神保町ダンジョン攻略配信4

「キヒャハハハハ!」


 火の玉がまた飛んでくる。


「あ、【アイスショット】!」


 無詠唱の【アイスショット】で迎撃。火の玉の一つと氷の弾丸がぶつかり、ドシュウッ! と白い煙を伴う爆発が起こった。


「わあああああああ」


 それに押し流されるように後ろに転がって何とか逃げ切る。

 やばい、こんな状態が続いたらすぐにやられてしまう!


「【氷の視線】!」


「ンン~?」


 パシュッ、という例の空気が抜けるような音が響き、目が合っているにも関わらず道化インプに影響はなし。これも駄目か……! しかも煽られたし。

 【氷の視線】は魔術ではなくスキルだが、名前からして氷属性に分類されるんだろう。氷属性に絶対的な耐性をつけた今の道化インプには弾かれてしまう。


 どうしたらいいんだよこの状況!

 ソロで来たのが思いっきり裏目に出た。誰かと組んでいれば、氷属性に耐性をつけられても、他の魔術やらでダメージを与えられたかもしれない。


 けど、氷属性の魔術師である俺がここからできることなんて……!


〔こりゃ無理かな……〕

〔そもそもソロ攻略しようとした時点で詰んでたか〕

〔ギミック系ならどっかに弱点あるのがお約束だけど……〕

〔弱点ってどうせ他属性の耐性ダウンとかそういうのでしょ。今の状況で使えるようなものとは思えん〕

〔ソロ攻略とかイキッてるからそうなるんだよwww乙www〕

〔さっさと負けろよ〕

〔遅延は他の人の迷惑になるからさっさと落ちた方がいいですよ〕

〔コメント読まないからそうなる。一人で行くなっつってんだろマジむかつくわ〕

〔うわ、なんか湧いてきた〕

〔雪姫ちゃんに乞食DМを無視された連中だろ。スルーでOK〕

〔配信荒れ始めたな〕

〔正直見てられん……〕

〔いくら雪姫ちゃんでも、ギミックでメタられたらそらどうにもなりませんわ〕


 心なしかコメント欄もギスギスし始めた気がする。だが、そっちに気を遣う余裕もない。

 何か他の魔術とかあればいいんだが……


 あ。

 “これ”行けるか?

 他に手も思いつかないし、やってみるか。


「【オーバーブースト】」


 俺は小声でとっておきのスキルを使う。


〔ん?〕

〔雪姫ちゃんが光ってる〕

〔例の本気モードな〕

〔力押しでどうにかするのは無理だと思うけど……え?〕

〔えっ?〕

〔いや雪姫ちゃん、さすがにそれは無理があると思うけど!?〕


 <拡張マジックポーチ>からメガホンを取り出す。

 俺は息を思いっきり吸い込み――





「――『服をっ……脱げええええええええええええええええええええ』!!!!」





 ギィイイン!


 メガホン――<邪精操りの拡声器>に思いっきり声を叩きつけると、独特な音の波が舞台に広がった。


〔耳がァ!〕

〔ぎゃあああああああああ!〕

〔雪姫ちゃんご乱心で草〕

〔インプメガホンの威力明らかに上がってなかった!?〕

〔あのメガホン、確か魔力の数値依存で影響範囲が変わるとか聞いたことが……〕

〔脱ぎます!〕

〔俺も脱ぎます雪姫ちゃん!〕

〔雪姫ちゃんの前で服を脱いでいいんですか!?〕

〔雪姫ちゃんの声で服を脱げって命令されたら……ブヒィィイイイ!〕

〔ご褒美だぜぇええええええ!〕

〔カオスwww〕

〔変 態 大 歓 喜〕


 コメントが過去一番の勢いで流れる中、道化インプにある変化が起こる。


〔ん?〕

〔お?〕

〔うおおおおおおおおおおおお!?〕

〔ピエロが服脱いでる!〕

〔効くのかよ!? 普通ガーディアンボスはこの手のデバフ効かないだろ!〕

〔マジで氷魔術以外の耐性ガタ落ちしてたのか?〕

〔【速報】ピエロ、脱ぐ〕

〔全裸のピエロ愉快すぎるな〕

〔よかったモンスターで。股間に何もなくて……〕

〔でもこれすごくね?〕

〔ピエロのギミックってあの服だろ。服脱いだってことは?〕

〔え? マジで雪姫ちゃん突破口開いたのかこれ?〕


 <邪精操りの拡声器>。

 これは使い手の魔力によって周囲のインプに命令するマジックアイテムだ。使用者の魔力が高いほど威力は高まる関係上、これは一種の魔術的影響力を持つ。


 だが月音によれば、ガーディアンボスのような特別なモンスターは阻害デバフ系魔術やスキルに耐性があることが多いらしい。


 本来であればあの道化インプには<邪精操りの拡声器>は通じなかっただろうが――俺はコメントの一つが引っかかった。

 それは道化インプはある属性に耐性を得る代わり、他の属性に弱くなっているのでは、というものだ。


 <邪精操りの拡声器>の効果が何かしらの魔術に類するものなら、道化インプの耐性が弱まっている場合に限り通用するかもしれない。というか他に手が思いつかなかった。半ばヤケクソで「服を脱げ」と命令してみたが、本当にうまくいった。


 道化インプは、氷属性無力化のタネであろう、水色に染まった道化服を脱いだのである。


「ヒャッハァーーーー!」


 全裸でおたけびを上げる道化インプ。

 こんな危険物をいつまでも配信画面に載せてはいられない! 早く倒さないと!


「【アイスショット】!」


 バガン!


「ギャァ!?」


 効いた! やっぱり服が氷属性無効の原因だったようだ。

 となれば【オーバーブースト】が切れる前に撃ちまくるのみ!


「【アイスショット】、【アイスショット】、【アイスショット】!」


 <初心の杖>によって詠唱を省ける【アイスショット】の連打。

 十発以上は撃ったが、【一撃必殺】が発動する気配はない。もしかすると道化インプの耐久は俺の十倍より低いのか? インプコマンダー戦の時より俺のレベルはだいぶ上がっているし、その可能性はある。そもそも道化インプは防御力が高いモンスターって雰囲気でもないし。


 とはいえ【インプキラー】の効果もあってか、道化インプには着実にダメージが蓄積されていく。


「ギャヒッ……グゥウ……」


 よろよろと後ずさりする道化インプ。あと一押しか。


「【氷の視線】!」


「アグゥ!?」


 道化インプと視線を合わせ、拘束したうえで氷属性への耐性を下げる。【冷酷非道】の発動条件が整ったことでさらに魔力上昇。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは疾く駆ける氷の矢!」


 氷の矢が出現し、道化インプに狙いを定める。


「【アイスアロー】ぉおおおおおっ!!」


 発射。

 命中。

 道化インプの頭部が消失した。


「――――、」


 魔力ガスとなって消滅する道化インプ。

 脱ぎ捨てた道化服も同じく消え去った。



<レベルが上昇しました>

<新しい魔術を獲得しました>

<新しいスキルを獲得しました>



 そして戦闘が終わったことを示す、魔力体の変化を知らせる声が響き――


「……勝ちましたぁあああああああ――――っ!」


〔うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!〕

〔すげえええええええええええええええ!?〕

〔マジか〕

〔ソロでガーディアンボス攻略wwwww〕

〔やばすぎww〕

〔ファーーーーーーwww〕

〔888888888888888888〕

〔これは伝説〕

〔鳥肌立ったww〕

〔おめ!〕

〔雪姫ちゃん最高! 雪姫ちゃん最高!〕

〔まさか本当に勝てるとは〕

〔熱すぎ!〕

〔やばいww〕

〔絶対負けたと思った〕

〔何で氷属性無効のギミックボス相手にソロで勝てるんですかねぇ……?〕

〔しかもノーダメじゃない!?〕

〔神回がすぎる〕

〔Twisterトレンドトップ10のうち8個が雪姫ちゃん関連で埋まった模様〕

〔“全裸ピエロ”がトレンド載ってるのはさすがに草〕

〔草〕

〔ってか同接七万人ンン!?〕

〔初心者の配信でこの記録は(ry〕

〔雪姫ちゃんを普通の初心者と一緒にするなよ! 普通の初心者が可哀そうだろ!〕

〔ガーディアンボス戦熱すぎるし脱げって命令されたし最高だった〕

〔体温のバランス取れてて草〕

〔服を脱げ、もトレンド載ってるんですが〕

〔変態たくさんいたからね、仕方ないね〕

〔ハイエナ君たち静かになってて草〕

〔触れんな触れんな。でもこれはケチつけられんでしょ〕

〔雪姫ちゃん最高! 雪姫ちゃん最高!!〕

〔雪姫ちゃんおめでとう――――!〕


「ありがとうございます! 皆さんのおかげで何とか勝てました!」


 配信用ドローンに向かって頭を下げる。

 実際、道化インプの弱点を予想するコメントがなかったら<邪精操りの拡声器>を使おうなんて発想は出なかっただろう。


「本当に危なかったです。魔術が効かなかった時には頭が真っ白になりました……」


〔wwww〕

〔まだちょっと顔色悪いやんけ!〕

〔よっぽど焦ったんやろなあ……〕

〔あのギミックは凶悪すぎたししゃーない〕

〔最終的にはピエロ君も服脱いでくれてよかった〕


「あ、急に叫んでしまってすみませんでした! 耳大丈夫ですか……?」


〔大丈夫!〕

〔馬鹿でかい音でイヤホンしてたら一瞬耳痛くなるかもだけど、配信用ドローンは大きすぎる音を自動で小さくしてくれる仕組みがあるから〕

〔音量より内容が衝撃的だったww〕


「あの時はああするしかなかったんですよ! あ、配信用ドローンのことを教えてくださった方ありがとうございます。今後は気を付けますね」


 戦いが終わった後のコメント欄との交流が意外に楽しい。こういった振り返りもダンジョン配信の醍醐味だったりするんだろうか。一時はコメント欄も荒れそうになっていたが、今はほとんどネガティブな内容のものは見られない。


〔雪姫ちゃん、初回攻略特典の確認しなくていいの?〕


 って、そうだ。初回攻略特典!

 ガーディアンボスを初めて倒した人間に与えられるレアな装備やマジックアイテム。せっかく長時間配信に付き合ってもらったんだから、ぜひ視聴者にも見ていってもらいたい。


 ……って、いつの間にか視聴者が七万人を超えてるんだが。

 これ、東京ドームの収容人数を超えてないか? もう全然現実感がないぞ。

 まあいい。まず初回攻略特典の確認。


 それが済んだら――いよいよ“本題”を伝える時だ。


「それじゃあ、初回攻略特典の確認をします!」


〔やったぁあああああああ〕

〔来た!〕

〔めちゃくちゃ気になるww〕


 道化インプの倒れた場所には、地上一メートルほどの位置に光る球体が浮いていた。


 何だこれ?

 インプコマンダーと戦った時のアイテムは、実体化して地面に落ちたんだがなあ。

 とりあえず触れてみるか。


 ――カッ!


「うわぁっ!?」


 眩しい! 何が起こってるんだ!?

 再び目を開けると……


「………………ぅえっ?」


 服が、変わった……?


〔ユニーク装備キタァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!〕

〔マジか、雪姫ちゃんなら引けると思ってたけどマジか〕

〔可愛いいいいいいいいいい!〕

〔え? 可愛い〕

〔似合いすぎwww〕

〔きょとんとしてる雪姫ちゃん可愛すぎる!〕

〔うおおおおお祭りじゃあああああああ〕

〔ユニーク装備ゲットおめでとう!〕


 コメント欄で興奮の渦が巻き起こった。

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