神保町ダンジョン攻略配信
インプコマンダー撃破から数日、探索者協会から連絡が入った。
未踏破エリアの
というわけで――
「ええと……みなさんこんにちは、雪姫です。今日もダンジョン配信をやっていこうと思います」
〔うおおおおおおお!〕
〔こんにちは雪姫ちゃん!〕
〔待ってました!〕
〔通知が来た瞬間飛んできました〕
〔ついに来たかこの日が〕
〔雪姫ちゃんの配信めちゃめちゃ楽しみにしてた〕
〔俺も〕
〔姫は今日も可愛いな〕
〔可愛すぎて目がつぶれる〕
前日に告知していたこともあり、同時接続者は開始時点で一万人を超えている。
キーボス攻略から数日空いたこともあり、焦れた視聴者はこの配信を待ち望んでくれていたようだ。
「楽しみにしていただいてるのは嬉しいんですが……“ヨコジマくん”さんと“ふぁみちきください”さんは私を可愛いって言ったことは見逃してませんからね? 名前覚えましたからね」
前回はまったく歯止めがかからなかったが、俺は可愛い扱いを受け入れるつもりはない。こうして名指しで批判してやれば、この聞き分けのない視聴者たちでも――
〔ジト目の雪姫ちゃんも可愛いわ〕
〔わかる〕
〔っていうか名前呼ばれた二人普通に羨ましいんだが〕
〔待て。これってつまり可愛いって言えば雪姫ちゃんから名前を呼んでもらえるってことか!?〕
〔天才〕
〔それだ!〕
「それだ、じゃありませんからね!? あっ、コメント欄が大変なことに!」
より盛大に〔可愛い〕という文字列が溢れかえるコメント欄。くそっ、これで駄目ならもうどうしろっていうんだ!
何を言っても無駄になりそうなので、俺は諦めて話を本題に戻すことにした。
「今日の配信ですが、基本的にはこの神保町ダンジョンを普通に攻略していこうと思います。私、まだ正規ルートは一層までしか踏破していませんから……」
〔あー〕
〔確かにww〕
〔壁壊してキー部屋直行してたもんなww〕
〔確かに一層―二層の階段見てなかった気がする〕
「なので、今日は普通に攻略しつつ、できそうならボス部屋まで行ってみようと思います。ボスと戦うかどうかは、その時の状況次第、ということにさせてください」
可能ならすぐにガーディアンボスに挑みたいところだが、俺が優先して挑めるのは一回きり。これ以上視聴者を焦らしたくもないが、疲弊した状態で突撃するくらいなら撤退も視野に入れている。
優先挑戦権がなくなるまでまだ日数もあるしな。
〔了解!〕
〔それがいいね〕
〔未知のボス戦も気になるけど、雪姫ちゃんに無理はしてほしくないしな〕
〔うむ〕
〔正直雪姫ちゃんが映ってればそれだけで楽しい〕
〔↑同志〕
〔自分のペースでいいよ~〕
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
〔ところで今日もソロでやるの?〕
〔Twisterではソロって言ってたけど〕
〔ガーディアンボスは一人だと勝てないことも多いけど大丈夫?〕
あ、ここにも触れておいたほうがいいか。
実はさっきから意図的に無視しているが、自分をガーディアンボス戦に同行させろという内容のコメントがけっこう流れている。TwisterのDМなどには一切個別での返信をしていなかったため、業を煮やした連中がコメントを打ち込みまくっているようだ。
一応Twisterでは全体向けにソロ討伐すると宣言していたんだが、それでもあきらめないのはとても粘り強いなあ(婉曲表現)。
純粋に配信を見に来てくれた視聴者は今のところその手のコメントを無視してくれているが、あまり雰囲気がいいとは言えない状況だ。
ここは早いうちに俺のスタンスを改めて伝えた方がいいだろう。
「Twisterでも呟きましたが、ガーディアンボスには私一人で挑もうと思います。初回攻略特典でレアなアイテムがもらえるなら欲しいですし、撮れ高、というんですか? 正直、そういうのに期待もしています」
〔潔いな〕
〔そこ認めていくのかww〕
「あはは、本当のことですから。――でも、私が単独での挑戦を決めたことには他の理由もあります」
一つは言うまでもなく俺がTSしている事実を隠すため。パーティなんて組んだらうっかりボロが出てしまう可能性もある。だが他の理由もある。
「前回の配信で、キーボスを倒した時にものすごい達成感がありました。ドキドキして、夜眠れないくらいに。……身の程知らずだとわかっています。ですが私はダンジョン探索を心から楽しむために、ガーディアンボスにソロで挑みます!」
ダンジョン配信の目的は、あくまで知名度稼ぎ。
TS解除の情報を集めるための手段に過ぎない。
しかしその一方で、俺はダンジョン探索にハマりつつあるのも事実。まして今回は誰も見たことがないガーディアンボスとの戦いだ。
できればソロで挑んでみたい、という気持ちは間違いなくある。
〔うおおおおおお!〕
〔なんという名演説〕
〔かっこ――可愛いな〕
〔かっこかわいい〕
〔雪姫ちゃんが望むようにやってくれたら一番嬉しい!〕
〔というか雪姫ちゃん顔赤くないか?〕
〔照れてない?〕
〔恥ずかしそうにしている雪姫ちゃん可愛いなw〕
「いえ、まあ、こんなに大勢の前で話すのには慣れていませんので……」
テンパって変にテンションが上がってしまった。配信前から疲れた……
ともあれ長々と話した甲斐あって、ある程度コメント欄は沈静化してくれたようだ。
もちろん視聴者全員が納得してくれたわけではないが、今はこのくらいが限界だろう。
配信用ドローンを操作すると、画面に『現在地:一層』という文字が表示される。
月音が選んだこのフォントは、ダンジョンの薄暗い映像でも見やすいものだ。
準備完了。
「それじゃあ進んでいきます!」
俺はダンジョンの奥に向かって足を進めた。
「……」
人、多っ!
神保町ダンジョンの中は、前回の配信の時とは比べ物にならないくらいの人であふれていた。
どうやら俺の配信告知を見て見物に来た人がいるようだ。
「雪姫ちゃん!」
「うお、本当にいた……! 可愛い……!」
「ボス戦頑張ってねー!」
利用者の邪魔にならないためだろう、壁際から数人の探索者が俺に向かって声をかけてくる。応援のためにわざわざ来てくれたようだ。
……せっかく見に来てくれたなら、手くらい振った方がいいか?
「あ、ありがとうございますー! わざわざ見に来てくれて嬉しいです!」
入口付近なので人が多い。他のダンジョン利用者に埋もれないよう、軽くジャンプしながら手を振る。
「「「……」」」
「……あ、あはは……」
途端に集まる注目。
え、何か急に恥ずかしくなってきた。
そ、そりゃそうだよな……いきなりその場で跳ねて大声出してるやつなんて変人すぎる。
俺だけならともかく、応援してくれた人たちにも恥をかかせてしまったかも――
「「「ぎゃああああああああああ可愛いいいいいいいいいいいいい――――!!」」」
手を振った先にいた見物人が衝撃波を受けたように吹き飛んだ。
あの人たちにとって俺は一体何なんだ。手を振っただけで十メートル以上先の人間を吹き飛ばすなんて、ハンドパワーの達人でも不可能のはずなのに。
「ぐふぅ……ッ」
「お、おい、しっかりしろ!」
「なんて可愛さだ……お腹いっぱい……ご飯を食べてほしい……」
「――ッ、馬鹿な! お前、この一瞬で父性に目覚めたのか!? しっかりしろ、お前は独身だぞ!」
なぜか視聴者でもなさそうな人たちまで妙な影響が出ている。
〔ぐあああああああああああああああああああ!〕
〔同士――――!〕
〔生雪姫ちゃんのファンサとかそら死にますわ〕
〔ぴょんぴょん雪姫ちゃん可愛すぎか?〕
〔萌死にました〕
〔天使〕
「いや、ええ……? 普通に挨拶しただけなんですが……」
コメント欄も謎の盛り上がりを見せている。
わからない。俺にはこれの何がいいのかまったくわからない。
……まあ視聴者が喜んでいるならいいか。
とりあえず視聴者への声かけはしばらく控えたほうがよさそうだ。
そんなことを考えつつゴブリンたちを無詠唱【アイスショット】で蹴散らしているうちに、あっさり二層へ到達した。
まあ、今更ゴブリンは相手にならないよな。
「確か二層からはインプが出てくるんですよね」
〔そうだね〕
〔神保町ダンジョンだと一層はゴブリン、二層はインプ、三層はコボルト、四層はオークがメインだったはず〕
「それじゃあ、インプコマンダーのドロップアイテムを使ってみようと思います」
俺はインプコマンダーのドロップアイテムである<拡張マジックポーチ>の中に手を突っ込み、その中から別のドロップアイテムを取り出した。
メガホンである。
〔ファッ!?〕
〔おや……なんか見覚えのあるメガホンだな……〕
〔なんかインプみたいなマークが横についてないか?〕
「実はこれ、マジックポーチの中に入ってたんですよね。せっかくインプが出る場所に来たので使ってみようかと!」
そう、実は配信に映したもの以外にもドロップアイテムがあったのだ。俺も開通工事の依頼のため、“指”を届けに協会に行くまで気付いていなかったが。
探索者協会の職員いわく、マジックポーチのような収納系アイテムと同時にドロップしたものは、収納系アイテムの中に入り込んでしまうことがあるらしい。討伐した時には見えなくなっていたのはそういう理由のようだ。
探索者協会の資料によれば、アイテム名は<邪精操りの拡声器>。
使い手の魔力を吹き込むと、周囲のインプに一つだけ言うことを聞かせることができる。この階層でなら大いに役立つことだろう。
「すうーっ……」
息を吸い込む。
命じる内容は“周囲のインプを集める”こと。
インプを集めれば当然戦いになるだろう。目的は配信映えもあるが、一つはインプコマンダーとの戦いでレベルアップした自分の強さを試すためだ。これからガーディアンボスに挑もうというのに、自分の力さえ把握できてないんじゃ話にならないからな。
ゴブリンたちは弱すぎて練習相手にならなかったが、インプなら丁度いいだろう。
というわけで……せえのっ。
「『インプ、集まれ』っ!」
バサバサバサバサァッッ!
「……あれぇ!? 多くないですか!?」
おかしい。インプが三十匹以上も飛んできた。何でだ!?
〔メガホンがでかいと思ったんだよなあ……〕
〔わかる。普通もっと小さいよな、<邪精操りの拡声器>って〕
〔キーボス補正でドロップアイテムの質まで上がってるのか〕
俺の<邪精操りの拡声器>、普通のじゃなかったのか!? 聞いてないぞそんなの!
「す、『ストップ』! 『その場から動くな』!」
『『『……』』』
インプは俺の命令を無視。当然だろう。インプに命令できるのは一つだけ。集まれ、と命じた以上それ以降の行動はインプたちの自由だ。インプコマンダーならいくらでも言うことを聞かせられたんだろうが、俺にそんな能力はない。
『『『キャキャキャキャキャアアアッ!』』』
迫りくるインプの群れ。
仕方ない、戦うか……
その後俺は【フロスト】と【アイスショット】を駆使し、十分かけてインプを全滅させる羽目になった。つ、疲れる……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます