新たなダンジョンへ

 日本最大手の探索者ギルド、“白竜の牙”本部。


 外見上はこぎれいなオフィスビルに見えるが、あまたのダンジョン産素材を用いて作られたその建物は、仮に飛行機が激突しても問題ないほどの頑丈さを誇る。

 それは白竜の牙が持つ財産のすさまじさと、強力な探索者を多数抱えることのリスクの両方を表していた。


 そんなビルの最上階で二人の男が向かい合っている。


 執務机につくのはギルドリーダーの司馬龍善りゅうぜん。年齢は四十代半ばで、身長百九十センチ近い筋骨隆々とした人物だ。

 龍善は目の前のメンバーに声をかける。


「俺に話とは何だ、北斗」


 執務机をはさんで龍善の向かいに立つのは茶髪の青年だ。貴公子然とした美男子で、まさに正統派な美男子といった雰囲気である。

 高峰北斗。

 まだ二十歳という年齢にもかかわらず、白竜の牙の主力を担う探索者だ。


「単刀直入に言いますが……ボス、僕に新メンバーをスカウトする許可をいただけませんか?」


「ほう、お前の眼鏡にかなった探索者がいたか。どんなやつだ?」


「この子です。最近ダンジョン配信を始めたようですね」


 北斗が龍善に見せたスマホには、銀髪碧眼の幻想的な見た目の少女――雪姫の姿が映っていた。場面はもっとも最近の配信の終盤、インプクラウンとの戦闘時である。

 龍善は目を細める。


「これは……ガーディアンボスと単身で戦っているのか? 見たところ魔術師に見えるが」


「ボスは彼女を知りませんか? ネットではかなり話題になっていますよ」


「ダンジョン配信には疎くてな。老害と言われるかもしれんが、見栄え重視の探索は見ていて冷や冷やする」


「まあ、気持ちはわかりますけどね。ですが見てください。彼女の魔術の威力、とんでもないでしょう? この子、まだ探索を初めて一週間程度のようですよ」


 北斗の言葉に龍善は「ほう」と興味を引かれたような声を上げる。


「一週間でこの威力……初期スキルに恵まれたか? 何にせよ、将来有望だな」


「ええ。彼女のような存在は実に喜ばしいことです――僕たちのような真っ当な探索者にとっても、そうでない者にとっても」


 その言葉に、龍善は表情を険しくした。


「……なるほど、それでスカウトか」


「お察しの通りです、ボス」


 北斗は首肯し、続けた。


「探索を初めて間もないにもかかわらず、キーボスとガーディアンボスを単身で撃破。彼女ほど才能がある探索者で、しかもソロの魔術師となれば、膨大な勧誘があるでしょう。中には悪意を持ち、彼女から搾取しようとする者がいないとは言い切れません。何より、才能ある新人配信者が悪意にさらされた“前例”があります」


赤羽あかばね日花にちかか……確かに彼女がトラブルに遭ったのも、デビューしてすぐだったな。しかも、見たところこの雪姫という少女と年も変わらなさそうだ」


 自分の話が正しく伝わったことを理解し、北斗は頷く。


「はい。なので今回は早めに手を打ちたいと思っています」


「わかった。だが、彼女の意志は尊重しろよ」


「承知しています」


 北斗は爽やかに微笑んでそう言うのだった。





 電車に揺られながらダンジョンに向かう。


 銀髪は目立つので今日は避暑に来たお嬢様のごとくつば広の帽子をかぶったいで立ちだ。大げさだとは思うが、バズッたからにはこういう措置も必要というのは月音の弁。

 まあこれなら人目につくことはないと――



「おい、あの子……」


「ああ。とんでもなく可愛いな。外国の子か?」


「えげつない注目のされ方だぞ。車内のほとんど全員が可愛すぎて目を奪われてる」



 何だ……? 視線を感じるぞ……?


 いや気のせいだ。きっと気のせいだ。……だが怖くて視線を動かせない。こういう時はスマホで質問ボックスに集められた情報の確認でもするとしよう。

 質問ボックスに集められた情報は、生身を元に戻すアイテムについての噂話が三割、配信についてのコメントが三割、残りは変態からの怪文書かアンチコメントという感じだ。俺のリスナー、変態多くないか? どうして幼女にしか見えない今の俺に結婚の申し込みが何十件も届くんだ。


「……ん?」


 TwisterのDМ欄に新たなメッセージが届く。ふと確認してみると、そこには。



あかね『私は君の友人とやらの体を戻す方法を知っている』



 おおっ、情報提供のDМだ。

 何か有力な情報を持ってる人が連絡をくれたのか?


あかね『だが、その前に一つ重要な話がある』


あかね『可能なら二人きりで直接会って話がしたい』


あかね『メッセージの既読表示は確認した。今日の正午までに返事をもらいたい』


あかね『賢明な判断を期待する』


 ……えっと。


 アカウントを確認すると、呟きが一つもない明らかな捨てアカウントだった。

 登録日は今日。

 おそらく俺にDМするためだけに用意したものだろう。


 俺はそっとTwisterを閉じた。

 先日の配信以降、情報をエサに俺と直接会おうとする連絡が多いんだよなあ……


 名前からして女性っぽいが、Twisterの登録名なんて何の参考にもならない。さすがに正体不明の相手と二人きりで会うのは怖い。

 そもそも情報持ってるって話も証拠がないしな。


 悪いが無視させてもらおう。


 そうこうしているうちに、目的地の新宿に着いた。





 薄氷シリーズの所有者指定加工が終わったのは、俺が道化インプを倒した二日後、つまり今日の午前中だった。俺は神保町の協会支部でユニーク装備を受け取り、その後別のダンジョンがある新宿へとやってきた。


 目的はユニーク装備の試運転だ。

 さすがにぶっつけ配信で使う度胸はなかったからな。

 また、神保町ダンジョンの魔物相手ではあまり戦闘も盛り上がらないだろうからということで、次からの配信は一つ上のEランク――新宿ダンジョンで行う予定だ。どうせ試運転するなら下見も兼ねて、というわけである。


 新宿駅を出てダンジョンのある探索者協会の支部に向かう。


 外観は神保町支部と変わらないな。

 地下一階に降り、数分の順番待ちを経てダンジョンゲートに触れる。

 ぐにゃりと視界が歪み、視界が戻ると――そこには一面の緑が待っていた。


「おお……神保町ダンジョンと全然違う」


 俺は思わず呟いた。


 攻略難易度Eランク、新宿ダンジョン。

 その特徴を一言で表すなら“森”だ。初期位置には草原が広がっているが、前方には鬱蒼とした森が見える。


「今までずっと洞窟にこもってたから新鮮だなー」


 月音いわく、ダンジョンというのはいくつも種類があるらしい。

 代表的なのは神保町のような地下迷宮タイプだが、平地や山のようなものもある。地下迷宮タイプ以外は“階層”がない代わり、進むと透明な“壁”があり、それを超えると出現モンスターの強さや地形の特徴が変化したりするそうだ。ちなみに言い方は○○層、ではなく○○エリア、という感じらしい。


 今俺がいるのは“草原エリア”、前方に見えている森は“森林エリア”といったところだろうか。


 まあ、地形がどうであれ俺のやることは変わらない。


 俺は自分の魔力体を見下ろした。


 身に着けているのは薄氷シリーズの三点セット。神保町支部の更衣室で着替えを済ませてから新宿に来たため、ダンジョンに入った瞬間にはもうこの格好だった。布地は多いわりに露出がそれなりにあるため、いろいろと頼りない。

 あと、周囲の視線が集まっているのがわかる……目立つよなあ、これ……


 俺は首をぶんぶんと横に振った。人の視線なんて気にしている場合か。俺にはダンジョン配信を頑張って視聴者を増やし、TS解除のアイテムを手に入れるだけの資金確保をするという目標があるのだ。


 立ち止まっている暇なんてない!


 とりあえず隅っこのほうで色々試そう。

 幸い草原エリアはけっこうな広さがあることだし、端にいればそうそう目立たないはずだ。

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