刀と巫女と謎の少女
配信をやめる。
その言葉を聞いた途端、ガタン! と月音が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「何でそんなひどいことを言うの、お兄ちゃん! 超美少女ロリ魔法使いのダンジョン配信を待ち望んでいる二十五万人のファンをないがしろにするつもり!? お兄ちゃんのその幼女ボディはもうお兄ちゃんだけのものじゃないんだよ!?」
「……俺は真面目な話をしてる」
「はい、すみません。私も真面目に話します」
ジト目で言うと、月音は姿勢を正して真剣な顔になる。まったく……
「ええと、私は配信やめるのは反対かな。理由はちゃんとあるよ」
「理由?」
「私も質問ボックスの中身は見たけど……大半は薬系のマジックアイテムだよね?」
「まあ、そうだな」
「あれって実際に全部買うといくらくらいになるか知ってる?」
……、
「もしかして、金かかる?」
「少なくとも私とお兄ちゃんのお年玉貯金すっ飛ばしても絶対足りないね」
そ、そういう話か……!
「もちろん素材をお兄ちゃんが自力で採ってくれば多少安くなるだろうけど、それでも足が出ると思う」
「お、親父の送ってきたマジックアイテムを売りさばけば」
「別にいいけど、協会の資料にも載ってないものばっかりだよ? 迂闊に触るなって言ったのはお兄ちゃんでしょ。効果のわかるものだけ売るのはアリだけど、そういうのは大体配信設備を整える時に使っちゃったよ」
月音は質問ボックスの内容を確認しているのか、スマホを操作しながら続ける。
「ぱっと見た感じ、必要なものの中には海外のダンジョンでしか手に入らない稀少な素材もありそうだから、お金稼ぎは避けられない。普通の学生じゃどう頑張っても払えないけど、今のお兄ちゃんには知名度がある。Мチューブには収益化の仕組みがあるから、うまくいけばお金の問題は解決するかもしれない……というかさせないと、仮にTS解除の方法がわかっても実行できないかも」
「ってことは、配信はむしろ積極的にやらないとダメってことか……?」
「そういうことだね!」
くそっ! 月音の言っていることが真っ当過ぎて反論できない!
そうだよなあ……TSなんて意味不明な状態、マジックアイテム以外で治せるわけがない。そしてダンジョン絡みのアイテムは貴重で、貴重ということは高いのだ。
一応ダンジョンで得たドロップアイテムを換金する、という手段も存在はする。
しかしドロップアイテム→現金の交換は十八歳以上の人間しかすることができない。未成年が協会にドロップアイテムを売る場合、現金ではなく協会のショップでしか使えない“
まあ、TS解除薬の素材も探索者協会が買い取っているだろうから、DPでも取引することは可能だろうが……そもそも低ランク探索者にすぎない俺が必死にDPを稼いだところでたかが知れている。
今の俺に稀少素材を買えるほど稼ぐ方法があるとすれば、Мチューブからの収益以外にない。
つまり、俺はこの姿のままダンジョン配信を続けなくちゃならないわけだ。
「最悪だ……」
「何でそんなに嫌なの? お兄ちゃん、ダンジョン探索には乗り気だったじゃん」
「探索自体は嫌いじゃないけど、この体で人前に出るのが嫌なんだよ!」
「そんなに可愛いのに!?」
「可愛いって言うな!」
俺だって今の自分が美少女なのは理解している。だが、心理学の世界にはレッテル効果というものがある。早い話、可愛い可愛いと言われすぎると俺の行動が無意識にそっちに寄っていくかもしれないのだ。
百歩譲ってこの体のままなら、精神まであざとくなってもいいとしよう。しかし元の体に戻った時、“自分可愛い♡”という自己認識のままだったら……? うおお、想像するだけで怖すぎる!
やっぱり可愛い呼ばわりは絶対に受け入れたくない。俺の男としての尊厳を失わないために!
「お兄ちゃんの言いたいことはわかったよ」
「わかってくれたか、月音」
「ストレートに媚びるのもいいけど、可愛がられて嫌そうにするツンデレムーブにも需要がある。お兄ちゃんは後者を狙っていきたいと、つまりそういうことだね」
俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「まあ、私に任せてよ。お兄ちゃんの魅力を最大限引き出せるようにプロデュースするからね!」
なぜか俺よりノリノリで言う月音だった。
▽
『それでは、今日の配信はこれまでです。お疲れさまでした!』
画面には、まるで絵本の中から飛び出したような銀髪碧眼の美少女が映っている。
ダンジョン配信者雪姫。
突如現れた謎の新人ダンジョン配信者だ。その二度目の配信が終わり、素人とは思えないレイアウトの終了画面に切り替わったところで……
「ん゛な゛ぁああああああ雪姫ちゃんがわ゛い゛い゛いいいいいい! ぺろぺろしたいぃいいいい!」
そんな残念な女性の声が響き渡った。
青みがかった黒髪をポニーテールにした女性だ。年齢は二十四。美人のはずだが、でれっとした表情のせいで全部台無しである。
四ノ宮刀子。
個人で活動しているダンジョン配信者の中では、国内トップの登録者数を誇る“To-ko channel”、その主である。画面映えする鮮やかな戦闘配信と、それをすべて破壊する残念な本性をさらけ出す雑談配信のギャップで人気を博している人物だ。今もその残念な本性を示すように、PCの乗るテーブルには空になった酒の缶が積まれている。
「雪姫ちゃんかわっ……かわいいっ……妹に、いや娘にしたーい! こんな可愛い子が毎日起こしてくれるなら私もいろいろ頑張れるのに!」
刀子は雪姫の初配信からチェックしており、その可愛らしさと超火力の振り幅によって見事にファンになっていた。二度目の配信も当然リアルタイム視聴し、配信から一夜明けた今日も、そのアーカイブをじっくり見返していたほどだ。
と、そんな刀子の部屋の扉が開く。
「何か用があるっていうから来たけど……相変わらずとんでもない汚部屋ね」
「あ、なぎさじゃーん。お久~」
「あなたが呼んだんでしょう、刀子」
家主が渡した合鍵で部屋に入ってきたのは、艶のある黒髪を伸ばした女性だった。
刀子と同じくダンジョン探索者だが、配信は行っていない。
なぎさは溜め息を吐きつつ、じろりと散らかった部屋を見る。
「刀子、私を呼んだのはこの部屋の片づけをさせるため? だとしたら今すぐ帰るけれど」
「あれ、なぎさ忙しいの?」
「夏祭りの準備でね。父さんも母さんも、張り切っているものだから」
「おおー、さすが神主の娘。リアル巫女さん」
「巫女って聞くと神秘的な響きなのに、実体はそこそこブラックなのが悲しいわね……」
遠い目をするなぎさ。都内にある『石動神社』の神主の娘である彼女は、学生時代から運営の手伝いをさせられている。学生が夏休みを満喫するこのタイミングは、夏祭りの準備で大変忙しいのだ。
「それで、刀子。私を呼んだ理由は?」
「PCをごらんください。この子、新人配信者で雪姫ちゃんって言うんだけどね」
刀子の視線に誘導され、なぎさはPCに表示されるチャンネルのアイコンを見る。
「“新人ダンジョン配信者雪姫”……あ、もしかして昨日バズってた子? Twisterがお祭り騒ぎになっていたわね」
昨日の配信アーカイブはすでに百万再生を突破し、登録者は二十五万人。新人とは思えないほどの数字が叩き出されている。
「そー! もうねっ、超絶可愛いのよ! 信じられないくらい可愛いの! まだ見てないの? なら今から見なさい、私的雪姫ちゃん可愛いポイント五十選を今からチョイスして送るから!」
「五十は多すぎるって突っ込みは入れたほうがいいのかしら?」
「ふへへへぇ~雪姫ちゃん可愛いねえ。お顔が真っ赤だねえ。恥ずかしそうな顔がたまらんねえ、ふへっへへへへぇ」
「……あなた、そんなだから視聴者から『清楚()』とか『擬態美人』とか『女に生まれた俺たち』とか言われるのよ」
鼻息を荒くする刀子はなぎさから呆れた視線を向けられたが、刀子は全然気にしていない。やがてなぎさのメッセージアプリに動画のURLが届き、それを開いてみると、コメント欄には刀子のものらしき捨てアカウントで本当に五十個もタイムスタンプが押されていた。
それは見なかったことにしつつ、なぎさは肩をすくめる。
「この子がこんなに気になるならコラボでもすればいいじゃない。探索で共闘するのは難しくても、雑談配信なら問題ないでしょう?」
「なーに言ってんのなぎさ。初期の配信者は名前の売れた配信者と絡み過ぎるのはご法度なんだよ! まずは本人のキャラを確立させて、浸透させていかないと!」
「そういうものなの?」
「そういうものです。だから私もコメントするの我慢してるんだよね。本当はTo-ko channelのアカウントでコメントしまくって、反応してもらいたいのをグッと我慢して……!」
何かに耐えるような顔をする刀子だったが、ダンジョン配信をそこまで熱心に見ていないなぎさはいまいちピンとこない。
「それで刀子。話を戻すけど、私を呼んだ理由は?」
「あ、うん。本題ね。この雪姫ちゃんなんだけど――氷属性の魔術師みたいなんだよね」
「……」
刀子の言葉に、なぎさが目を見開く。
「氷属性の魔術師……なるほど。あなたが気にしている理由に納得がいったわ」
「雪姫ちゃんが可愛いっていうのもあるけどねー。……最初に注目したのはトレジャーゴブリンを一撃で倒す動画が出回った時。あの【アイスショット】は登録したてとは思えない威力だったよ。配信で見るたびに、どんどん強くなってるし、未登録スキルを少なくとも三つは持ってるっぽい」
「三つ……その子が探索を初めてどのくらいかしら?」
「多分一週間くらい」
「すごい子ね」
なぎさの感想に刀子はにっこり笑って頷いた。
「そう、すごい子だと思う。あの子が探索を続けるなら、数年以内に私たちと同じランクまで上がってくるんじゃないかな。で、そうなれば――」
「
「ざっつらーいと!」
数年前。
刀子やなぎさを含む、全員がSランク探索者で構成されたパーティは、とある最高難易度のダンジョンに挑み、敗れた。
彼女たちがダンジョン内に存在できたのはわずか十数秒。
それを突破するためには、同格の氷属性魔術師が必要だと刀子たちは予想している。今まで条件に当てはまる人物はいなかったが、ここにきて雪姫という存在が現れた。
「それは確かに気になるわね。私もあのダンジョンにいつかはリベンジしたいと思っていたし」
「でしょー?」
「でも、その話なら通話でよかったんじゃない? どうしてわざわざ私を呼んだの?」
なぎさが聞くと、刀子は真剣な表情をした。
なぎさははっとする。刀子が真剣な表情を浮かべるのはレアだ。こういう顔をする時刀子は大抵――
「部屋を散らかしすぎて寝る場所なくなっちゃった……なぎさ、掃除手伝って……」
「それじゃあ帰るわね。刀子、掃除頑張って」
大抵ろくでもないお願いをし始めるので、即撤退が吉である。
「待ってぇ! お願い助けてなぎさ様! 無理なんだよぉ、昨日あの黒い虫を見ちゃったの! 一人で掃除するの怖い!!」
「あなた本当に探索以外は全部酷いわね……」
なぎさは溜め息を吐きつつ、脳内で汚部屋掃除の段取りを考えるのだった。
▽
「ふう~~~~ん?」
壁にずらりと本の詰まった書架が並ぶ、広い部屋。
図書館と見まがうようなその場所で、古風なドレスを着た十二歳くらいの少女がタブレットの画面を眺めている。
映っているのは新人ダンジョン配信者、雪姫の配信アーカイブ。超威力の氷魔術を乱発する少女の配信を流しては止め、巻き戻し、彼女はタブレットを操作するのとは逆の手でメモ用のノートに文字を書き殴っていく。
「――クラスは間違いなく氷属性の魔術師。レベルは自己申告だけど挙動を見るに嘘はなさそう。だとすると【アイスショット】の威力が高すぎるから何らかの常時発動型のスキルを持っていることは確定……ベタなところだと【魔術好き】と【氷結好き】かな? いや、それだけだと足りないな。精神力を消費している気配もないから基本的な火力が高いのは、そもそもの能力値が高いからと見た。スキルで補助されているのはそっちかな」
ぶつぶつと呟かれる言葉と連動し、メモ帳に文字が刻まれていく。
“雪姫”と書かれたページに予想の能力値、さらにスキル構成まで。そして虫食いの部分こそあるものの、少女の予想は恐ろしい精度で雪姫のステータスを推測していく。
ドレスの少女はパズルを解き終えたような満足げな表情でうんうんと頷いた。
「素晴らしい! 四つの能力値のうち、飛びぬけているのが魔力というのもいいね。格上を倒すには攻撃が通じなきゃ話にならない。おまけにユニーク装備まで手に入れている。そして何より、生身に影響を与えるマジックアイテムに関する情報を求めている――実力はまだまだだけど、この子が適任だ。この子しかいない」
そう呟き、ドレスの少女は中性的な、そして見た目に似合わない理知的な口調で言った。
「私の協力者になってもらおう!」
と。
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