初配信2
『あ、見てください! シールドゴブリンがいました!』
画面の奥では銀髪幼女――白川雪人(今は雪姫)が嬉しそうに声を上げる。
〔次の獲物は盾ゴブか〕
〔がんばれ雪姫ちゃん!〕
〔盾ゴブなら……盾ゴブならきっと雪姫ちゃんの【アイスショット】も一撃は耐えてくれる……!〕
〔モンスターを応援してるやついて草〕
〔ソードゴブリンもゴブリンプリーストもワンパンだったからしゃーない〕
〔なんか盾ゴブも一撃で倒してたみたいな話題なかった……?〕
〔初心者とは思えん火力、だがそれがいい〕
〔超火力ロリ魔術師とかどこのアニメキャラですか??〕
〔俺たちの愛すべき大砲〕
〔俺たちの天使の間違いだろ〕
「――いや、お兄ちゃん配信の才能ありすぎじゃない!?」
配信を見ながら雪人の妹、白川月音は突っ込んだ。
月音は自宅のPCで雪人の配信をリアルタイム視聴している。
なにしろ雪人はダンジョン配信をほぼ見たことがないようなものなのだ。何かトラブルがあったら即座に月音がアドバイスできるよう準備している(そのためにわざわざ雪人のスマホもダンジョン内で使えるモデルに買い替えた)。
しかしそれは杞憂だった。
配信を始めて一時間、配信の同時接続者数はガンガン増え続けている。
最初の五百人でも大成功のレベルだったのに、SNS等で拡散されて同時接続者はすでに二千人越え。
登録者はもう少しで一万人に届きそうである。
上を見ればいくらでも有名なダンジョン配信者はいるが、雪人は企業のバックアップも何も受けていない正真正銘のただの素人。
それを思えばこの結果は出来すぎと言ってもいい。
いや、理由はわかる。
『【アイスショット】!』
『ホギャァッ!?』
『うーん……やっぱり硬いですね、このモンスター。前は一発で倒せたんですけど……今回はスキルを使っていないので、二発必要でした。テンポが悪くてすみません……』
〔いやいやいやいやいやいや〕
〔おいマジかよ盾ゴブさんが二発マジかよ〕
〔魔術の威力どうなっとる!?〕
〔普通だったらもっとグダってるから!〕
『みなさん、優しいですね。お気遣いくださり、ありがとうございます』
ほっとしたように小さく笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げる雪人。
〔はいいい子〕
〔こんな礼儀正しい配信者見たことないぞ〕
〔スパチャ解禁はまだかね? 今月の食費がまだ二万円あるぞ〕
〔食費は草〕
〔見ててほっこりする……〕
〔わかる。仕事のストレスが浄化されていく……〕
『あ、レベルが上がりました!』
〔またか!?〕
〔さっきも上がってただろ〕
〔レベルアップのペース速くない?〕
〔まさかまた妙なスキルを……?〕
『そういうわけではないんですが、単純にレベルが低いから上がりやすいんだと思います。レベルのわりに魔力が高いのはスキルのおかげで――って、こういうのは言わない方がいいんですよね!? あ、危なかった……』
〔ドジwwww〕
〔だがそれがいい〕
〔強い、いい子、そして可愛い〕
〔やはり天使か〕
〔ちゃんと初心者なのがいいよな。なんか見守りたくなる〕
〔You are very adorable girl! I'm cheering for them!〕
〔外国ニキもよう喜んどる〕
〔もう世界に知られたか。さすが俺たちの雪姫ちゃんだな〕
強力な魔術によって相手を一撃で倒す爽快感溢れる戦闘。
さらに初心者らしい挙動がほほえましく、見ていると癒される。
おまけに外見は銀髪碧眼の絶世の美少女だ。
盛り上がらないわけがない。
(多分一番大きい原因は、お兄ちゃんのリアクションが可愛すぎるからだろうけど……本人は気付いてないんだろうなあ)
敵を倒したら嬉しそうに笑顔になったり、物音に驚いてびくっとしたり。
視聴者に「可愛い」と言われて不満そうにしているのも、それはそれで可愛らしい。
ダンジョン探索の新鮮さにテンションが上がっていることもあるだろうが、今の雪人はそこらの愛玩動物を超越した可愛らしさがある。
ここまでできすぎだと、雪人が視聴者数稼ぎのために“初心者のふり”をしていると叩かれてもおかしくない。
しかし、スキルや装備品をうっかり明かそうとした雪人の言動が功を奏した。あの一連の振る舞いが雪人の初心者ムーブに説得力を持たせ、配信が荒れずに済んでいる。
そもそも雪人が今日初配信をしているのは、昨日雪人がトレジャーゴブリンの一件でバズったからだ。あの波を逃すまいと配信日を翌日にした弊害で、月音は素材やらサムネイル作りやらに追われ、雪人に配信についてしっかり教える時間がなかった。
とはいえ、それがうまい方向に転んでいるので今のところ問題はない。
しばらくそうしていると、無意識のうちに呟きが漏れる。
「……むー、なんか複雑だなあ」
雪人にはバレていないが、月音は隠れブラコンである。
母親は離婚してどこにいるかもわからない、父親はダンジョン探索のため家を空けがち。
そんな中、いつも雪人は月音に優しくしてくれた。
困ったことがあれば相談に乗ってくれたり、不安な時は一緒に寝てくれたり。
雪人は学校で目立つような人間ではないが、月音にとっては世界で一番格好いい兄である。そんな雪人の魅力が世界中に知られてしまうのは、少しモヤモヤしてしまう。
「……いやいや、こんなこと考えたら駄目だよね。TS解除の方法は最優先で探さないといけないんだし、配信はうまくいってもらわないと」
意識を切り替える月音。
……と。
To-ko channel〔ステータスバレすると闇討ちされた時に大変だから、手持ちのスキルを全部明かしちゃうのはマジでおすすめしないね……最低でも未登録スキルだけでも隠しとくと安全だよー〕
そんなコメントが流れてきた。
〔トーコってあのトーコ?〕
〔マジ?〕
〔本物じゃん!〕
〔トーコ姐さん!?〕
「んん? To-ko channelって……え? 本物!?」
コメント欄が加速する中、月音は目を見開いた。
アイコンをクリックしてみると、表示されたのは――登録者五百万人を超える超大人気ダンジョン配信者のチャンネルだった。
ダンジョン配信者トーコ。
日本でトップクラスに有名な配信者だ。強さはもとより、そのキャラクターで高い人気を博している。もちろん月音もファンの一人だ。
そんな超有名配信者の登場に沸き立つコメント欄だったが……
『やっぱりスキル関連は言わない方がいいんですね。教えてくださってありがとうございます』
〔平常運転ww〕
〔もしやトーコ姐さんをご存じない?〕
〔めちゃくちゃ有名な配信者だよ!〕
『そ、そうなんですか!? す、すみません! 私ダンジョン配信のこと、ほとんど知らなくて……』
To-ko channel〔気にしなくていいよん。むしろ初配信の途中でごめんね。そんじゃ視聴者に戻ろ~っと〕
To-ko channel〔最後に……雪姫ちゃんマジ天使〕
〔消えたww〕
〔晩酌の時間だからしゃーない〕
〔雪姫ちゃんいい子だし、トーコと清楚コラボしてくれないかな〕
〔清楚(飲酒解禁前)〕
〔トーコ姐さんも俺たちと同じ気持ちだったようだな……〕
〔雪姫ちゃんは天使、古事記にも書いてある〕
「んー……忠告したかっただけ? って感じかな……?」
月音は呟く。
トップ配信者ともなればトラブルは色々あっただろうから、危なっかしい雪人を放っておけなかったんだろう、と月音は結論した。
本来初配信に大物配信者が来るのはあまりよくない。
視聴者が配信者ではなく、コメント欄の大物配信者に注目してしまうからだ。
しかし最後に雪人のことを褒めて落ちたことで、すぐに配信はトーコ登場前の雰囲気に戻っている。
おそらく彼女はもう雪人の配信に、To-ko channelのアカウントでコメントすることはないだろう。
「このあたりの気遣いはさすがだなあ」
ふむふむとメモを取る月音。今後の雪人のダンジョン配信の参考になりそうだ。
『それでは、探索を再開します! みなさんもゴブリンアーチャーを見かけたら教えてください!』
〔OK!〕
〔任せて!〕
〔俺たちが言わなければ配信を長引かせることができるかも……!?〕
〔↑雪姫ちゃんに意地悪をする異教徒は始末するぞ〕
〔俺がやります〕
〔いいや俺が〕
〔お前ら落ち着けww〕
そんな感じで配信は続くのだった。
▽
『ギャアアアア……!』
ゴブリンアーチャーが【アイスショット】を受けて倒れる。
「やりました! これで目標達成です!」
思わずガッツポーズをする俺。
〔8888888888888〕
〔意外とすぐ見つかったな〕
〔ナイスキル!〕
〔やっぱり一撃ww〕
〔雪姫ちゃんおめでとう!〕
神保町ダンジョンを探索すること一時間半ほど、俺は無事四体目の武装ゴブリンを討伐することができていた。
画面の表示を『討伐完了/ソードゴブリン、ゴブリンプリースト、シールドゴブリン、ゴブリンアーチャー』に変更する。
いやー、なんとかなってよかった……!
初めての配信だが、この時点で同時接続者は二千人以上。
月音いわく「最初は十人いれば大成功」とのことだったので、これはもう望外の戦果と言っていいだろう。
「それじゃあ、今日はこのあたりで――あれ?」
配信を閉じようとしたところで、ふと気付く。
ダンジョンの壁にヒビが入っているのだ。どうやらゴブリンアーチャーを倒した時の衝撃で、壁の一部を壊してしまったらしい。
顔を近づけてみると、そこには何やら空洞があるようだった。
〔雪姫ちゃんどうした?〕
〔壁に何かあるの?〕
「あの、ここに穴が空いているみたいで……奥に道があるように見えます」
つま先立ちをしながら、ダンジョン用スマホのライトで中を照らしつつ報告する。残念ながら奥までは見ることができない。
〔それってあれか?〕
〔未踏破エリア!?〕
〔マジ?〕
〔え、そんなことある?〕
俺の言葉に猛烈に加速するコメント欄。
何がどうなってるんだ?
「すみません、未踏破エリアというのは……?」
〔簡単に言うと、協会が把握してないルートのこと!〕
〔宝箱のある小部屋とか、下層へのショートカットとか色々ある〕
協会が把握してないルート、か。
そんなものが都合よく見つかるなんてことがあるのか?
確かダンジョンの多くは探索者協会や国が派遣した人員によって、全容が解明されているって聞いたような……あ、攻略難易度が高すぎる場所、あるいは低すぎて解明のうまみが少ない場所は後回しにされがちなんだっけ。協会が人手不足すぎるとかで。
となると、初心者用ダンジョンであるこの神保町ダンジョンに未踏破エリアが見つかることもあり得る……のか?
〔未踏破エリア発見とか、たま~~~~に配信見てるとあるんだよな〕
〔持ってるなー雪姫ちゃん〕
〔ってかダンジョンの壁って壊れるもんなの? 探索者じゃないからよくわからん〕
〔↑攻略難易度に比例するって言われてる。基本適正レベルの探索者だと壊せないけど、雪姫ちゃんバカ火力だから……〕
〔ああ……〕
「ええと、色々教えてくれてありがとうございます」
で、どうしようかな。
俺がこれからの動きを決めかねていると、スマホが一回だけ振動する。
これは月音との間で決めていたサインで、「配信続行!」という意味だ。
視聴者たちも未踏破エリアの奥がどうなっているか気になっている様子だ。
何より、未知のエリアというところに俺自身がわくわくしている。
せっかくだし……行ってみるか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます