ここで装備していくかい?

「お兄ちゃんにこれをあげよう」


「ん?」


「スマホから口座の残高をご確認ください」


 翌朝、朝食の時に月音がそんなことを言ってきた。言われた通りにネットバンキングの残高を確認すると――そこには五十万ほどの金が追加されていた。送り主は月音だ。


「おい、何だよこの金」


「お父さんの部屋にあるマジックアイテムをネットで売ってお金にしたの。配信やるなら軍資金も必要かと思って」


 しれっとそんなことを言う月音。どうやら昨日のうちにそんなことをしていたらしい。

 確かにダンジョン産のマジックアイテムを売れば金になるだろうが……


「お前、危ないことするなよな。何かあったらどうすんだよ」


「あれ、心配してくれるの?」


「当たり前だろ」


 性別が変わるくらいならともかく、本当に危険なものもあるかもしれない。さすがに親父も家が吹き飛ぶような代物は送ってこないと思うが……多分そんなことはしないだろうが……しないよな? それでも危ないことには変わりない。


「一応、きちんと効果が発表されてるものしか触ってないんだけど」


「それでも相談ぐらいしろ。こんな姿だけど、親父がいない今は俺がお前の保護者みたいなものなんだからな」


「えーと、はい。わかりました」


 くるくると横の髪をいじりながら頷く月音。思ったより素直だ。朝食に作ったフレンチトーストが効いているのかもしれない。

 小言はこのくらいにして、話を戻そう。


「……で、軍資金っていっても何をしたらいいんだ?」


「今のお兄ちゃんって協会の初期装備のままでしょ? 装備くらい買っときなよ。靴とか鞄とか、あとは回復薬とか?」


「あー……そっか。そういうのも必要か」


 俺は頷いた。ダンジョンの中では何があるかわからないし、備えておくに越したことはないだろう。





 昨日と同じく神保町の探索者協会に行く。


 探索者用のショップは二階だ。

 探索者協会本部ビル二階には、三つの店舗が並んでいた。

 武器屋、防具屋、道具屋である。


「おお……日本じゃないみたいだ」


 ファンタジーゲーム好きの月音がいればはしゃいだかもしれないが、俺だとそんな感想しか出てこない。

 ちなみに月音は今日もやることがあるから、と家に残っている。

 防具屋に入ると、中にはシャツやズボンといった普通のものの他に、鎧や鎖かたびらといった商品がいくつも展示されていた。


 ……とりあえず、フード付きの上着を探そう。

 俺の銀髪、目立ちすぎるからな。今日もここに来るまでさんざん見られたし。


 で、店内を歩き回った結果。



・猫耳フード付きローブ(灰色)



 これしかなかった。

 品揃え悪くね? まあ、今の俺の背が低すぎるのが原因だろう。布地の色も地味だし、これで少しは注目されにくくなると信じたい。


 レジに持っていこうとすると――


「重っ!?」


 あまりのローブの重さに持ち上げられない。服の形をした鉄の塊のようだ。


「大丈夫かい、嬢ちゃん」


「あ、ありがとうございます」


 プロレスラーみたいな体格の店員が横からローブを支えてくれる。嬢ちゃん呼びに突っ込みを入れたくなったが我慢だ。


「嬢ちゃん、魔力体じゃなくて生身かい?」


「は、はい」


「魔力体用の装備は生身には重すぎるんだ。今度から服を選ぶ時は【コンバート】で魔力体になることをお勧めするぜ。協会の中はダンジョン同様、魔力体になれるからな」


「わかりました」


 【コンバート】の呪文を唱え、その場で魔力体に変身する。

 初期装備はコンバートリングの中に事前に入っていたから、魔力体用の装備が実際にはかなり重いことなど知らなかった。せっかくなので試着して、サイズが合うことも確認。


「よく似合ってるじゃねえか。猫耳フードなんて可愛らしいもんが似合う探索者なんてそうそういねえと思ってたが……嬢ちゃんにはぴったりだな!」


「………………ありがとうございます」


 複雑すぎる。可愛いとか言われると背筋がぞわぞわするな……こちとら男子高校生だぞ。銀髪幼女だけど。

 ともかく、ローブはそのまま購入することにする。

 会計の際に気になったことを聞いてみる。


「これ、腕輪を一分間かざすと服が分解されて腕輪の中に入るんですよね」


「そうだな」


「……簡単に万引きできちゃいません?」


「いや、タグと一緒に万引き防止のアイテムがくっついてるから大丈夫だ。これがあれば腕輪の効果を無効化できる。ついでに勝手に外すとアラームが鳴る仕組みもある」


 店員はそう言い、ローブの襟元から外したばかりの金属片を見せてくれた。

 どうやら万引き対策はきっちりされているようだ。


「あー、ゴホン。――それじゃあ、ここで装備していくかい?」


 支払いを終えると、なぜかいい声で言う店員。

 その目には若干期待が込められている。


「あ、はい。そうします」


「……毎度あり」


 ちょっとだけ悲しそうな店員。何かのネタだったんだろうか?





「買い物はこんなとこかな」


 防具屋の後には道具屋に行き、俺は以下のものを買った。



・<生命回復薬(弱)>:飲むと生命力(=魔力体の耐久力)を回復させる。

・<精神回復薬(弱)>:飲むと精神力(=魔術やスキルを使うためのリソース)を回復させる。

・肩掛け鞄



 ちなみに武器屋には行ったものの、何も買っていない。

 魔術の効力が上がる杖などもあったものの、昨日ダンジョンに潜った感触として攻撃力が不足しているとは感じなかった。しばらくなしでいいだろう。


「せっかくだし、このままダンジョンにも行こうかな」


 昨日の探索がなかなか楽しかったので、わくわくしながら地下一階のダンジョンゲートに向かう。しばらく並び、職員にステータスカードを提示してからゲートに触れる。


「ほっ、と」


 ダンジョン内にやってくる。

 すでに魔力体に変身していたので、特に変化はない。

 さてどうするか。……また一層をうろうろしてみるかな。ローブのフードを目深にかぶって移動を始める。目立つ銀髪に加え、やたらと整った顔も隠れたことで、昨日よりは注目されていない。


 ほっとしながら通路を移動していると――ゴブリンと遭遇した。


『ギギッ!』


「うおっ……氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて、【アイスショット】」


『ギャアッ!?』


 咄嗟に放った氷の弾丸がゴブリンに命中。

 月音の言う通り、自己紹介動画を撮った後ひたすら詠唱の練習をしておいてよかった。条件反射でこれができるのとできないのでは大きく違う気がする。


『ギャウウ……』


 微妙に倒しきれなかったのか、まだ実体を保っているゴブリンが呻く。

 仕方ない、もう一発だ。呪文を唱えて氷の弾丸を撃ちこむ。


『ギャアア!』


 ゴブリンが魔力ガスとなって霧散していった。



<レベルが上がりました>

<新しいスキルを獲得しました>



「ん? レベルアップだけじゃなくて……スキルも?」


 ステータスを確認する。

 レベルは一つ上昇。

 さらにスキルが二つも増えていた。



【氷結好き】:氷属性の魔術を少し強める。氷属性以外の魔術を使うとスキル消失。

【魔術好き】:魔力を少し強める。魔術以外で敵にダメージを与えるとスキル消失。



「おお、使い勝手よさそう!」


 【一撃必殺】やら【オーバーブースト】やらと違って、相手や使用時間に制限がない。

 使いやすそうなスキルが手に入ってよかった。

 とはいえスキル消失については気をつけなきゃいけなさそうだが。


『ギャギャッ』


 おっ、ゴブリン発見!


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて、【アイスショット】!」


 バガン!


『ギャフン!』


 ゴブリンは一撃で魔力ガスと化した。


「おーっ、一撃! 気持ちいい!」


 新たなスキルを得たことで、ゴブリンを一発で倒せるようになったらしい。これは爽快。


 まだ【オーバーブースト】も使ってないし、もう少しうろうろしようかね。

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