア様……」


 助けてあげたいとは思う。同じ妹がいる身としては、妹のためと言われては放っておけない気持ちもある。だが今の俺には時間がない。夏休みが終わるまでにTSを解除しなくてはならない以上、誰かの用を聞く余裕はないのだ。


「……すみません、リーテルシア様。私にはやらなくてはいけないことがあります。今はリーテルシア様の頼みを聞くことができません」


「無償とは言いません。謝礼も考えています」


「いえ、どんな謝礼をいただいても私には――」



「私の子どもたちに頼み、世界中の迷宮から薬草を摘んできて好きなだけ提供します」



 ……薬草?


 今の俺の立場を考える。質問ボックスにきていたTS解除の方法は多くがポーション――つまり素材アイテムを錬金して作る薬によるものだ。それらすべてを試すためにはダンジョン産の薬草を大量に買い集める必要があり、冗談みたいな費用がかかる。


 だが、それが仮に無償で手に入るとするなら……?


 すべてをまかなうのは無理だとしても、仮に半分だけでもタダで手に入るなら俺のTS解除が一気に現実味を帯びてくる。


 俺は震えながら手を挙げた。


「り、リーテルシア様。確認ですが、妖精たちに採ってきてもらう薬草を細かく注文することはできますか?」


「もちろんです。不安なら、ユキヒメも一緒に行くといいでしょう」


「私も一緒に?」


「フェアリーガーデンを介せば、私は世界中の迷宮に入口をつなぐことができます。木々が豊富にある場所に限りますが。迷宮の正規の入口を通るには下位の迷宮で守護者を倒さねばなりませんが、ここを介するぶんにはその制限はありません。極論“SSランク”と人間が呼ぶ迷宮に、今すぐユキヒメを送り込むこともできますよ」


「……ッッ!?」


 つまりフィリア様をいつか倒すという約束をすれば、世界中の薬草を手に入れ放題、木々の豊富な場所に限れば探索者ランクを無視して世界中どのダンジョンにも行くことができると……!?

 俺は椅子から降りてリーテルシア様の前にひざまずいた。


「――犬と呼んでください、リーテルシア様」


「喜んでもらえて何よりです」


 というわけで俺はリーテルシア様に頼まれ、妹のフィリア様討伐を無期限で請け負うこととなった。さすがにこの条件は乗らざるを得ない……!

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