フェアリーガーデン
「……どこだここ?」
妖精の後を追って木のうろに飛び込んだ俺は、明らかにさっきまでとは違う場所にいた。どう違うのかといえば、さっきまで俺がいたのが森だったのに対し、ここは色とりどりの花が咲き乱れる花畑である。
ええ……?
視線を上げると俺をここまで案内した妖精が浮いている。心なしか満足そうだ。俺の視線を受け、妖精が体を動かす。
『……(そのままそこで待ってろ、というジェスチャー)』
「ここにいればいいんですか?」
『……!(グッと親指を立てる)』
「は、はあ」
困惑する俺を放置し妖精はどこかに飛び去って行った。っておい! こんなよくわからない場所に一人で放置は酷くないか!?
改めて周囲を見る。
一面の花畑だ。とても広く、面積でいえば一般的な学校のグラウンドの何倍もあるだろう。こんな大規模な花畑は世界中探してもそうそうないんじゃないか、と思えるほどだ。花畑のあちこちに妖精が飛び回っており、物珍しそうに俺を見ている。目が合うと、ぴゅーっと逃げられてしまうんだが。
ここで俺はふと配信のことを思い出した。
配信用ドローンを振り返る。
「ええと、みなさん。これってどういう状況かわかったり――え?」
配信用ドローンがなくなっている。
より正確には、配信用ドローンが定位置としているはずの俺の斜め後方には、真っ黒な謎の球体が出現していた。それが配信用ドローンをすっぽりと覆っているようだ。当然画面も見えない。何だこれ!?
「――驚かせてしまいすみません、人の子よ」
俺の目の前に一人の少女がふわりと降り立った。そ、空から女の子が降ってきた……!
十四、五歳くらいに見える顔立ちだが、雰囲気に幼さがほとんどない。身長は月音と同じかやや低いくらいだろう。栗色の髪を長く伸ばしており、背には蝶のような羽が生えている。
「よ、妖精……?」
にしてはサイズ感がおかしい。ほとんど人間と変わらないじゃないか。
「私はリーテルシア。妖精たちの女王にして、この場所――“フェアリーガーデン”の管理者です」
「り、リーテルシア様、ですか。私は雪姫といいます」
とりあえず挨拶してみる。
女王というなら呼ぶときは様づけの方がいいだろう。
「ユキヒメですね。覚えました」
「リーテルシア様は妖精……なんですよね? なんだか他の妖精と違いすぎるような」
「私はここにすまう妖精たちの始祖のようなものです。妖精たちは私の発散する魔力が形をなし、独立したものですから。女王を名乗っていますが、人間で言う“母”に近いものだととらえてください」
母。母ときたか。月音と同い年くらいの見た目の子が……
とりあえず、ただの妖精でないことは間違いなさそうだ。普通に喋ってるし。
「配信用ドローンを黒い膜で覆っているのはリーテルシア様が?」
「その通りです。その装置は人間が生み出した、映した景色を離れた場所にいる者と共有するものですね? この場所のことを他の人間に知られたくなかったため、一時的に封印させてもらいました。その装置はこの庭園にいる限り、何も映さず、何も聞くことはできません」
「そんなことができるんですか?」
「この空間に限れば、私に不可能はほとんどありませんよ」
あっさり頷くリーテルシア様。強者感がすごいな。
だが、怖いとは思わない。リーテルシア様から敵意を感じないからだ。むしろ幼稚園の先生とかに通じる穏やかさがある。
「リーテルシア様。私は妖精に案内されてここに来たんですが……」
「それは私があの子に頼んだのです。私の話を聞いてくれますか、ユキヒメ」
「話ですか。……まあ、聞くくらいなら」
「ありがとうございます。立ち話も何ですから、こちらへ」
リーテルシア様は花畑の中をすたすたと歩き始めた。
慌ててついていく俺。ここからの脱出方法もわからない以上、逆らう選択肢はない。
……あ、配信のことどうしよう。
ドローンが機能停止してるなら、配信枠は大混乱に陥っているのではないだろうか。五万人が見ている中急に画面がブラックアウトして音も聞こえなくなる……うん、ちょっと考えただけでも相当ヤバい。
「リーテルシア様、少しだけ外と連絡を取ってもいいですか?」
「なぜです?」
「配信の視聴者と……妹が心配していると思うので」
「妹……」
リーテルシア様はぴたりと動きを止め、それから頷いた。
「……いいでしょう。ただし、この場所のことは他言無用です」
「わかりました」
スマホを取り出す。……と、月音から連絡が来てるな。やっぱり心配させてしまったようだ。無事であることと、配信のフォローを頼んでおく。ちなみに文面はリーテルシア様の前で読み上げて確認を取った。
花畑の中を移動し、なだらかな丘をのぼる。その上には白い屋根の
「まずはお礼を。私の子を忌まわしい毒蛇から助けてくれてありがとうございます」
「あ、知ってたんですね」
リーテルシア様が言っているのは、第一森林エリアで俺が妖精を助けたことだろう。
「私は娘たちが見聞きしたものを感じ取ることができますから。感謝します、ユキヒメ。あなたのおかげで私の大切な子が死なずに済みました。……謝礼になるかはわかりませんが」
リーテルシア様がすっと手を掲げると、テーブルに紅茶とかごに入ったクッキーが現れた。
「よければ食べてください」
「あ、ありがとうございます」
変なものが入ってたりしない……よな? いや、お礼だって言っているんだから疑うのは失礼だろう。
「いただきます」
「どうぞ」
クッキーを口に運ぶ俺。
さくさくさく。
うまっ。
「美味しいですね!」
「……人の子にこんな感想を抱くのは初めてで混乱しているのですが」
「はい?」
「ユキヒメ、あなたはとても可愛らしいですね」
「……………………、そう、ですか」
「誉め言葉ですよ、ユキヒメ。なぜ世界の終わりのような顔をしているのですか」
もう嫌だ。どうして俺は出会う人出会う人に可愛い可愛いと言われなくてはいけないんだろうか。しかもだんだん嬉しくなってきているのが怖い……
『……!』
「あ、さっきの」
俺をここまで案内した妖精がぱたぱたと飛んできた。手には花畑の花で作ったらしい花冠がある。妖精は俺の頭の上まで飛んでくると花冠をかぶせてきた。おそらくこの妖精の手作りだろう。俺は妖精に笑みを向けた。
「助けたお礼にわざわざ作ってきてくれたんですか? ありがとうございます」
肯定の仕草だろう、妖精はグッと親指を立てる。
そしてそのまま飛び去っていった。
鏡を見なくてもわかる。今の俺の外見に花冠は似合う……また可愛いと言われる要素が増えてしまう……ぐぉおおおお……!
「ふふ、やはりあなたは妖精を襲わないのですね」
その様子を見ていたリーテルシア様はくすりと笑った。
「どういう意味ですか?」
「多くの人間は妖精を敵だと――いいえ、違いますね。自らを強くする糧として見ます。自分の力を強くするため、妖精を見かけるたびに襲い命を奪う。私の子は何人も人間によって殺されました」
「……」
妖精を倒せば魔力体の能力値が上昇する。だから逃がすな、と俺は配信中に視聴者に言われた。探索者側からすればそれでいい。だが、姿を現すたびに狙われる妖精はどう思うだろう? 妖精たちの見ているものを感じ取ることができるリーテルシア様は?
「……すみません、リーテルシア様。私もはじめは妖精を倒すつもりで追いました」
「ですが、結局はそうしなかった。この場所に来てからもそうです。花畑を探せば妖精はいくらでもいます。多くの人間であれば、喜び勇んで命を奪って回るでしょうね」
「それは……」
「あなたはそういった人間とは違う。妖精を糧ではなく、一つの命として見ているように感じます」
「言われてみれば、そうかもしれません」
うまく言えないが、妖精とダンジョンのモンスターは何か違うような気がする。
いや、まあ、言葉が通じる時点で違う存在ではあるんだろうが。
「本題に入りましょう。ユキヒメ、私があなたをここに呼んだのはある頼みごとをするためです」
「頼みごと、ですか」
「これを見てください」
リーテルシア様が手をかざすと、光る玉が空中に生まれる。その中にぼんやりと風景が浮かび上がった。写真のようなものなんだろうか、映っているものが動くことはない。
そこに見えるのは……
「…………これ、リーテルシア様……?」
目の前にいる妖精の女王とよく似た外見の何かだった。ただし肌は青白く、あちこちに黒いひび割れのようなものが走っている。着ているドレスはリーテルシア様のものと近い雰囲気なのに、影のように黒いせいで不気味に感じる。
リーテルシア様は何かに耐えるようにつらそうな表情で言った。
「彼女はフィリア、私の妹です。ユキヒメ、あなたへの依頼は彼女を討伐することなのです」
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