トレジャーゴブリンは大変なものを盗んでいきました。それは……
「このへんは全然人がいないな」
ダンジョン二層の奥で他の探索者がまったくいない通路を見つけた。他の探索者がいるとモンスターの取り合いになってしまうし、山倉のようにまた声をかけられるのも面倒だ。
ここでモンスターを待つかな。
しばらく待っていると、通路の奥からゴブリンがやってくる。
『ギャウ、ギャウ!』
「来た来た……よし、【氷の視線】っ!」
『!?』
俺と目を合わせた途端、向かってきていたゴブリンの足が止まった。
金縛りに遭ったような感じだ。
これが“拘束”状態らしい。
スキルは魔術と違っていちいち呪文を唱えなくていいようだ。便利だな。
「外さないように距離を詰めて、っと……」
『……! ……!?』
ほぼゼロ距離で身動きの取れないゴブリンに手をかざす。
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて、【アイスショット】!」
『ギャア!?』
氷の弾丸を放つと、至近距離でそれを受けたゴブリンが爆発四散した。
腕や頭部が消し飛んでから、バラバラになったそれが魔力ガスに変換される。
【氷の視線】の二つ目の効果で氷魔術の耐性が下がってるせいだろうが……何かグロくないか?
まあ、深くは気にするまい。モンスターというのはダンジョンが生み出した迎撃装置のようなもので、別に生き物ではないのだ。昨日見たダンジョン配信でそんなことを言っていた。
お、もう一体来たな。
【氷の視線】と【アイスショット】の組み合わせで倒す。
一度のレベルアップを挟みつつそれを三回ほど繰り返し、以下の情報を得た。
・【氷の視線】はまばたきをしたり、相手から目を離すと効果が消える
・【氷の視線】の効果は数秒程度
・一度に動きを止められるのは一体のみ
意外と制限が多い。多数相手には使えなさそうだ。それでも十分に強力なスキルではあるように思うが。それにしても、何度も使っていると目が乾いて疲れる……
そろそろ帰ろうか、などと考えていると。
――トトトトトッ。
「……ん?」
足音が聞こえた。
それは徐々に近づいてくる。
そして、通路の陰からそれは現れた。
「ゴブリン……じゃ、ない?」
見た目はさっきまで見ていたゴブリンと変わらないが、何やら麻袋のようなものを担いでいる。サンタクロースの格好をしたゴブリン、という感じだ。
『ギキャキャキャキャキャ!』
その謎ゴブリンは一直線にこっちに向かってくる。
って足速いな! 慌てて【氷の視線】を使おうとするも間に合わない。
その謎ゴブリンはあっという間に俺の元まで迫ってきて――
『ギキャキャ!』
――通り過ぎて行った。
「へ?」
攻撃されないのかよ。驚いて損した気分だ。
謎ゴブリンは俺の後ろ五メートルほどで立ち止まると、ニタァ……と笑って袋を担いでいないほうの手を掲げた。
その謎ゴブリンの手に掲げられていたのは。
パンツだった。
白い、妙に見覚えのある感じの。
「ってそれ……!」
咄嗟に太ももの根元に触れて確認すると、そこにはショートパンツの感触はあるものの、そのさらに内側にあるべきものがなかった。月音から譲ってもらい、身に着けていた女性用下着(新品)。それがなくなっている。
馬鹿な! パンツが盗られた!? この一瞬で!?
意味がわからない。どうやったら人が履いているパンツを服の上から脱がせることができるんだ。熟練の痴漢でもそんな真似は不可能だろう。
『キャキャキャキャッ!』
謎の盗人ゴブリンはパンツを袋の中にしまうと、脱兎のごとく逃げ出した。
「ま……待て待て待て待て!」
慌てて追いかける。
このまま逃がせばノーパンでダンジョンの帰り道を過ごすことになる。さすがにそれは避けたい。
「というわけで、俺は今神保町ダンジョンにいます! これから“ゴブリン千体斬り”の企画を――うわっ!?」
『ギキャキャキャ!』
「すみません、通ります!」
途中で他の探索者とすれ違う。
すれ違った探索者は、何やら空中を浮いている機材(?)に語り掛けていた。俺にはそれが何かわからなかったが、それよりも今は奪われたパンツを取り戻すことが重要だ。
遠ざかっていく盗人ゴブリンを追いかける。
こっちを向いてくれたら【氷の視線】で止められるのに……!
【氷の視線】は対象と目を合わせないと発動できない。盗人ゴブリンは背中を向けて逃げているので、今は使えない。
『キャキャキャキャッ!』
盗人ゴブリンはすでにかなり離れている。
盗人ゴブリンは敏捷のステータスが相当高いようで、魔術師であり鈍足の俺では追いつけない。
走っている最中にフードが脱げたが、構っていられない。
俺は半ばヤケクソで手を前に突き出した。
「氷神ウルスよ我に力を貸し与えたまえ我が望むはひとかけらの氷のつぶて! 【アイスショット】!」
『ホギャ!?』
過去最高速度の呪文によって作り出した氷の弾丸は命中しなかったものの、盗人ゴブリンの真横をかすめた。
驚いた盗人ゴブリンが振り向いてくる。
今だ!
「【氷の視線】っ!」
『!?』
目が合った瞬間にスキルを発動させ、盗人ゴブリンの逃げを封じた。
『ウウッ、ギャウ!』
どうにかして逃げ出そうともがく盗人ゴブリン。
ここで逃がしたらもう追いつけないかもしれない。絶対に仕留める!
「【オーバーブースト】!」
俺の体から金色のオーラが立ち上る。
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて――【アイスショット】!」
出現した氷の弾丸は、直径一メートル近いサイズとなっている。それを全力で放つ。
「パンツ返せぇえええええええええ!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
大氷弾が盗人ゴブリンに命中し、その小柄な体を爆発四散させた。
<レベルが上昇しました>
何やら脳内に声が響くが今はそれどころではない。
盗人ゴブリンのいた場所には、ドロップアイテムの袋が落ちている。それを漁ると――さっき盗まれたパンツはしっかり入っていた。
「よかったぁあああ……!」
ほっと息を吐く。
どうやらノーパン帰宅は免れそうである。
「ん? まだ何か入ってる……?」
ドロップアイテムの袋の中に硬い棒のようなものがあった。
「何だこれ……?」
短い杖のようなアイテムだ。
マジックアイテムに見えるが……まあ、協会の人に見てもらえばわかるか。
俺は杖を持ってダンジョン出口へと向かうのだった。
▽
「おいおいおいおい何だよあの子……!?」
そんな一連の光景を見ていた探索者が一人。
さきほど雪人がすれ違った人物である。
彼は“社畜ソードマン”という名前で活動するダンジョン配信者だ。エンジョイ勢なのでレベルは低いものの、高い更新頻度やマゾ過ぎる耐久企画によってそれなりの人気を得ている。
今も生配信には千人ほどの視聴者がついていた。
宙に浮かぶ“配信用ドローン”の画面に向かって語りかける。
「みんな見たか、今の!? 魔術師が“トレジャーゴブリン”を一人で倒したぞ!?」
〔逃げに徹するトレゴブさんを仕留めるとかやばいっすわ〕
〔倒した→× 破裂させた→〇〕
〔しかも魔術師とか……〕
配信用ドローンの画面に映るコメントがそんな反応を返す。
トレジャーゴブリン。
神保町ダンジョンにごくまれに出現する、ゴブリンの変異種である。
【窃盗】スキルを持っているため、すれ違いざまに装備やアイテムを強奪してくる。倒せばアイテムは取り返せるが、トレジャーゴブリンは尋常じゃなく足が速いので捕まえるのは至難の業だ。
一番相性が悪いのが魔術師で、せいぜい逃げられる前に一発魔術を撃てるかどうか。それを外せば当然アイテムは戻ってこない。
倒せばレアアイテムをドロップしたり、経験値がそこそこ美味しかったりもするが、探索者からは嫌われているモンスターである。
「しかもあの子、トレジャーゴブリンの動きを止めてなかったか?」
〔それ思った〕
〔目が合っただけで動きを止めるとかどこの魔眼持ち?〕
〔【フロスト】とかで動きを鈍らせてたようには見えなかったし……マジで魔眼? え? ここFランクダンジョンだよね??〕
目を合わせたことで相手に作用するスキルは少ない。
有名なのは【石化の魔眼】だが、これはAランクモンスターである“バジリスク”など特定のモンスターを大量に狩らないと手に入らない。当然、最低ランクの神保町ダンジョンにいる人間が持っているような代物ではない。
〔しかも……可愛かったな〕
〔それ〕
〔美少女とか言うレベルじゃない〕
〔日本人じゃないよな絶対〕
〔フード脱げた瞬間二度見した〕
〔トレジャーゴブリンから取り返してたパンツは白でしたね……ふう〕
〔↑通報しました〕
〔白ニキ一息つかないで〕
最初こそフードを被っていた雪人だったが、トレジャーゴブリンを追いかけているうちにそれは脱げてしまい、思いっきり素顔が見えてしまっていた。
そのあまりの美少女ぶりにコメントの流れる速度がさらに上がっていく。
〔多分昨日チャンネル作ってた子だな。確か雪姫ちゃん〕
〔マジ?〕
〔見つけた。登録したわ→【チャンネルURL】〕
〔ぐう有能〕
〔俺も登録した〕
〔まだ自己紹介動画しかないじゃん〕
「雪姫、雪姫……お、このチャンネルか。俺も登録しよ。普通に配信見てみたい」
〔わかる〕
〔生配信してくんないかな〕
〔目の保養になりそう。変な意味じゃなく〕
〔せやな〕
〔可愛いは正義〕
〔ほのぼのできそう〕
様々なコメントが流れる中、映り込んだ雪人はまたちょっと波紋を残すのだった。
ちなみにこの配信は雪人が映っている部分が切り抜かれ、“トレジャーゴブリンからパンツを取り返す銀髪美少女ww”というタイトルのその動画はМチューブの急上昇欄に乗った。
大量のコメントもつき、再生数は一日で十万以上。
いわゆる“バズった”状況なわけだが――雪人はよりによって自分がパンツを掲げている動画が世界中に公開されたことに、後で悶絶する羽目になった。
――――――
―――
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