自己紹介動画を撮ろう!

「何じゃこりゃあああああああああああ!?」


 自宅に戻った後月音にステータスの写しを見せると、絶叫が響き渡った。


「何だよ月音。急に叫んだりして……」


「こっちの台詞だよお兄ちゃん! 可愛い顔して何このステータス!?」


「可愛い言うな。何か変か?」


「変っていうか、あり得ない……デビュー初日でスキル三つも取ってるうえに、全部“未登録スキル”なんて……」


 わなわなとステータスの内容が書かれた紙を握りしめながら呟く月音。


「未登録スキル? 何だそれ?」


「簡単に言うと、探索者協会が取得条件を把握してないスキルのこと。効果はわかってるけどね。協会に報告した時に驚かれなかった?」


「あー……めちゃくちゃ驚かれた」


 探索者はステータス変化のたびに協会にそれを開示しなくてはならない。


 強力なスキルの取得条件がわかれば、探索者全体の底上げにつながり、それによってダンジョン資源の獲得がより効率的に進むからだそうだ。


 ステータスボードは本人にしか見えないので、隠そうと思えば隠せるんだろうが……俺は普通に全部話した。

 スキル獲得前後の行動も普通に。

 その時は職員の驚きように「大げさだなー」などと思っていたが、月音の反応を見るにそうでもなかったらしい。


「しかも全部超強いスキルだし」


「そうなのか?」


「リアクション薄っす! いい、まずこの【オーバーブースト】はね――」


 月音はいかに雪人の持つスキルが強力か教えてくれた。


 【オーバーブースト】は倍率が高いうえに発動条件が緩いだの、【クラス補正倍化】なんて似たスキルすら知らないだの、【一撃必殺】は超強い魔術師しか持ってないだの。


「全部とんでもないスキルだけど、一番壊れてるのは【クラス補正倍化】かな……単純に考えて、同じレベルの魔術師の倍くらい魔力が高くなるってことだし。初心者のうちはともかく、レベルが上がったらとんでもないことに……」


 ぶつぶつと呟く月音。

 俺は思わず尋ねた。


「月音、何でそんなに詳しいんだ? 探索者でもないのに。ダンジョン配信を見るのが好きってのは知ってるけど……」


 すると月音がどんよりと表情を暗くした。


「……私、実は探索者になろうとしたことがあって」


「え? そうなのか?」


「でも適性検査で引っかかってなれなかった……」


「……ああ……」


 適性検査というのは、魔力体が作れるかを確認するものだ。それを突破できないとそもそもダンジョンに入ることができない。


 ダンジョン配信オタクの月音がどうして探索者にならないのかずっと気になっていたが、思った以上に悲しい理由だった。


「いいよねお兄ちゃんは探索者になれて、しかも未登録スキルを三つも持っててさ。私も探索者になりたかったなー……それでSランクダンジョン踏破目指して打ち込んだりしてさ……」


 ……だんだん胸が痛くなってきたので話題を変えよう。


「で、でもあれだな。何でスキルが最初から二つもあったんだろうな」


「初期スキルには、本人の経験が反映されるって話があるよ……」


「経験ねえ。あんまりピンとこないな」


「……仮説だけどいい?」


「聞こうじゃないか」


「お兄ちゃんが最初から持ってたスキルって、どっちも“倍”って単語が入ってるでしょ?」


「そうだな」


 【オーバーブースト】は探索中の能力値を、【クラス補正倍化】はレベルアップ時のクラス補正をそれぞれ倍にする効果だ。


「これ、お兄ちゃんがTSしてるからかなって」


「……はあ?」


「今のお兄ちゃんは女の子だけど、それなら元の男の体はどこにいったのかって話」


 月音は続けた。


「もしかしたら、魔力体みたいに“消えてるけどなくなってはない”状態なんじゃないかな。もしそうなら、お兄ちゃんは生身の体を二つ持っていることになる。二人分の魔力体を一つに無理に納める、っていうのをダンジョンが処理した結果、ああいうスキルになったんじゃないかなって」


「何だよ二人分の魔力体って……っていうかそんなことあるのか?」


「だから仮説だってば」


 月音はそう言って肩をすくめた。

 思い付きで言ってみただけのようだ。


「まあ、お兄ちゃんが天才魔法少女だったのは一旦置いといて」


「天才魔法少女言うな」


「ダンジョン配信者としての活動もしないと」


「え、まさか今からもう一度ダンジョンに行くのか?」


 思わず顔を引きつらせると、月音は首を横に振った。


「違う違う。“自己紹介動画”を撮るんだよ!」





「……これ、本当に必要なことなんだよな?」


 ワンピース姿で壁際に立つ俺に、スマホのカメラを向けながら月音は頷く。


「もちろん! さっき言ったでしょ? 配信者になるのは、まずはお兄ちゃんのキャラクターを知ってもらわないと駄目。それには自己紹介動画を撮るのが一番だよ!」


「……って言われても、俺には人にアピールするような特徴はないだろ」


「何言ってるのかなこの美少女は!」


「だから美少女とか言うなっての」


「今のお兄ちゃんは街を歩けば十人中十人が振り返る、絶世の美貌の持ち主なんだよ! むしろ余計な個性はいらないくらいだよ!」


 月音は当然とばかりにそう言い切った。


「……まあ、月音が必要って言うなら従うけどさあ」


 ダンジョン配信に詳しい月音が言うからには、本当にやったほうがいいんだろう。


「それじゃあお兄ちゃん、私がサインを出したらカンペの通りに喋ってね」


「わ、わかった」


 スマホを持っていない方の月音の手には、スケッチブックに書かれたカンペがある。それを見ながら話せば、俺がカメラに向かってしゃべっているように映るはずだ。


「3、2、1、キュー!」


 どうしてお前はそんなにノリノリなんだ。


 って、カンペを読まないと。


「あ、えと、みなさん初めまして。新人ダンジョン配信者の“雪姫”です。ええと、私はずっとダンジョン探索者に憧れていて……」


 喋りながら俺の頭の中には色々なことが駆け巡る。

 俺は一体なぜこんなことをしているのか。

 なぜカンペには「あざとい上目遣いで」などと書かれているのか。

 何かの間違いで自分が男だとバレたらどうなるだろうか――


「あの、その……うう」


 頭の中で不安が渦巻いたせいで、カンペを読む口が止まってしまう。

 やばい、完全にテンパッてるぞ俺。

 助けを求めて月音を見ると、なぜか満面の笑みで親指を立てられた。気は確かか。


「と、とにかくっ……応援よろしゅきゅお願いします! 以上、雪姫でしたっ!」


 噛み噛みな挨拶とともに勢いよく頭を下げたところで、月音のスマホが下ろされる。


「お兄ちゃん、グッドだよ!」


「あれで!? 最後台詞噛んだぞ!?」


「まあ確かにグダグダではあったけど……自己紹介動画の目的は『キャラクターを伝えること』って言ったでしょ? 中途半端にうまくやるより、あれくらいのほうがいいって」


「本当かよ……」


「大丈夫。初々しくて超可愛かったよ」


「可愛いとか言うな、殴るぞ」


 拳を掲げてみせる雪人だったが、月音はほんわかした表情を浮かべるだけだ。くそ、完全に顔が小動物を見る者のそれだ……!


「ふふ、そうだねー殴られちゃうのやだからもう言わないねー」


「お前絶対に思ってないだろ……!」


 残念ながら身長百三十センチの身では迫力も何もないようだ。


「まあ、配信のやり方についてはお前に任せるけどさ……俺の目的について言わなくてよかったのか? 親父の居場所を探してるって」


 ちなみに体の戻し方の情報を直接求める、というのは月音との相談のもと見送りとなっている。俺の状況がバレるリスクが大きいからだ。


「ちゃんと言ってたじゃん。『ある探索者に会いたくて自分も配信者になった』って」


「それだと親父のことだってわからないだろ。何か切実さも足りないし……」


「いいのいいの。今言ったって、どうせ視聴者なんてまだほとんどいないんだから。むしろ謎を匂わせて、視聴者の離脱を防ぐほうが効果的だよ」


 どうやらそこについても理由があるらしい。


「さて、自己紹介動画も取れたことだし……編集してこれを今日中にアップしようかな。あ、そもそも“Мチューブ”でお兄ちゃんのチャンネルも開設しないと」


 スマホを操作しながら月音がそんなことを言う。


「そのへんは任せる。俺は……どうしようかな」


「お兄ちゃんはひとまず人のダンジョン配信でも見て勉強したら? そもそもダンジョンのこともよくわかってないでしょ」


「あー、そうだな。そうするか」


 そんなわけで、今日の活動は終了となった。





 その日の夜、Мチューブ――多くのダンジョン配信者が活動する動画サイトに、一つの動画がアップされた。


 タイトルは、“【ダンジョン探索】こんにちは、雪姫です【始めます】”。


 動画を再生すると、小柄な銀髪の少女が映し出される。

 まるで絵本の中に出てきそうな、幻想的な雰囲気の美少女だ。大きな青色の瞳や白い肌が特徴的で、華奢な体を清楚なワンピースに包んでいる。


 銀髪の少女は、たどたどしく自己紹介を始める。



『あ、えと、みなさん初めまして。新人ダンジョン配信者の“雪姫”です。ええと、私はずっとダンジョン探索者に憧れていて……』



『あの、その……うう、あ、ある人を探しています。その人はダンジョン探索者をしていて、その人に会うために配信を始めました』



『まだ登録したばかりで、Gランクですけど……立派なダンジョン配信者になれるよう、頑張ります』



『と、とにかく……応援よろしゅきゅお願いします! 以上、雪姫でしたっ!』



 投稿されてから日付が変わるまでのおよそ三時間で、再生回数は百回ほど。

 ダンジョン配信業界からすれば、決して多くはない数字。

 けれどダンジョン配信者が増えている現在では、これでも上出来の部類だった。


 また、いくつかコメントもついている。



〔可愛いですね! チャンネル登録しました!〕


〔なんやこのウルトラ美少女!? CGかと思った〕


〔銀髪ロリhshshshshshs〕

 → 〔通報しました〕

 → 〔やめろ、この美少女が配信やめたらどうする〕


〔待て俺この子知ってる〕

 → 〔マジ?〕

 → 〔詳しく〕

 → 〔東京の神保町ダンジョンに来てた。多分ガチの初心者だと思う。【アイスショット】使ってたから氷属性の魔術師っぽい〕

 → 〔ほう。雪姫ちゃんは魔法少女と〕

 → 〔魔法少女コスを想像したら可愛すぎてやばい。俺も神保町に行かないと〕

 → 〔ただ、シールドゴブリンをワンパンしてたんだよな……〕

 → 〔は?〕

 → 〔あの初心者相手なら無限サンドバッグと名高い盾ゴブさんをワンパンだと……?〕

 → 〔攻撃力ゼロの代わりに意味わからんくらい防御力高いからな。しかも倒しても特にレアアイテムを落とすこともないという〕

 → 〔なんかのスキル?〕

 → 〔スキルも多分何か使ってたけどよくわからん。金色のオーラが出てたけど、あんなん見たことない。それ使った瞬間に魔術の威力がやたら上がってた〕

 → 〔ええ……?〕

 → 〔それ未登録スキルじゃね?〕

 → 〔かもしれん。ギルドのスキル名鑑見たけど乗ってなかったし〕

 → 〔そもそも本当に初心者?〕

 → 〔ゴブリン倒して大喜びしてたから間違いない。その場でぴょんぴょん跳ねてた〕

 → 〔可愛すぎだろwwww〕

 → 〔これは久々に大型新人来たな〕

 → 〔生配信見たい〕

 → 〔通知オン決定〕


 現在の登録者は五十人足らず。


 ベッドですやすや眠っている間に、コアなダンジョン配信ファンたちの間で少しだけ話題になっている雪人だった。



【雪姫】チャンネル

登録者数:43人

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