不機嫌

 自販機でスポーツドリンクを購入し、ベンチで呷る。

 ビビりすぎると声は出ないもんだなと息を吐いた。

「ごめんね」

 手を合わせて謝ってくるネオンだが、別にネオンが悪いわけじゃないし。

「ちょっと待っててね」

 ?

 よくわからず、ネオンを見上げれば、「タイ君がかわいい」とか呟かれてムッとする。

「ちょっとお手洗い行ってくるね。そこだから」

 すっとマークを示されて納得する。

「タイ君も行くなら待ち合わせはこのベンチか、自販機そばね」

 了解と片手をあげて返せばネオンはぱたぱたとトイレへ向かう。もう少しこっちから気遣う方がよかったかなと少し反省しておく。

 屋内アトラクションを楽しむ分には天候はあまり気にせずにいられるが移動時の雨は困るだろうし、冷える要因になる。

 晴れているとぽかぽかしてちょっと眠くなりそうだ。

 ……おれも行っとこ。

 戻ったベンチにはネオンが座ってペットボトルに口をつけているところだった。

 クセのある黒髪でダボっとしたジャケットはぴったりフィットなインナーを隠蔽している。そしてダボジャケットからチラ見えするのはふわっとしたミントグリーンのキュロットでストッキングを留めるガーターがチラチラ見える。

「かわいいでしょ。おばーちゃんのおすすめなんだ。ちょっと見る?」

 なんて言うから朝からダメ出しするはめになったんだよな。

 ん?

 あ!

「ネオン、お任せ」

「あー。タイ君。次の時間まであるならどこまわるー?」

 組みかけていた足をおろしながらネオンが笑う。

「んー、なにか気になるものある?」

「ネオンはタイ君と二人なら楽しいよー。それともタイ君が疲れちゃった?」

 ふざけためがねごしの上目遣いが可愛いし、その体のそらし具合は胸元がヤバい。猫の顔したシルバーがきらりと光っている。

「いーや、平気。『ワタリ回廊』のバイトは力仕事だから体力維持には気をつけてるんだよ」

 本は重いからな。

 ネオンが伸ばしてきた腕を掴んで立ち上がらせる。

「そっかー。じゃあどこ見に行こうかな」

 園内は広くアトラクションはなくとも見て楽しく設られている。

 突発ショーを探すのも悪くない。

「そういえば、預かった箱はなんだ?」

 歩きながら聞いてみる。ぎゅっと腕に掴まって歩かれるとちょっと速度は落ちる。急いでないけど。

「んふふ。可愛かったから買っちゃった。あのね。ネオンの進学うまくいったら一緒にピアスしよ! で、一緒にどーせーする部屋さがそー」

 ええい。シツコイぞ。

「だーめーです。パパとママが泣くぞ」

 泣くぞ?

 得意気な笑みにいやな予感がする。

「パパは泣くかもー。ママはネオンがいいなら節度を持って頑張んなさい。って。で、パパが泣いてた」

 だろうな。

 おばさん強いな。

「ウチの女系は決めるとしつこいし、曲げないんだよね。ママもおばーちゃんもそうだからパパもおじーちゃんも基本的なとこでは諦めてるっぽい。ネオンにタイ君振り回しすぎるなよって言ってくるもん。そんなに振り回してないのにひどいよね」

 妹ちゃんにも意中の男の子いたよな。

「で、ピアスおそろいダメ?」

 え。

 ああ。

「ピアスは別にいいよ。金属アレルギーないし。ネオンは?」

「ないよー。やったー。おそろいピアス」

 嬉しそうにおれの腕に掴まりながら足をぶんと蹴り上げる。重いし、今日はいつもより気をつけて然るべき格好だろうと言いたくなる。

「へへ。タイ君、ネオンが短いの履くのイヤ?」

 にまにま見上げられて少し面白くない。

「似合ってると思う」

「声が不機嫌ー」

 だってさ。

「足振りあげたら、前からチラ見えするとかあるかもだろ?」

「……なにが?」

 きょとんと真顔を向けられた。

 ……どう言えばいいんだろうか。

「だから」

「だから?」

「あんまり、いつもよりかわいいネオンを他に見せたくないという独占欲だよ」

 もういい。そういうことにしておく。あながち間違いでもないし。

「へへ。かわいい?」

 腕から完全には手を離さないままちょっとだけ距離をとって片手を頬にわざとらしくあてて見せつけてくる。

 ああ、もう。

「わかってるだろ。ネオンはかわいいよ」

 いつだって言ってるだろうに。

「だって、何度でも言われたい。ネオンはタイ君が見た目でネオンを好きなわけじゃないって思ってるけど、いつだって言葉は欲しいんだよ」

 これでも言ってはいるつもりなんだけどな。

「おれはネオンがどんな変な場所で迷子になろうとも、変な思考回路が暴走して自認がたぬきになろうともしょーがねぇなぁ、ネオンはめんどかわいいからヨシとしか思えないから安心しろ」

 大概、おれがダメ人間では?

 うへらっとネオンがだらしなく笑み崩れる。近距離だというのに謎の勢いをつけてタックルされた。踏みとどまったおれえらい!

「タイ君、大好き」

「あー、おう。とりあえずなんか食おうぜ。クレープとかサンドイッチか肉にいくかどうする?」

 今はちょっとここから移動したいなー。

「うーん。コラボメニューだよねぇ。ここは限定メニューに惹かれておこう」

 ん。

「クレープは二種あるぞ。あとサンドイッチはボックスだってさ」

 携帯にメニューを呼び出してネオンに見せれば奪い取られた。

 じっくり選び出したネオンを腕に絡ませて誘導する。

 なんかこーゆーのに慣れてんのもどうかだよなぁ。かわいいけどさ。

「タイ君、ベリーのクレープとサンドボックスでどうだろう!」

「おっけ」

 わーいと携帯をおれのポケットにつっこむ動作は実に慣れている。

 まぁ、ネオンだからな。


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