新宿ダンジョン攻略配信2
「腕輪についてはそんなところです。――と、そろそろ森林エリアに入りますね」
話しているうちに平原エリアの端までやってきていたようだ。
目の前には半透明の垂直の壁が広がっている。
気にせず歩いて通り抜けると、そこには木々が生い茂る森が広がっていた。
「森林エリアに入りました! 出現モンスターも変わるようですし、きちんと警戒していきたいですね」
新宿ダンジョンのエリアは神保町ダンジョンの階層にあたる区分だ。進むほどに出現するモンスターは強くなっていく。気を抜かずにいこう。忘れないうちにドローンを操作し『現在地:第一森林エリア』と表示を変えておく。ちなみに表示が“第一森林エリア”なのはここから森林エリアがいくつも続くからだ。
「とりありえずキーボスの部屋を目指して進んでいきます」
〔第一森林エリアのキーボスっていうと……〕
〔ああ、ダンゴムシか〕
〔確かにあれは雪姫ちゃん向きだわ〕
新宿ダンジョンも神保町ダンジョンと同じく、複数のキーボスと対応するガーディアンボスが存在する。といっても新宿ダンジョンのほうが数が少なく二種類しかいないんだが。
そのうち俺が戦おうとしているのは“ハードホイールバグ”という真っ黒いダンゴムシのようなキーボスで、耐久は高いが動きが遅いらしい。足を止めて威力の高い魔術を使いたい俺にとっては、かなり相性のいい相手と言えるだろう。
「神保町ダンジョンでは、あまり相性のよくないボスとばかり戦っていましたからね。一度くらい楽を――」
言いかけたその時。
俺の真横を、何かキラキラ光るものが通り過ぎていった。
サイズは十センチ程度だろうか。何だ今の? 虫……じゃないよな?
瞬間、コメントが爆速で流れた。
〔今のって妖精じゃないか!?〕
〔妖精マ?〕
〔雪姫ちゃんダッシュダッシュダッシュ!〕
〔絶対追いかけたほうがいい〕
〔逃げられないうちに早く!〕
「え? な、何? 何ですか? 今のキラキラ光るものを追いかけたらいいんですか?」
慌てて走る。くそっ、靴のヒールが高すぎて走りにくい!
それにしても妖精って……確かにそれっぽくはあったが。
「あの、妖精というのは?」
〔超レアなモンスター!〕
〔倒すと全ステータスが十パーセントずつ上がる〕
〔森が多いダンジョンでたま~~~~に出るんだよな〕
〔マジで持ってるな雪姫ちゃん〕
ほう、レアモンスターか。しかも倒せばステータス上昇とは聞き捨てならない。
『……』
なぜか妖精はしばらく先でホバリングして止まっている。……逃げないのか?
近づいて改めて見ると、妖精は薄手の服に身を包んだ女の子のような見た目だった。背中には光る羽が生えている。
こ、攻撃しにくい外見だな。
でも動画を盛り上げるチャンスだよなぁ……
相手の外見に戸惑いつつも<初心の杖>を構えようとした途端、妖精の真上で何かが動いた。
『シュゥウ……』
あれ……蛇型のモンスターか!? 木の枝に擬態していて直前までわからなかった。蛇型モンスターは妖精を狙っているようだ。妖精は蛇型モンスターに気付いている様子はない。
『シャアアアアアアア!』
『っ!?』
俺は咄嗟に<初心の杖>を構え――
「【アイスショット】!」
『シャァ!?』
気付けば、氷の弾丸を妖精を襲おうとした蛇型モンスターに叩き込んでいた。蛇型モンスターは当然のごとく黒い魔力ガスになって霧散する。
……やべ、無意識に妖精を守るようなことを。
『――――!』
「うわぁ!?」
妖精は目を輝かせると、俺の周りをぶんぶん飛び回る。それから森のある方向を指さした。な、何だ?
俺から離れ、かと思ったら数メートル先で止まる。
まるで俺を待っているかのようだ。
「……ついてこいって?」
うんうん、と頷く妖精。
ええー……
〔え? これ何が起こってる?〕
〔雪姫ちゃん、妖精に懐かれてね?〕
〔油断してるぞ今がチャンスだ!〕
〔いや、これついていったほうがいいんじゃないか? 蛇型モンスターから助けたわけだし、悪いことはされないだろ〕
〔妖精に懐かれてる配信者初めて見た。普通妖精って探索者見かけたら猛ダッシュで逃げるのに……〕
〔これどうするのが正解なんだ?〕
コメント欄も困惑している。
うーん……
俺は少し悩んだが、結局は杖を下ろした。
「決めました! 妖精についていきます」
まあぶっちゃけ妖精を間近で見たら攻撃しにくくなった、というのが主な理由なんだが、どうも視聴者的にも珍しい展開が起こっているようだ。これはこれで楽しんでもらえるんじゃないだろうか。
〔わかった!〕
〔雪姫ちゃんのしたいようにするのが正義〕
〔しかし毎回トラブルが尽きないなww〕
「ありがとうございます。それじゃあ、進みます!」
俺の先をキープする妖精の後を追う。
森の木々を抜け、魔物を倒しつつ第二森林エリアに突入。第一森林エリアにいるキーボスを倒し損ねた……などと考えつつも特徴である泉をぐるっと回り込み、さらに進むと一際大きな木にたどりつく。
そこには大きなうろ――空洞があり、妖精はそこに入っていった。
……穴の中に何かあるとか?
「……行くしかないですよね」
よくわからないが、ここまで来たら引き返す余地はない。
撮れ高的にもな!
というわけで突撃。
真っ暗な空洞に入ると、なぜか暗闇の中でも目立つであろう妖精の姿がなくなっていた。疑問に思う暇もなく、馴染みのある感覚が俺を襲う。
――ぐにゃり。
▽
「…………え……?」
白川月音は兄である雪人の配信を見ながら、思わず声を漏らした。
配信が切れた。
正確には、雪人が妖精の後を追って木の空洞に入ったところで画面が真っ暗になったのだ。配信用ドローンは暗所では自動で暗視モードに切り替わるため、何も見えなくなることはあり得ない。
〔え? 何これ?〕
〔何も見えないよ~〕
〔雪姫ちゃん大丈夫?〕
〔配信用ドローンの故障とか……?〕
〔故障にしては画面切れるのいきなり過ぎないか?〕
〔え? これマジで事故?〕
コメント欄を見れば視聴者も困惑している。しかしいくら待っても配信が再開される様子はない。
月音は慌ててメッセージアプリを立ち上げた。雪人のスマホはダンジョン用なので連絡がつくはずだ。
つきね『お兄ちゃん、大丈夫!?』
つきね『配信画面真っ暗になってるけど!』
すぐには既読がつかない。
だんだん月音の心に焦りが生まれ始める。魔力体でいる限り、探索者の生身が傷つくことはない。しかしダンジョンの中は未解明の部分が多く何が起こるかわからないのも事実だ。
ダンジョン産のマジックアイテムが生身に影響を及ぼすのは、雪人が性転換したことで実証されている。
ばくばくと月音の心臓が脈打つ。
しかしやがて、その地獄のような時間も終わりを迎えた。
メッセージを送って数分後、既読の表示がつく。
(お兄ちゃん! よかった、無事なんだ……!)
白川雪人『すまん』
白川雪人『無事だけどすぐには配信に戻れそうにない』
白川雪人『俺のアカウントに入って、配信を切っておいてくれないか?』
白川雪人『Twisterでの連絡も頼む。このままだと視聴者に心配かけそうだし』
つきね『それはいいけど……何があったの?』
わりと平気そうな雰囲気に安心しつつ、月音はそう尋ねる。
雪人の返事はこのようなものだった。
白川雪人『妖精の女王に配信用ドローンを機能停止させられた』
――――――
―――
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