【KAC20248】結局、誰のものかは知らないままで

草乃

✱ 結局、誰のものかは知らないままで

 それとの出会いは、ぽかぽかとした陽気でついつい眠気に誘われた私は休憩スペースの隅の方でテーブルに突っ伏していた日のことだった。


 かけていたアラームのバイブレーションにテーブルが震え、ビクリと顔を上げた私は一瞬理由がわからず周囲を見回してからテーブルでブルブルと震えてる端末を手に取る。

 休憩スペースの使い方は人それぞれで、食事もゲームも勉強もなんでもありだ。適度なざわめきが大丈夫な人が利用するそんなスペースで、食堂とは別に設けられているから用途によって使い分けられている。


 全部、陽気のせいだ。

 予習にあてるつもりだった時間が影も形もない。どういうことか、説明がほしい。

 休講になっててよかったなぁといいながら惜しい気持ちでカバンからペットボトルを取り出して水分補給をする。

 今日はもう終わりで、帰っても良かったのだけれどなんとなく夕方までいるつもりでここに来たわけだけれど予定とはその通りに進まないものなのだ。


 ふと、視界の端に学内でよく知られているちょっとでっぷりとした猫が映った。

 その猫、模様が眼鏡みたいになっていて、角度に因ってはそうは見えないからとみんな端末のカメラを向けては素っ気なく通りすがられているという、ただそこに存在しているだけの不法侵入常習犯なのだ。

 まだちょっとぽやーっとしている頭で「あの猫だなぁ」と考える。

 模様の真偽もこの目で確かめたいという意欲もない。ちょっと、動物が怖いというのもある。ふれあいコーナーなんて恐れ多い。

 まあ、直接の関わりはなくても、ほどほどに元気で生きてくれていたら、いい。そんな気持ちで、ふとテーブルに目を落とした。


「……眼鏡だ」


 人の気配には敏感な方だと思っていたけれど、本当のところはそうでもないのかもしれない。

 けれどもこの眼鏡には見覚えがない。講義のときだけ眼鏡かもしれないけれど、記憶もない。

 べっ甲のような、黄色味のあるまだら模様のフレームの眼鏡が向かいの席側にある。

 もしかして眼鏡が本体なのでは? と思わなくもないくらい自然にそこにある。


 座って、眼鏡を置いて忘れていくなんてことが起こり得るだろうか。いや、彼これ四十分ほどここで眠りこけた私がいうのもなんだけれど、取りに来ててもいいよね。


「捨てられた?」


 そんなことをする人います? 物は大事に。というか、視界が心配だ。でも、外してテーブルに置けるということは裸眼での生活もほどほどにしているのではないだろうか。

 拾得物として届け出てもいいけれど、ここに置いたままの方が発見が早いだろうか。棟が離れているから少し面倒な気がする。

 ゆっくりと覚めていく頭で考えながら、拾得物として届け出ることにした。ここにあるよりは危機を避けられるだろう。

 あまり触れたくはないからティッシュで包もう。指紋は残しません。何につながるかわからないし。


 離れたところから、猫の鳴き声が聞こえる。

 またカメラに追われてるんだろうかなぁと憐れみながら、持った眼鏡を届けてそれから、最寄り駅まで歩く。

 春みたいに心地の良い風にふかれながら、帰ってご飯を作ってから勉強することにした。

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