神保町ダンジョン攻略配信3
三層のコボルトはすばしっこい連中だったが、【アイスアロー】のおかげで近づかれる前に倒すことができた。インプほど素早くもないし。
四層のオーク――豚頭のゴリラのようなモンスターは、一番倒すのが楽だった。なにせ動きが遅いのだ。代わりに生命力が強いらしいんだが、俺が戦うと魔術一発でケリがついてしまうので違いがわからん。
「このあたりのはずですけど……」
配信前、探索者協会の職員からもらった地図。
それには正規ルートにつながった新規ガーディアンボスの部屋に至る道が記されている。
〔そろそろ着くかな?〕
〔なんか緊張してきた〕
〔ってか探索者多すぎないか?〕
〔雪姫ちゃんが負けた時、新規ガーディアンボスと戦うためだろ。順番決めるために、協会が仕切ってネットで抽選とかしてたはず〕
〔雪姫ちゃんにたかろうとしたハイエナ君たちに見習ってほしいですわ〕
〔現地民です。今雪姫ちゃんが通りかかりました。誘拐したいくらい可愛い〕
〔俺も雪姫ちゃんと一緒に暮らしたい。美味しいものたくさん食べさせたい〕
〔雪姫ちゃんの洗濯物を干したい〕
〔雪姫ちゃんの洗い物をしたい〕
〔配信二回目の統率じゃないだろお前らww〕
周囲には俺が負けた後に新規ガーディアンボスと戦うためだろう、他の探索者が大量に並んでいた。地図と照らし合わせるに、この列の先にガーディアンボスの部屋があるらしい。
やがてそこにたどりつく。
通路の最奥に鎮座する、両開きの巨大扉。
「お待ちしておりました。しら――ではなく、雪姫さん」
「あ、こんにちは」
鎧をまとった女性が配信中であることに配慮した呼び方で俺に声をかけてくる。見ると、いつもお世話になっている探索者協会の女性職員だった。
女性職員ともう一人、探索者協会の職員が扉の左右で見張りをしている。
「ここにいるってことは、お姉さんも探索者だったんですね。見張りをしてくれてありがとうございます」
配信前に協会に寄ったら、この人の姿が見えなかった。休みかと思ったら、こっちにいたんだな。
「――ッッ」
「え? あれ? お姉さん!?」
鼻を抑えて崩れ落ちる女性職員。急にどうした!?
「す、すみません。雪姫さんがあまりに可愛くて。もう一度呼んでいただけませんか?」
「……可愛いと言われるのは好きじゃありません」
「ああ、ごめんなさい! もう言いませんから拗ねないでください!」
〔なんかこの職員……〕
〔臭う! 同族の臭いがプンプンするぜェーーっ!〕
〔拗ねる雪姫ちゃんも可愛いな〕
〔可愛い〕
〔毎日見たい〕
「ゴホンッ」
「――はっ!」
もう一人の職員に呆れた目を向けられ、女性職員が仕事モードに切り替わる。
「え、ええと、雪姫さん。まずはこの“指”をお返しします」
「あ、はい。開通工事、ありがとうございました」
「いえいえ、仕事ですので。――本当におひとりで?」
「はい。勝てるかどうかわかりませんけど、頑張ってみます!」
配信を始めてすぐに視聴者の前で言ったことはただの建前じゃない。
「わかりました。では、ご武運を」
俺は扉の前に立つ。
扉を見ると、そこには二つのレリーフがあった。
道化の服を纏った悪魔と、騎士鎧を纏った悪魔の二パターン。
……何だこれ?
まあ、入ればわかるか。
「行きます!」
〔うおおおおおおおおおお〕
〔がんばれ雪姫ちゃん!〕
〔勝ってくれ……!〕
〔やば、めちゃくちゃワクワクする!〕
扉を押し開け、中へ。
「……暗い?」
真っ暗な部屋。
パアッ。
俺が数歩進むと、空間が一気に明るくなる。
何だここ……演劇なんかをやる、舞台?
『キヒヒヒヒッ』
カツン、カツン、と足音が響く。
現れたのは――無地の道化服をまとった、体高一・五メートルくらいのインプ。威嚇なのか習性なのか、懐から取り出したジャグリングボール五つでお手玉を始める。
「……あれ?」
何だこいつ?
キーボスがインプ系だったから、ガーディアンボスもインプ系である可能性が高いと月音に言われ、俺はインプ系の魔物を予習してきた。
何があるかわからないからと、Aランクのインプ系まで情報をさらってきたんだが――この道化インプは、探索者協会のデータになかった。
〔え、何こいつ〕
〔インプソーサラーじゃないよな……〕
〔こんなモンスターいたっけ?〕
〔俺Cランク探索者だけど、こんなやつ見たことない〕
〔待って嫌な予感がしてきた〕
〔デバフ系? 魔術系か?〕
〔わからん〕
〔まさか新種?〕
〔三万人視聴者がいて誰もわからないってマジ?〕
〔え? 本当に新種か?〕
爆速で流れるコメント欄。視聴者の混乱が伝わってくるかのようだ。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
「とりあえず一発撃ちましょうか。【アイスショット】!」
<初心の杖>を向けて隙の少ない無詠唱魔術を飛ばす。
さあ、どう出る?
バゴン。
「ギャヒィ!?」
……んん?
〔モロ入った!〕
〔避ける気なかっただろ今の〕
〔ピエロさんずっとお手玉してて草〕
〔愉快なガーディアンボスだなあ〕
ひっくり返る道化インプ。
……追撃していいのかなあ、あれ。
「………………ヒヒッ」
結論から言うが、俺はこの段階でとにかく追撃しておくべきだった。
なぜならこのガーディアンボス――後で“インプクラウン”と名付けられたこのモンスターには、お前ソロ探索者に恨みでもあるのかと言いたくなるようなド面倒くさい能力があったからだ。
じわじわと道化インプの服が白から水色に変色していく。
変色が完全に終わったところで、びょん! と道化インプは跳ね起きた。
「キヒャハハハハハハハハハハ!」
「ひええ……」
こっわ。ホラー映画みたいなどぎつい笑顔だ。俺、ホラー駄目なんだけど……
道化インプの持つボールが燃え上がり、小さな炎の玉と化す。
戦いの本番が始まった。
「ヒャハハハハハァーーーー!」
「うわっ!?」
ボボボボボッ! と火の玉と化したジャグリングボールが物凄い速度で飛んでくる。慌てて横っ飛びすると、戦いの場である舞台が爆発し陥没。威力高いな!?
「ウゥウン……」
不満そうな顔で道化インプが指を振ると、新たなジャグリングボールが道化インプの手に五つ生まれた。いくらでも作り出せるのか、あれ。
〔あぶな!〕
〔がんばれー!〕
〔ナイス避けだよ雪姫ちゃん!〕
〔あの火の玉って魔術か?〕
〔っぽい。【ファイアボール】の派生だろこれ〕
〔遠距離タイプかな。舞台の真ん中から動こうとしないし〕
道化インプは舞台中央に陣取って動こうとしない。
遠距離攻撃が得意なタイプか?
なら、俺にとっても苦手な相手ってわけじゃなさそうだ。
とりあえず反撃。
「【アイスショット】!」
<初心の杖>の効果で詠唱を飛ばせる【アイスショット】を放つ。
とりあえず一発当てて怯ませてから――
――パシュッ。
「……あれっ?」
何か道化インプに触れた瞬間、【アイスショット】がかき消えたんだが……?
道化インプは不気味に笑うだけで微動だにしない。一発目はひっくり返るくらいの衝撃を与えることはできたのに。
くそっ、それなら他の魔術だ。
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは疾く駆ける氷の矢、【アイスアロー】っ!」
氷の矢は凄まじい速度で射出され、道化インプの顔面に直撃する。
だが、結果は同じ。
パシュッ。
「……!」
空気の抜けるような音が響き、道化インプには傷一つつかない。
〔!?!?!?〕
〔雪姫ちゃんの魔術が効いてない!?〕
〔雪姫ちゃんの魔術、キーボスも一撃で生命力ごっそり削ってたのに〕
〔すげえ! あのピエロすげえよ!〕
〔初めて雪姫ちゃんの魔術を浴びてまともに戦えるモンスターを見た!〕
〔敵褒めてるやついて草〕
コメント欄に視線を走らせると、視聴者も動揺している人が多い。一方、冷静に状況を見ている人たちもいる。
〔いや、おかしい。雪姫ちゃんの火力って正直Fランク超越してるし、いくらガーディアンボスでも素の耐久でノーダメはない〕
〔ギミック系か?〕
〔多分何か仕掛けがあるな。一発食らったあとに色が変わった服が怪しすぎる〕
〔氷属性の魔術を食らって水色に変化する服……?〕
〔+服の変色後は雪姫ちゃんの魔術でもダメージが通らない〕
〔もう答えやんけ!〕
〔一発食らった魔術と同じ属性の魔術を無効化する能力ってこと?〕
〔耐性獲得系のスキル持ってんのか。しかも超強力なやつ〕
〔うっわ〕
〔いやエグくない?〕
〔ソロ魔術師に親でも殺されたんか?〕
「一発目に受けた魔術と同じ属性の魔術を無効化する能力……?」
滝のように流れるコメントの一つが目に留まり、俺は呆然と呟いた。
そんな反則的な能力があるのか? それが本当なら、【アイスショット】を当てた時点で俺が撃つ氷魔術は道化インプに一切ダメージを与えられなくなってしまう。
だが、それが事実なら理屈が通る。
ネットで不本意にも“超火力ロリ”、“幼女の形をした大砲”などと呼ばれる俺の魔術が二回も道化インプに効かなかったこと。そもそも一発目の【アイスショット】を道化インプが避けようとしなかったこと。
え? 本当に道化インプ、氷属性魔術を無効化できるようになってるのか? 何だよそのソロ魔術師を狙い撃ちするような能力は!
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