ふにゅん。
「――お兄ちゃんのブラを買わないと」
「お前は何を言っているんだ」
探索者協会にガーディアンボスの部屋を開ける鍵を預けた翌日、俺はのんびり自宅で過ごしていた。
ボス部屋までの開通工事が終わるまで、することもない。それまで俺はダンジョン配信を見たり、宿題をやったりして過ごしている。月音も似たような感じだ。
月音がやれやれと肩をすくめる。
「そうは言うけどねお兄ちゃん。妹として心配なんですよ私は」
「何だよ」
「はい、ばんざい」
「?」
よくわからないまま両手を上げる。
ふにゅ。
「ひぁあ!?」
「やっぱりお兄ちゃんけっこうある! 微乳だけどちゃんとある!」
「あるとか言うなっ、ちょっ、揉むな!」
真剣な顔で俺の胸を触って確かめる月音。
俺が着ているのは自宅ということもあり、上は月音から借りた薄手のキャミソール一枚のみ。おかげで月音の手の感触がダイレクトに伝わってくる。
「やめっ、本当にやめてくれ……慣れてなくて、何か力が抜けるっ……」
「ほらほら、ここがいいの? それともこっちかな?」
「んっ……! そ、そこ触るなって……!」
耳が熱い。声も上ずってしまう。
「~~~~!」
「……お兄ちゃんえっろ」
「お、お前なあっ」
「それにしてもお兄ちゃん、感度良すぎじゃない? まさかTSしたのに自分の胸を揉んでないとか?」
こいつは何を言っているんだ。
「してるわけないだろ……!」
「何で!? お約束でしょ!?」
「少なくとも今のお前みたいな触り方はしないと思うぞ……」
ようやく月音から解放され、荒い息を吐きつつそう言う。
何なんだこの変態妹は……
「とにかく、これは危険だよお兄ちゃん。だって今ノーブラでしょ?」
「月音のお古の……なんだっけ、キャミソール? 着てるしいいだろ」
「正直アウトだと妹は思います」
「なら、月音の昔使ってたやつ貸してくれ」
「今日のぶんはそれでもいいかもしれないけど、数が足りないよ。どっちみち買わないと」
「……下着屋に行くのに抵抗があるんだよなぁ」
こちとら心は男子高校生だぞ。女性用下着売り場になんて行けるか。
店員に話しかけられてテンパッた挙句、ダッシュで逃げ出す自分が目に浮かぶようだ。
「わかった。お兄ちゃんがそこまで嫌なら仕方ないね」
「わかってくれたか、月音」
ピッ。
『やめっ、本当にやめてくれ……慣れてなくて、何か力が抜けるっ……』
『ほらほら、ここがいいの? それともこっちかな?』
『んっ……! そ、そこ触るなって……!』
「って何だこの動画!? お前いつの間にこんなものを!」
「お兄ちゃんが悶えてる隙にスマホでちょちょっと。この動画を公開して、お兄ちゃんがどれだけ危険か理解してもらうことにするよ」
「鬼かお前は!?」
俺は何とかして月音から動画データの入ったスマホを奪おうとしたが、リーチの差があるためまったくかなわない。
結局動画を削除することと引き換えに、俺は月音とともに下着の買い出しに行くことになった。
「いいものを選んであげるからね、お兄――じゃなくて、雪姫ちゃん」
「もう好きにしてくれ……」
月音に連れられてやってきたのは最寄りのショッピングモールだ。
月音がよく利用するというランジェリーショップに入る。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めですか?」
「この子にブラを買おうと思って。初めてなんですけど」
「かしこまりました。それではサイズを測らせていただきますね」
「はい、お願いします」
「……お願いします……」
店員と月音がやり取りする間、俺はひたすら居心地の悪さを感じていた。
どんな顔をしてたらいいのかわかんねーよ……しかも俺の反応が「初めてのブラジャーに緊張している思春期の少女」っぽく見えるのか、店員や他の客からは微笑ましげな視線を送られている。これは何の拷問ですか?
店員とともに奥の試着室へと入る。
「それじゃあ上を脱いでください」
「は、はい」
「大丈夫ですよ。恥ずかしくなんてありませんからね!」
中身が男じゃなかったらな!!
若くて綺麗な初対面の女性の前で服を脱ぐ。しかも密室。何かの間違いで俺のTSが解除されたら、即座に通報されることだろう。
サイズ測定が終わり、店員が試着室を出て結果を月音に伝えに行く。
「雪姫ちゃん、選んできたから試着してくれる?」
「……わ、わかった」
「着け方わかる?」
「さっき教えてもらったから、多分……」
カーテン越しに月音から渡された商品を試着する。
慣れない作業だったが、何とか固定に成功する。
ちゃんとできた、と思うけど……さすがに鏡で見たほうがいいよな。
着けるのに失敗した状態で試着室のカーテンを開けるのは抵抗がある。
胸に手を当てて深呼吸してから、俺は試着室の中の姿見に視線を向けた。
「……、~~~~~~~~!」
鏡に映った今の自分の姿を見て、思わず赤面してしまう。
着てきたのがワンピースだったため、それは下着の試着の邪魔になるからと脱いでしまっている。身に着けているのは清楚な白と青のブラと、家から穿いてきたパンツのみ。
客観的に見ると似合っている。
“雪姫”の髪の色や雰囲気によくマッチしていると言えるだろう。
こ、これが今の俺の体なんだよな……
白い肌。わずかに膨らむ胸元。
ほっそりした腰は柔らかそうな尻、太ももへとつながっている。
身長は百三十センチほどしかないが、体の各所にはささやかな、かつ絶妙な起伏があった。まるで完璧なプロポーションを誇る美女をそのまま若返らせたかのようだ。
「~~~~っ、何で自分の体にこんなにドキドキしなきゃならないんだ……!」
外見が神秘的な少女のようなので、その裸を眺めている罪悪感が凄い。
自宅で風呂に入る時などに自分の裸は何度も見ているが、慣れる気がしなかった。
どうにか深呼吸して頭を落ち着かせる。
ブラの着け方に関しては、特に問題なさそうだった。
そして不意に脳内に響く悪魔の囁き。
『TSしたのに自分の胸を揉んでないとか?』
『何で!? お約束でしょ!?』
「……す、少しくらいならいいよな。自分の体なわけだし……」
ぶっちゃけ自分の胸に触れたことがないわけではない。
TSした日の朝には状況を確かめるために触れたし、さっきも自らの手でブラのカップに胸を収めたばかり。
しかしそこには大義名分があった。
人工呼吸とキスがまったくの別物であるかのごとく、やむを得ず触れる場合と、己の欲望のために揉むのでは天と地ほどの差がある。
……正直言って、興奮する……うう、俺はロリコンじゃないはずなのに……
「よ、よし……」
ゆっくりと手を持ち上げ、自分の胸に触れる。
ふにゅん。
や、柔らかっ! ちゃんと触ったことなかったけど、こんな感触なのか……!
張りはあるが、かといって明らかに男の体ではあり得ない柔らかさ。すべすべの感触に加えてわずかにマシュマロのような弾力が感じ取れる。
う、うおお……くすぐったいけど、癖になりそうだ。
その心地よさに衝撃を感じていると。
「……やっぱり触ってるんじゃーん」
「!?!?!?」
カーテンの隙間から月音がこっちを覗いていた。
「ち、違う! これはちょっと魔が差しただけで!」
「ごゆっくり、お兄――雪姫ちゃん♪ 他にも似合いそうなブラ持ってきたから試着しといてね」
「待ってくれ月音ええ!」
ニヤニヤ笑って試着室を離れていく月音に、俺の悲痛な声が響くのだった。
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