レンズ王国興亡記

金澤流都

めがねによる興国と没落

 その王国の始まりは一人の賢者であったとされる。

 その賢者は、ガラスを丸く、レンズ豆の形にすることで、光の屈折を調節できることに気付いたのである。

 その国は昼間でも薄暗い雨雲に包まれた国で、みな目が悪かった。賢者の発明した「めがね」という器具により、だれもが万全な視力を手に入れることができるようになったのである。

 そして、賢者は民を導き、始まりの王を選定した。始まりの王であるメガニュソス一世は、国じゅうにめがねを行き渡らせ、だれもがめがねをかけて、読みたいときに書物を読み、手紙を書きたいときに手紙を書けるようにした。この王国は、賢者の発見をもとに「レンズ王国」と呼ばれることとなった。


 レンズ王国はだれもがよく見えるので、識字率が高かった。メガニュソス三世の御代には奴隷すらめがねをかけており読み書きができる……という世の中であった。

 レンズ王国では優れた文学が紡がれ、それは演劇や歌となり、ときにはそれは外交手段や輸出物となり、この国を支えた。

 文学だけでなく、レンズの発明により細かな細工物も発展した。よその国では投げ打たれるような小さな宝石や薄い金属を加工してアクセサリーを作ったり、複雑な刺繍による芸術作品が生み出されたり、また繊細な技術を必要とする時計が生み出されたり、輸出するものには事欠かなくなった。

 こうしてレンズ王国は世界じゅうに、めがねと文化の王国として世界中に認知された。


 しかしメガニュソス八世の御代、辺境の蛮族であるラガン族が、レンズ王国に攻め込んできた。レンズ王国はラガン族の土地を属州として征服していたが、ラガン族はレンズ王国の統治に反旗を翻したのである。

 しかもメガニュソス八世はたいへん怠惰で柔弱な王であった。彼は街角で上演される旅芸人の演劇でさんざんバカにされていたと「めがね古記録」にある。

 このままでは王都アンダリムにラガン族が攻めいるのも時間の問題だと民は思っていた。メガニュソス八世は戦争を恐れていた。彼は毎日のんびり、書物を読めればそれでよかったのだ。


 王都アンダリムにラガン族が近寄っていると聞きつけた、王都のはずれにある農村の娘・プラフレムは、王に代わってラガン族を成敗すると決めた。

 というのも、ある日彼女の夢に、このレンズ王国の始祖である賢者があらわれ、このままでは国がなくなる、と告げたのである。彼女は王より勇敢であった。村人たちを率い、弓と槍でラガン族を迎え撃ったのである。

 このときのラガン族の長が、彼女を見たときの印象を語った言葉が伝えられている。


「戦うめがねっ娘、かわいいね……」


 煩悩丸出しのラガン族は、当然あっという間に打ち破られた。しかし王は、プラフレムの勇敢な行動を讃えるどころか、彼女を「王位を簒奪しようとする国家の敵」と認識し、部下たちに彼女を磔にせよと命じた。そしてプラフレムは哀れなことに磔刑に処され絶命した。そのときプラフレムはわずか17歳であった。


 そこからレンズ王家の没落が始まる。プラフレムは国民に非常に愛されていたので、王家に敵対感情を持つものが増え、結局王は自害に追いやられた。

 そしてラガン族の領地よりはるか彼方、西方のカラコン帝国が勃興して侵略を開始し、王家、ひいては国家への求心力を失ったレンズ王国はみるみる衰退していったのである。


 最後の王であるメガニュソス九世は、「めがね古記録」によるとひっそりとレンズ王国を離れ、はるか東方のダテメ国に逃れたとされているが、これについては諸説あり、いまは王都が陥落するのを見守りながら自害したという説が有力である。

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