神保町ダンジョン攻略配信5

 ユニーク装備。それは世界で一つしかない装備品のことを指す。特殊な効果が付与されているものが多く、これが探索者の代名詞になることもあるんだとか。


 改めて俺は自分の格好を見下ろした。


 さっきまで着ていた初期装備や猫耳ローブは地面に落ち、代わりにいつ身に着けたのか、俺が纏っているのは透け感のある薄青色のドレスだった。


 肩を出すデザインに加えて、前面のスカートはやや短め。肌の見える部分も多いが、オペラグローブやらニーハイソックスやらのおかげで露出が激しいというほどでもない。

 頭に何かが載っている感覚があったので手をやると、小さなティアラだった。瀟洒なデザインで、大粒の宝石が三つついている。


 ティアラ、ドレス、そしてヒールつきの靴。

 それが俺が身に着けているユニーク装備の全容だ。


「な、なんというか、落ち着かない格好ですね……」


 露出が激しすぎないとはいえ鎖骨と肩はばっちり外に出ているし、背中も大きく開いている。後ろは半分くらい素肌が見えてるんじゃないか?


「すみません、自分では全体が見えないんですが、変じゃないですか?」


 何かの間違いでパンツとか見えていたら大変なことになる。俺の羞恥心的にも、Мチューブの規約的にも。


〔変じゃない変じゃない!〕

〔めちゃくちゃ似合ってるよ〕

〔ほんっっっとに可愛い〕

〔今日ばかりは可愛いと言わせてほしい〕

〔愛してる〕

〔可愛い〕

〔可愛すぎて目がつぶれた〕

〔俺も〕


「……また可愛いって言いましたね」


 ガーディアンボスを単独で倒す偉業をしたばかりなのに、この視聴者たちの目は節穴だろうか。服装や外見を超越した俺の男らしさが見えないのか?


〔うわあああああ〕

〔ジト目!! 超かわいいドレスでジト目!〕

〔スクショしました〕

〔え? ごめん無理本当に無理可愛くて無理〕

〔心臓が痛い! 死ぬ!〕

〔衛生兵! 衛生兵――っ!〕

〔雪姫ちゃんはいい加減自分の破壊力を知るべき〕

〔とりあえず雪姫ちゃんには一回その場でくるっと回ってもらうのはどうだろう〕

〔おっ〕

〔妙案〕


「? この場で回ればいいんですか?」


 あれか。後ろや横も含めてユニーク装備を確認したいとか、そういう話かな。

 それじゃあ言われた通りにしてみるか。せえのっ……


 ふわっ。


 ……あ。


〔やったあああああああああああああ!!〕

〔ひゃっほ―――――う!〕

〔見え……見え……ッッ〕

〔見えない! けど逆にそれがいい!!〕

〔可愛いいいいいいいいいい!〕

〔天使〕

〔無防備すぎるww〕

〔あのさあ女リスナーとして言わせてもらうけどさあ……可愛いよぉおお雪姫ちゃあああんハァハァハァ〕

〔顔真っ赤で可愛すぎるww〕


 一回転したことで持ち上がったスカートを慌てて叩き落とす。これが狙いか変態ども……!


「配信切りますね。今日はありがとうございました。それじゃあ」


〔待って待って待って待って〕

〔ごめんなさい! もうしません!〕

〔ぎゃああああああ〕

〔いかないで〕

〔もう一度チャンスをください!〕


「……気付かなかった私も悪いからいいですけど。でも、こういう変態みたいなことはもうしないでください」


 危うく七万人の視聴者に【氷の視線】を向けるところだった。こいつら、ある意味モンスターより厄介かもしれない。

 まあ、きちんと釘を刺しておけば聞き分けのない視聴者も少しは大人しく――





〔雪姫ちゃんに変態って言われた!(歓喜)〕





 もう駄目だ。きっとこいつらは人として手遅れなんだろう。

 こういう時は話題を逸らそう。


「それにしても、この装備品の効果ってどうやって調べたらいいんでしょう? ユニーク装備は探索者協会の資料にも載っていないでしょうし……」


〔装備品については【鑑定】スキルで効果を知ることができますので、職員にお聞きくださればいつでもわかるかと思います。ガーディアンボス討伐おめでとうございます雪姫様!(職員)〕

〔職員さん配信見てて草〕


 なるほど。職員に聞けばユニーク装備の性能を調べてくれるのか。ダンジョンを出たら確認してみようかな。

 ……あと、なんとなくこのコメントはガーディアンボスの部屋の前で見張りをしていたあの女性職員のものな気がした。


 ギィイ……


 初回攻略特典を受け取り終えると、それまで存在しなかった扉が壁際に現れ、こっちに来いとばかりにひとりでに開いた。


 確か扉の向こうにはダンジョンの出口があるんだっけ。

 扉の奥には黒い球体であるダンジョンゲートと対を成すような、白い球体が見える。あれに触れればダンジョンを一瞬で出られると同時、魔力体に“Fランクダンジョンをクリアした”という情報が追加されるらしい。

 そうしてはじめて、次のランクのダンジョンゲートを通れるようになるんだとか。


 ダンジョンを出る前に、やるべきことがある。



「――視聴者の皆さん、お話があります」



〔お?〕

〔なんだろ〕

〔神妙な雰囲気じゃない?〕


「私が配信者になったのは、ある目的があるからです。一つは自己紹介動画で言った通り、ある人物――白川琢磨たくまという探索者の居場所を探すこと」


 情報提供の呼びかけ。

 それが今からやることの内容だ。

 もともと俺はTS解除の情報を集めるためにダンジョン配信者になった。七万人の視聴者がいる今、それをしない手はない。


 ……正直前回の配信でもやればよかったんだが、初配信であんなに人が集まるなんて思ってなかったから、話す内容をまだ詰められてなかったんだよな。


〔白川琢磨って……まさかあの白川琢磨?〕

〔SSランク探索者の?〕

〔めちゃくちゃ有名人じゃん。もしかして雪姫ちゃん、白川氏のファンとか?〕


「ええと……遠い親戚です。少し話したいことがあるんですが、連絡がつかなくて」


〔今アメリカにいるって話じゃなかった?〕

〔噂じゃそうだな〕

〔イエローストーン国立公園のダンジョンに向かったみたいな話聞いた気がする〕

〔詳しくて草〕

〔まあ日本人最強とか言われてるお人だし多少はね?〕

〔というか白川琢磨の親戚か……どうりで雪姫ちゃんの強さがおかしいわけだ〕

〔なんか納得したww〕


 おお……すごい。家族の俺や月音でもわからなかった情報がどんどん出てくる。有名人だとは聞いていたが、こんなに多くの人に知られていたのか。

 アメリカにいるらしい、という話が多いが、インドやらエジプトやらといった情報も出てくる。確定的な情報はないか。


 まあいい、本命は親父についてじゃない。

そもそもあの男がTSを治す方法を知っているとも、素直に教えてくれるとも限らないしな。


「それともう一つ。“私の友人が”ダンジョンから出たマジックアイテムによって体に変な影響が出ています。マジックアイテムによって生身の体に起こった変化を打ち消す方法――それを知るために、私は配信者になりました」


 俺自身がTSしていることを明かせば面倒なことになる。

 なら、適当に別の被害者をでっち上げればいい。


〔体に影響?〕

〔具体的にどんな?〕


「本人の希望で、あまり詳しくは言えないんですが……それまでのその子の体とは、別物になってしまったんです。それはもう、目を覆いたくなるような凄まじい変化でした。このまま一生過ごすなんてぞっとするような。……あ、友達の話です」


 危ない危ない、妙に熱が入ってしまった。これは他人事という体裁を守らねば。


〔それなら探索者協会に言ったほうがいいんじゃない?〕


「私もそう言ったんですが、その子はどうしてもそれが嫌だと。あまり多くの人に知られたくないようです。自分の体に未知の変化が起きていると知られたら、何が起こるかわからないから、と」


〔あー……〕

〔確かに。ダンジョンがらみはデリケートだよなあ〕

〔言ってることもわかるけど、さすがに悠長じゃないか? 友達に起きてるのがヤバいことだとしたら放っておくほうがまずいかもしれないし〕


「もちろん、ずっと隠し続けるつもりはありません。学校もありますから。あくまで可能な限りは、というつもりです」


 俺だって、自分の状況をいつまでも隠し続けられるとは思っていない。

 月音と話し合った結果、期限は夏休みの間のみ。

 それまで必死に情報をかき集め、自力でのTS解除を目指す。

 それができなければ、諦めて探索者協会に状況を伝える。そういう方針だ。


「虫のいい話なのはわかっています。でも、私はどうしてもその子の気持ちを汲みたいんです」


 ここからが正念場だ!

 月音は誠意を込めてお願いをしろと言っていた。当然だろう、視聴者といえど他人。俺のために骨を折ってくれと頼むなら、俺にできることは何でもしなくては。


 なので俺は死ぬほど不本意ながら、両手を組み、上目遣いで配信用ドローンを見上げて――



「皆さんが頼りです。どうか力を貸してくれませんか……?」



 ……本当にこれでいいんだよな月音? なんか他力本願っぽくて図々しく思われてしまう気がしてならないんだが。

 内心でそう思いながらコメント欄を見ると――


〔よっしゃあああああああああああああ〕

〔ズキュウウウウウウウウウウウン(ハートが撃ち抜かれた音)〕

〔任せろ雪姫ちゃん! おじさんが何でも調べてあげるからねええええええええ!〕

〔雪姫ちゃんの上目遣いうおおおおおおおおおおお〕

〔何でもする何でも調べる何でも聞いて〕

〔どっかの研究施設にデータがあるかもしれんな〕

〔クラッキング得意な友達に声かけるね!〕

〔友達思いな雪姫ちゃん、これは重要なんだけどその友達は女の子かな??〕

〔雪姫ちゃんの頼みとあらば断わるわけにはいかねえなあ!〕

〔うっひょおおおおおおお上目遣い最高おおおおおおおおお!〕

〔可愛い可愛い可愛い〕

〔ほんと可愛い〕

〔尊い〕

〔うるうるしたお目々べろぺろ〕

〔あああん知ってることはなんでも教えるよおおおおおおおお〕


「きっ………………、ありがとうございます」


 引くな俺。ここにいるのは味方だ。だから“気持ち悪い”という本音は絶対に口に出すな。

 しばらくコメントを眺めてみるが、生身の肉体を変質させるマジックアイテムがそもそも異質すぎるようで、解除方法がコメントされることはなかった。

 いや、まだわからない。コメントが速すぎて全部は追えていないし、家に戻ってからじっくり確認することによう。


「もし何か有力な情報を知っている方がいれば、私の“質問ボックス”にご連絡ください。Twisterと、この動画の概要欄にもリンクがありますので」


〔了解!〕

〔任せて!〕

〔探索者仲間に聞いてみる!〕


 心強い返事が返ってくる。ガーディアンボスとの戦いで盛り上がっているおかげもあるんだろうが、今は彼らの言葉を信じるだけだ。


「とにかく、私が言いたいことはこれで終わりです。……長らく配信にお付き合いいただき、ありがとうございました。次の配信は、予定が決まり次第Twisterで告知します。まだの方はぜひTwisterのフォロー、チャンネル登録をお願いいたします」


 月音が作ってくれたURL表示用の素材を画面に映しながら、締めの挨拶を行う。


「それでは、今日の配信はこれまでです。お疲れさまでした!」


 そう言って、俺は二度目の配信を終えるのだった。



――――――

―――


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