薄氷シリーズ

「改めて……ガーディアンボスソロ討伐&初回攻略特典ゲット、おめでとうお兄ちゃーん!!」


 二度目の配信を終えた翌朝、月音は大はしゃぎだった。

 基本的に月音は朝弱いんだが、午前七時というそこそこ早い時間にもかかわらず、今は目がキラキラと輝いている。昨日から月音はずっとこの調子だ。


「テンション高いな。まあ、確かに昨日はうまくいってよかったけど」


「いや、ソロでガーディアンボス討伐って本当にすごいことだからね? しかも魔術師で、探索者登録して一週間でなんて、多分世界でもお兄ちゃんだけじゃないかな」


 ……そう聞くとなんだかすごいことをしたような気がしてくる。

 月音は俺が作ったフルーツサンドをぱくつきながらスマホを操作する。


「Twisterもお兄ちゃんの話題一色だからね。短期間で話題になり過ぎたせいで、アンチコメントもそこそこあるけど……こればっかりは仕方ないかな」


「配信も少し荒れてたからなあ」


「初回攻略特典を取り損ねたやっかみもあるんだろうね。でも、それを上回るくらいお兄ちゃんのチャンネルに人が集まってるよ。登録者、もう二十五万人超えてるからね」


「え? ……うわ、本当だ。昨日の配信までは十万人だったのに」


 実際にスマホでチャンネルを確認してみると、本当に登録者が倍以上になっていた。


「チャンスを見事にものにしたね、お兄ちゃん。少なくとも昨日から増えた十五万人は、初回攻略特典絡みの情報目当てじゃなく、お兄ちゃんの配信を見たくて登録したんだよ!」


「期待が重い……」


 前回までの配信が盛り上がったのって、単に未確認のキーボスやガーディアンボスを倒す配信だったからだと思うんだよなー。


 どうも相当なレアケースだったようだし、似たようなことが今後できるとは思えない。期待が大きい分、失望された時の反応が怖い。


 俺の心の中を読み取ったように、月音が優しい口調で言った。


「まあまあ。そんなに心配しなくて大丈夫だよ、お姉ちゃん」


「誰がお姉ちゃんだ」


「少なくとも次の配信はみんな絶対見てくれる。だってユニーク装備の性能が気にならないダンジョン配信ファンなんていないからね!」


 あー、そういえばそれがあったな。


 ガーディアンボスである道化インプを倒した後にドロップしたティアラ、ドレス、靴の三点セット。お披露目こそしたものの、あれを着て戦った姿は見せていない。(というかそもそも道化インプ戦以降戦闘をしていない)。

 ユニーク装備がドロップした時の盛り上がりを見る限り、視聴者たちはその性能にも興味があることだろう。

 ……例によって俺の口から説明はできないわけだが。


「改めて確認するけど、ユニーク装備は協会に預けてあるんだよね?」


「ああ。闇討ち対策に“所有者指定加工”が必要とかで」


「それならよかった。ユニーク装備はダンジョンのデスペナルティで失うことはないけど、他の探索者に無理やり奪われることはあるからね」


 所有者指定加工。

 主にユニーク装備に施す加工だ。これによってユニーク装備は所有者設定された人間以外、所有者の許可なしに触ることはできなくなる。


 ユニーク装備はその強力さや稀少性から、かつては所持者がダンジョン内で襲われて強奪される事件が頻発したらしい。やり方は単純で、顔を隠した盗賊がダンジョンの中に潜み、ユニーク装備の所持者を毒か何かで拘束&装備を脱がせて奪う、というもの。

 ユニーク装備はデスペナルティの対象にならない性質があるらしいが、こういう抜け道があるから油断できない。


 で、それへの対策として所有者指定加工が考案されたと。触れることすらできない以上、盗賊に襲われても奪われようがないからな。


 そんな話をしていると、不意に俺のスマホが振動した。


 見ると、フリーのメールアドレスに連絡が来ていた。差出人は探索者協会の公式アドレス。メールに添付されたリンクから協会のサイトを開き、昨日職員から言われて作ったばかりのマイページにログインすると、神保町支部からのメッセージが届いていた。


 内容は……おお、噂をすれば。


「月音、ユニーク装備の鑑定が終わったらしい」


「本当!?」


 月音が勢いよく身を乗り出してくる。


「昨日は人が集まり過ぎて職員が忙しかったから、鑑定できなかったんだよね?」


「まあな。代わりに所有者指定加工のついでに調べてくれるって話だったけど……鑑定結果だけ先に教えてくれるみたいだ」


 ユニーク装備の効果は探索者協会の備品で調べられる。

 とはいえ昨日の神保町ダンジョンは探索者が押しかけていて、ただでさえ人手不足な職員はてんやわんやだった。なのでユニーク装備は協会に預けて所有者指定加工をしてもらいつつ、ついでに鑑定も、ということになっていた。


 鑑定結果を教えてもらえるのは、ユニーク装備を引き取りに行くタイミングだと思ってたんだが……あれか。俺が早く知りたがってると思って、気を利かせてくれたのかな。


「見せて見せて!」


 テーブルを周りこんで月音が俺のスマホを覗き込んでくる。


 月音じゃないが、俺もこれに関しては気になっていた。ユニーク装備は数値上の差こそあれど、目玉である特殊効果はダンジョンのランクがほぼ影響しないらしい。

 つまりFランクダンジョンでも強力なものが手に入る可能性がある、ということだ。

 メッセージを縦スクロールしてユニーク装備関連の部分を表示。


 気になるユニーク装備の効果は……



――――――


<薄氷のティアラ>

 薄氷のドレスの効果発動時、精神力をすべて消費することで魔術【アイシクルハザード】を使用できる。なおこの効果は三回しか使えない。


<薄氷のドレス>

 耐久を1にし、魔力を十倍にする。この効果は魔力体の再構築まで持続する。詠唱「光の空、闇の湖底。隔つるはわずかな薄氷(うすらい)のみ。しかしてただ前だけを見て」


<薄氷のピンヒールパンプス>

 薄氷のドレスの効果発動時、スキル【滑走】を使用できる。


――――――



「……必殺技きたぁあああああああああああああああ――――っっ!」


 月音が耳元で叫び声を上げた。うおおびっくりするわ!


「必殺技って、<薄氷のティアラ>の効果のことか?」


「そう! あと一撃でやられてしまうような逆境の中、残された精神力のすべてをつぎ込んで発動する魔術! しかも三回しか使えないとっておき! これを必殺技と呼ばずして何て言うの!? ロマンの塊だよ、こんなの!」


 大興奮の月音。確かに必殺技という雰囲気はひしひし感じるが……


「三回しか使えないと、俺、いざって時もケチッて使えないような気がするな……」


「……まあ、それはわかるけど。世〇樹の雫とかエリ〇サーとかもったいない精神あるよね」


 有名RPGのアイテムで例えながら頷く月音に俺は尋ねた。


「ちなみに月音、この【アイシクルハザード】の効果ってどんなのか知ってるか?」


「さあ……聞いたことないや。【アイシクル】なら大きい氷柱を槍みたいに飛ばす魔術だったはずだけど」


 月音はそう言って首を傾げる。名前をそのまま日本語にすると“氷柱災害”だが、これだけだとどんな魔術かいまいち想像しにくい。


 せっかくだから試し撃ちでもしたいが、三回しか使えないんじゃなあ。おまけにハザードなんて名前からして周囲に人がいたら巻き込んでしまうような気がしてならない。

 ピンチの時に、周りに誰もいなければ使う、という感じでいこうかな。


「で、二番目の<薄氷のドレス>は……またえらく極端な効果だな」


 耐久を1にして魔力十倍。ハイリスクハイリターンの極致だな……


 しかもこの薄氷シリーズ、とでもいうべきユニーク装備はこの<薄氷のドレス>ありきとなっている。ユニーク装備の恩恵を受けようと思ったら、必ず俺の耐久は文字通り氷の膜一枚レベルまで下がることになる。まさに背水の陣。


「で、<薄氷のピンヒールパンプス>は【滑走】ってスキルが使えるようになるのか。月音、これどんなスキルかわかるか?」


「文字通り、滑るように移動できるようになるスキルだよ。足場が悪くてもまっすぐ進めたりするけど、扱いが難しいって聞くね」


 要するにダンジョンでスケートができるようになるスキルか。


「ちなみにお兄ちゃんってスケートできたっけ?」


「スポーツ系の施設に行った時くらいだな。できなくはないけど、あのユニーク装備の靴、ヒールがやたら高いんだよなあ……練習しないと無理だ」


 <薄氷のピンヒールパンプス>は<薄氷のドレス>と併用が前提なので、必然的に使う時は耐久がガクッと落ちることになる。そんな被弾の許されない状況で、扱いの難しい移動……かなりリスクが高そうだ。

 月音はこうまとめた。


「あれだね。全体的にすっごいピーキーだね」


「ユニーク装備までこんなにクセがあるとは……」


「まあ、お兄ちゃんのステータスには噛み合ってるしいいんじゃない? どっちみちお兄ちゃんの耐久なんてあってないようなものでしょ?」


「三十分の一弱だぞ。一緒なわけあるか」


 ……とは言うものの、耐久の薄さは自覚している。どうせなら魔力を下げて耐久を上げてほしいところだが、結果はこの通り。俺はいつまで被弾=即死の恐怖に怯えなくてはならないんだろうか。


「いやー、面白かった。ユニーク装備の効果を見せてもらえるのって身内の特権だよね~」


 満足したように自分の席に戻る月音。他人事だと思って楽しそうに……!


「……まあ、ユニーク装備についてはこのくらいにしてだ。月音、今後のことを話し合おう」


「今後のこと?」


 俺は頷いた。


「ぶっちゃけ俺、もう配信やめてよくないか?」


 昨日の配信以降、雪姫名義の質問ボックス――設置者に対して匿名でコメントを送れるSNSのこと――には山ほど“マジックアイテムによる生身への影響を解除する方法”が届いている。


 配信に乗っていた似た内容のコメントも含めれば、百件以上情報が集まったんじゃないだろうか。まだすべて確認できたわけじゃないが、これだけあればTSを解除するネタも混ざっていそうな気がする。

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