初配信

「すーっ、はーっ……」


 とうとう初配信の時がやってきた。


 さすがに緊張する。深呼吸しても全然気がまぎれないぞ。


「配信用ドローンの調整は……よし、問題ないな」


 俺の周囲を配信用ドローンが飛んでいる。昨日俺がダンジョンに行っている間に月音がネットショップで購入したものだ。配信用の準備、というのはこれのことだったらしい。

 ドローンには簡易的ではあるがモニターやボタンがあり、配信に必要な操作ができるようになっている。現在そのモニターの端ではこんなコメントが流れている。


〔待機〕

〔楽しみ!〕

〔雪姫ちゃんまだかなー〕

〔ってか同接けっこう多くね? 初配信だよね?〕

〔雪姫ちゃん可愛いからね、仕方ないね〕

〔自己紹介動画で百回チャンネル登録ボタン押した〕

〔↑あと一回押そうな〕


 コメントの通り、同時接続者……つまりリアルタイムでこの配信を見ている視聴者がすでに五百人を超えている。登録者は配信の待機所を作った時点で千五百人以上。切り抜きでバズったのは知ってたが、まだ初配信すらしてないのに多すぎやしないか。


 ……いや、緊張している場合じゃない。

 TS解除の情報を集めるため、俺はダンジョン配信者として有名になる必要がある。

 今日はその第一歩。

 絶対に失敗できない。


 ――よし、行くぞ!


 覚悟を決め、配信開始ボタンを押す。

 そして事前に決めておいた通りに大声で挨拶をした。



「み、みなさん、こんにちは! 雪姫でひゅっ……」



 噛んだ。

 自己紹介動画に続き、初配信でも噛んだ。しかも冒頭の挨拶で。


「~~~~~~~っっ、ゆ、雪姫です……」


 ぐぉおおおおおおおお……誰か俺を殺してくれ!

 最悪だ! 緊張していたとはいえ、のっけからこれはあまりにも恥ずかしい。


〔噛んだww〕

〔自己紹介動画でも噛んでなかったかこの子?〕

〔噛みノルマ達成ですね〕

〔顔真っ赤なの可愛すぎる〕

〔天使か?〕

〔いきなり可愛いなw〕


 爆速で流れるコメント欄。「可愛い」という文字が乱舞するのが不本意すぎる。


「……すみません。緊張しているみたいで」


〔全然いいよー〕

〔むしろ癒されます〕

〔応援してるから頑張れ!〕


 深呼吸だ。落ち着け俺。この程度で動揺していたら配信なんてやっていられないぞ。

 落ち着きを取り戻し、俺は再度立て直しを図る。


「改めまして、雪姫です。今日は私の配信に来てくれてありがとうございます。初配信にもかかわらずたくさんの人に見ていただけて、とても嬉しいです」


〔いい子だ〕

〔丁寧で可愛い〕

〔もう何しても可愛いけどな〕

〔初配信楽しみにしてたよ!〕


「そう言っていただけると嬉しいですが……あまり可愛いとかは言わないでもらえると助かります」


 TSしているとはいえ俺は健全な男子高校生だ。

 ……TS前から同性の友人に「お前スカート似合いそうだな」「そのへんの女子より美人じゃね?」などと言われていた気もするが、そのことは今は忘れておこう。

 視聴者に悪気がないとわかってはいるが、可愛い呼ばわりには耐えがたいものがある。


〔無理だ〕

〔無理だなー〕

〔可愛いって言われたくないのがもう可愛いもんな〕

〔わかる〕

〔こんな娘がほしかった〕


「そんな!? まだ配信は始まったばかりですよ!?」


 配信開始五分でこの扱い。まったく理解できない。


「……仕方ありません。それなら、今日の配信で私の格好いいところを見せます。それで認識を改めてもらいます!」


〔できるか……?〕

〔この可愛さで、格好いいところを……?〕

〔もう取り返しがつかないと思う〕

〔コメ欄統率取れすぎだろww〕


 もう普通に喋ったろか。


 何て話の通じないコメント欄だ。男口調で話してこの連中の幻想を破壊してやりたい。

 けどなあ……俺がTSしてるとバレたら、研究者やら協会やらに拘束される可能性が以下略。やっぱり敬語のままでいこう。普通に配信を続ければ、隠しきれない俺の男らしさで「可愛い」などとは言われなくなるに決まっている。


「それでは、今日の企画の説明をします!」


 強引に話を本題に戻す。


「今日は神保町ダンジョンに来ているということで、“武装ゴブリン全討伐”をやっていきます。 “ソードゴブリン”、“シールドゴブリン”、“ゴブリンアーチャー”、“ゴブリンプリースト”の四体を倒せば目標達成です」


〔おおー〕

〔トレゴブ以外全部か。アーチャー見つかるかな?〕

〔ギルドの情報だと上から三番目の出現率だからいけるやろ〕

〔最初だし丁度よさそう〕


 ダンジョン配信好きな月音が考えた企画だけあって、悪くない感触だ。


「企画用の素材が……ああ、ありました」


 画面に『討伐完了/』という表示が出る。

 わかりやすく枠で囲まれたその素材は、月音が事前に用意してくれたものだ。


 それじゃあさっそく探索を――って、しまった。月音にこれだけは伝えろと言われていたことがあったんだった。


「すみません、一つだけ先にお伝えしたいことが。……私、実は探索者協会に登録して三日目の初心者なんです。なので色々と突っ込みどころはあると思いますが、温かく見守ってくださると嬉しいです」


 俺は配信どころかダンジョンそのものの知識が足りていない。視聴者を不快にしない配慮は必要だろう。この気遣い、さすがダンジョン配信好きの月音だ。


〔OK〕

〔夏休みに探索者デビューするのわかる〕

〔気にせず楽しんでね!〕


「ありがとうございます! それでは探索を始めていきます!」


 視聴者が優しい。


 必要事項を伝え終わったところで、俺は探索を開始した。





 探索を始めると、すぐにモンスターと遭遇した。


『ギャギャッ』


「普通のゴブリンですね……氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて、【アイスショット】!」


『ギャブ!?』


 当然一撃。


〔ナイスショット!〕

〔火力高いな!?〕

〔気持ちいいわー〕


「ありがとうございます。今日は武器があるので、魔術の調子がいいですね」


 俺は手に持っている杖を掲げた。


 トレジャーゴブリンからドロップした武器だ。

 装備品には能力値を上昇させる効果がある。杖だと魔力が増えるらしい。

 また、協会が公開しているデータによれば、この杖にはある特殊なマジック効果がついている。かなり便利な効果なので、どこかで試しておきたいところだ。


 そのまま移動を続けていると……目当てのモンスターが通路の陰から現れた。


『ギャキャキャッ!』


 ぼろぼろな剣を持ったゴブリン。

 ソードゴブリンだ。


「やっと見つけました。出会えないんじゃないかと不安でした」


 武装ゴブリンが見つからないと企画倒れになってしまうからな。早めに見つけられたのはいいことだ。


〔いやあかんあかんあかん〕

〔逃げて雪姫ちゃん!〕

〔魔術師がソードゴブリンと正面から戦ったらやばい! すぐ近づかれてやられるよ!〕

〔やるなら敵に見つかってない状態で不意打ちしないと!〕


「大丈夫です、何とかします!」


 杖を構えて臨戦態勢に入る。月音曰く、配信が長引くことを“グダる”と言って視聴者は忌避するらしい。初配信で来てくれた人たちは俺を品定めしている段階だろう。ここで視聴者を逃さないためにも、テンポよく配信する必要がある。

 そのためには、リスクを取ってでもあの標的を倒す!


〔駄目だやる気だぞ〕

〔意外と好戦的だなこの子〕

〔まあ一回やられるのも経験かな……死亡ペナルティデスペナもまだそこまで痛くないだろうし〕

〔初心者だししゃーない。慰めの準備に入るぞ〕

〔せやな〕

〔了解〕


 初心者だから無鉄砲な行動に出るのも仕方ないよね、温かく見守ろうね、そんな空気が流れるコメント欄。


『ギャキャァ――――ッ!』


 ソードゴブリンがダッシュで駆け寄ってくる。トレジャーゴブリンほどではないがかなり素早い。しかしトレジャーゴブリンと違って、逃げるのではなくこちらに向かってくるなら対処は簡単だ。


「【氷の視線】っ!」


『ッ!?』


 ガキン! とソードゴブリンの動きが止まった。


〔え?〕

〔いや……え?〕

〔なんでソードゴブリンの動き止まってんの?〕

〔なんかのスキルか……? 魔眼じゃないよな〕


 相手の動きも止まったことだし、せっかくだから杖の効果も試すか。

 俺は杖を掲げて一言だけ発する。


「【アイスショット】!」


『ギャウ!?』


 呪文を省略した【アイスショット】を受け、ソードゴブリンが真後ろに吹っ飛ぶ。

 どうやら素早い代わりに耐久はあまりないようで、ソードゴブリンは一撃で魔力ガスとなって霧散した。


〔!?〕

〔待って雪姫ちゃんちょっと待って〕

〔今呪文詠唱したか……?〕

〔この子【無詠唱】持ってるの? マジ?〕

〔あのスキルは熟練魔術師くらいしか使えないだろ!〕

〔省略ならまだしも詠唱丸ごと抜いたぞ〕

〔ツッコミどころが多すぎる〕


 昨日倒したトレジャーゴブリンからドロップしたアイテム、<初心の杖>。


 その効果は、“初期魔術に限り詠唱を省略できる”というものだ。

 詠唱をカットできるのは最初から持っていた魔術――俺の場合は【アイスショット】のみ。また、威力も半分になってしまう。しかしそれらのデメリットが気にならないくらいに、詠唱を省略して魔術を使えるメリットは大きい。


 威力が欲しい時は詠唱をすればいいだけだしな。


 俺は一仕事終えた気分でカメラに向き直った。


「勝てました!」


〔雪姫ちゃんTUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!?〕

〔リアクションが追いつかない件〕

〔ソードゴブリンをソロで正面突破する初心者魔術師とか初めて見ました〕

〔これは天才魔法少女ですわ〕

〔うおおおおおおおおおおお!!〕

〔勝てました! ←可愛い〕

〔わかる〕

〔ほんま可愛い〕

〔武装ゴブリン四天王の一角が崩れたか〕

〔クク……しかしやつは四天王の中で最弱……〕

〔お前らそれ攻撃手段なしのゴブリンプリーストさんの前でも言えんの?〕

〔ノルマ1/4達成おめでとう!〕


「ありがとうございます!」


 爆速で流れるコメントのうち、多くの視聴者は盛り上がってくれている。楽しんでくれているようで何よりだ。

 一方、こんな声もある。


〔今何が起こった?〕

〔剣ゴブ動き止まってたよな〕

〔俺もそう見えた〕

〔切り抜きで見たけど、マジで魔眼系のスキル持ってるのか?〕

〔魔眼持ちとか、大型新人とかいうレベルじゃねーぞ!?〕


 何やら困惑している様子のコメントだ。

 あー、そういえば【氷の視線】は未登録スキルなんだっけか。視聴者の知らないスキルを使うのはよくないかもしれん。一応解説しておいたほうがいいかな。


「今のはスキルを使ったんです。未登録スキルなんですけど、効果が――」


〔ストップ! ストップ雪姫ちゃん!〕

〔配信でスキル公開はあかん!〕


「え? 駄目なんですか?」


〔探索者にとってスキルは生命線みたいなもんだから〕

〔それ〕

〔手の内バラすと探索者同士の戦いで不利になるからやめたほうがいい〕

〔視聴者が勝手に考察とかはするかもしれんけど、それもスルー推奨〕


 ……あ、そういえば月音もそう言ってたな。アイテム目当てで他の探索者を闇討ちする連中がいるとか何とか。初心者の俺が狙われるとも思えないので特に気にしていなかったが、視聴者の反応を見るにスキルを隠すのは常識のようだ。


「そういえば妹――じゃなくて、家族にそう聞いていたのを忘れていました。ご忠告ありがとうございます」


 どうやら標的の一体を倒せたことで気が抜けてしまっていたようだ。


「ちなみに武器のことも言わない方がいいんでしょうか?」


〔俺らに聞くんかい!〕

〔無知シチュみたいになってきたな……〕

〔↑アウト〕

〔言ってもいいし、言わなくてもいい。スキルについても同じ。全部隠す必要はないけど、レアな装備やスキルについてはよく考えて公開したほうがいいと思う〕

〔情報の出し方難しいよな〕

〔教えてくれたら視聴者は嬉しいけど、雪姫ちゃんは自分の安全第一でOK〕


 あー、レアな装備やスキルの取得条件なんかを明かすスタンスにすることで、視聴者を集める方針もあるわけか。その場合は闇討ちされる可能性も上がるのでハイリスクハイリターンだけど、視聴者が増えるのは大きいよなあ……

 配信って色々考えることが多いんだな。奥が深いわ。


「わかりました。それじゃあ、一旦今日は秘密で。今日家に帰ったら、どこまで公開するか家族と相談してみます」


〔了解!〕

〔それがいいと思う!〕

〔それにしても、何かこの子危なっかしいな……〕

〔わかるww見ててハラハラするww〕

〔守らねば……〕

〔火力やべーし謎スキル持ってるし、かと思えばちゃんと初心者だし、もうどういう目で見たらいいかわからん!〕

〔天才魔法少女(無知)〕

〔天使であることは間違いないんだがな……〕

〔色んな意味が目が離せんww〕


「それでは、残り三体も探していこうと思います!」


 画面の素材を『討伐完了/ソードゴブリン』と書き換えてから、俺はさらに探索を続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る