新宿ダンジョン攻略配信

〔待機〕

〔待機〕

〔全裸待機〕

〔楽しみ~〕

〔雪姫ちゃんの配信リアタイ初めて〕

〔まだかなー雪姫ちゃん〕


「すぅ……はぁ……」


 場所はEランクの新宿ダンジョン。魔力体となりすでにダンジョン内にいる俺は、自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。


 あ~~~~、何度やっても配信前は緊張する……!

 色々あったユニーク装備試運転の日から数日、俺はいよいよ三度目のダンジョン配信に臨もうとしていた。夏休みということもあるんだろうが、待機人数は驚愕の五万人越え。これで緊張するなというほうが無理だ。


 ――よし、いくぞ!


 俺は配信用ドローンの配信開始ボタンを押した。


「みなさんこんにちは、雪姫です。今日はEランクの新宿ダンジョンを攻略していきます」


〔うおおおおおおおおおお〕

〔こんにちは!〕

〔雪姫ちゃーん!〕

〔姫は今日も可愛いな〕

〔初見です!〕

〔可愛い〕

〔天使がいる〕

〔可愛い〕

〔可愛い~!〕

〔リアタイだと一層可愛いな……〕

〔可愛すぎて失明しました〕


「…………さて、というわけで。今日もたくさん『かっこいい』という誉め言葉をいただいています。ありがとうございますみなさん」


 見えない。挨拶文以上の密度でコメント欄に並ぶ“可愛い”の文字なんて俺には見えない。


〔かっこいい……?〕

〔改ざんしてて草〕

〔可愛いって言われるのが恥ずかしいんだね。そんなところも可愛いよ〕


「逃げ場ないじゃないですか! それより、ほらっ。前回の配信を見てくださった方は今日の私の服装に突っ込むところがあるでしょう!」


〔ユニーク装備だ!〕

〔ドレスだ―――――可愛い!〕

〔正直めちゃくちゃ気になってた〕

〔どんな効果なんだろう〕


「御覧の通り、今日の配信はユニーク装備<薄氷シリーズ>を身に着けてのダンジョン探索となります。今日はこれでダンジョン攻略を進めていきます……と言いたいところなんですが」


〔?〕

〔何かまずいの?〕


「実はこの装備、使うのに少し条件のようなものがありまして……ですので、通常モンスターとの戦いでは基本的に使わない方針でいこうと思っています」


 試運転をしてわかったが、<薄氷シリーズ>は配信で普通に使うのには向かない。確かに強力な魔術は動画映えするだろうが、問題は耐久が1になるリスクのほうだ。転んだだけで死ぬような状態ではダンジョン攻略なんてまともにできないだろう。何より死ぬたびに入口からやり直しなので、配信のテンポが著しく悪くなる。


 月音いわく、配信内容にストレスがあるかどうかは相当重要なことらしいので、通常のモンスターとの戦闘ではユニーク装備の効果は封印することに決めた。


 とはいえ視聴者の中には、ユニーク装備を使っての攻略を見たくて配信に来てくれた人もいるだろう。というわけで――


「ユニーク装備はボス戦では使うようにしていきます。今日の配信ではキーボス討伐を目指すので、うまくいけばそこでお見せできるかと!」


〔なるほど〕

〔OK!〕

〔ユニーク装備、けっこうピーキーな性能なやつもあるししゃーない〕

〔何なら見せてくれるだけありがたいまである〕

〔ぶっちゃけ着てくれるだけで嬉しい〕

〔ほんま似合う。全裸インプありがとう〕

〔キーボス戦楽しみ~〕


 理解のある視聴者で助かる。月音いわくユニーク装備の扱いは配信者の中でも分かれる部分らしく、中にはユニーク装備を配信では持っていても使わない人もいるそうだ。

 視聴者が寛容なのはそういった理由があるんだろう。


〔お預け嬉しいです!〕

〔雪姫ちゃんに焦らされる……悪くないな!〕

〔犬です! ワンワン!〕


 まあ、一部の視聴者はただ脳に疾患を抱えているだけな気もするが。


「また、今日中にキーボスまでたどり着けなかった場合は配信の最後にユニーク装備を使って魔術をお披露目しようと思います。よければ最後まで見ていってくださいね」


〔うお、最後には見せてくれるのか!〕

〔太っ腹!〕

〔やったああああああ〕

〔めっちゃ見たい!〕

〔最後まで視聴すること確定〕


 通常モンスターとの戦闘で基本使わないと言いつつも、少なくともこの配信で一回はユニーク装備の効果込みの魔術を見てもらうつもりだ。探索者として考えるなら手札は隠すべきだろうが、TS解除の情報を集めるためには知名度も欲しい。このあたりが落としどころとして丁度いいはず。


「それでは探索を始めていきます!」


 俺はいつものように配信用ドローンを操作し、『現在地:平原エリア』と月音が作ってくれた素材を画面に表示させてから歩き出した。


『ピキュ!』


「リーフスライムですね。【アイスショット】!」


『――――!?』


 行く手を阻むように現れた、頭に葉っぱを生やしたぷるぷるのモンスターを氷の弾丸で消し飛ばす。<初心の杖>を使ったため魔術の威力は減っているが、問題なく一撃で倒すことができた。


〔やっぱり一撃かい!〕

〔気持ちいいわー〕

〔Eランクダンジョンでも関係なしだなww〕


 事前に下見に来たおかげで、ここのモンスターにも慌てず対応できている。

 このままどんどん進んでいこう。

 そして俺は“ヤツ”に出会った。


『キュー!』


「ッッ……アルミラージ!?」


 現れたのは俺が下見の際に俺が敗北を喫したウサギ型モンスターだった。


〔雪姫ちゃんどうした?〕

〔なんか焦ってないか?〕


「前に来た時、私このモンスターに負けたんです」


〔雪姫ちゃんが負けた……だと……!?〕

〔マジか〕

〔ガーディアンボスもソロ攻略した雪姫ちゃんを倒したの凄くね?〕

〔動きが速いモンスターはやっぱりソロ魔術師の鬼門だよな〕

〔どうやって負けたの?〕

〔群れに囲まれたとか?〕


「突進攻撃を避けようとしたら、転んで死にました」


〔なんでやwwwww〕

〔予想の斜め下で草〕

〔それアルミラージに負けてるか?〕

〔スペ〇ンカーやないか!〕


 あの時俺は慣れないユニーク装備に振り回されていたとはいえ、敗北は敗北。ここで会ったが百年目だ。今度こそこのウサギに勝ってみせる!


「【氷の視線】!」


『キュッ!?』


 配信用ドローンに拾われない程度の声量で未登録スキルである【氷の視線】を使い、アルミラージを拘束。せっかくだ、新しい魔術で引導を渡してやろう。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは氷の巨兵、しかしいまだ未熟の身なれば、その首のみを我がしもべとす――【アイスゴーレム・ヘッド】!」


 俺が詠唱を終えた瞬間、ヒグマほどもある氷の塊が出現した。俺がこの魔術を使うのは初めてだが、探索者協会のサイトで魔術の効果は映像付きで確認してきた。

 【アイスゴーレム・ヘッド】は巨大な氷人形の頭部のみを召喚する魔術だ。イースター島に並ぶモアイ像のような形のそれはアルミラージのほうにずりずりと動いていき、大きく口を開いてアルミラージに噛みつく。

 そして咀嚼。


 ゴリッ……ゴリッ……


『ギュワ……ァア……』


 絶叫とともに黒い魔力ガスとなって霧散するアルミラージ。


 頭ゴーレムのせいで視線は切れてしまっていたが、頭ゴーレムの威圧感にアルミラージは動けなくなっていたようだ。気持ちはわかる。妙に迫力あるよな、この魔術。

 というかなんか倒し方エグくなかったか……? いや、まあモンスター相手だし気にすることでもないか。


「無事リベンジを果たすことができました!」


〔お、おう……〕

〔初めてモンスターに同情したかもしれない〕

〔弱 肉 強 食〕

〔というかゴーレムヘッドでかくて草〕

〔頭でこれなら全身揃ったら巨大ロボになりそう〕

〔雪姫ちゃんバカ魔力だから……(恒例)〕


 そんな宿敵との決着も終えつつ平原エリアをまっすぐ突っ切っていく。

 キーボスは次の“森林エリア”にいるらしいので、今日の配信では何とかそこまで行きたいところだ。


〔雪姫ちゃん、その銀の腕輪も何かの装備?(効果は言わなくていいよ!)〕


 お、視聴者から質問。


 確かに俺は左手に銀の腕輪を着けている。

 ……これは配信中に説明したほうがいいかもな。


「今質問がありまして、この腕輪についてですが……私はギルド“白竜の牙”に所属することになりまして、その証明のようなものです」


〔白竜の牙!?〕

〔国内最大手ギルドやんけ〕

〔あそこ平均レベル200越えって話じゃなかったか? 新人なのにスカウトされるのヤバくないか!?〕


「あ、いえ、正式な構成員ではないんです。準構成員という立場なので」


 高峰さんに白竜の牙の準構成員にならないかと誘われた日、俺は月音と話し合った。結果、すぐには加入しないことに。ギルドの多くはまともな組織だが、中には詐欺のような手段で探索者を酷使する悪質ギルドもある。


 ダンジョンがらみはまだ法整備が追いついていない部分があるので、治安のいい日本であっても油断はできない――このあたりの話は、ダンジョン配信に興味がなかった俺でもニュースでよく聞いていたことだ。


 白竜の牙のような有名どころが悪質ギルドのような真似をする可能性は低いが、念のため俺と月音はネットで数日かけて情報収集をした。実際に準構成員をしている人にも通話で話を聞くくらいにはきっちりと。


 そして白竜の牙の準構成員になっても特に問題なしと判断したため、高峰さんに連絡して正式に準構成員になった、というわけだ。


〔準構成員か……〕

〔バナちゃんの事件以降できたやつだよな。有望な探索者を守るみたいな制度〕

〔まあ雪姫ちゃんなら妥当な扱い〕

〔正直安心した〕

〔よかった……雪姫ちゃんあぶなかっかしくてマジで心配だったから……〕

〔白竜の牙なら間違いない。あそこ珍しいぐらいのホワイトギルドだからな〕

白竜の牙公式〔ギルド白竜の牙メンバーの高峰北斗です。雪姫さんはご本人のおっしゃる通り、昨日から弊ギルドの準構成員となりました。今後も雪姫channelをよろしくお願いいたします〕

〔ファッ!?〕

〔本物?〕

〔高峰北斗ォ!? 白竜の牙のエース探索者さん何してんの!?〕


「あ、高峰さん! 先日はどうもありがとうございました。配信を見てくださってありがとうございます」


白竜の牙公式〔配信告知を見てから楽しみにしていましたよ。あまり長居するのもよくないと思うので、これで失礼します。探索頑張ってください〕

〔いなくなった……〕

〔公式チャンネルで乗り込んでくるのはおもろい〕

〔でもこれで雪姫ちゃんの発言が真実であると証明された〕


 まさか高峰さんが配信にコメントをしてくれるとは。

 おそらく俺の発言が嘘ではないと証明するためだろう。これが個人アカウントなら視聴者に信用されるのは難しかったかもしれないが、白竜の牙の公式アカウントなら疑いようがない。

 ここまでやれば、今後俺が先日のような絡まれ方をすることはないだろう。

 

 実にありがたい。男たちに路地裏に連れ込まれるのはもうご免だ。

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