ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後 2 二十年前「神仙総合法律事務所」

ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後

     

岩倉家の庭園に姿を現した不思議な物体。そしてなんとそこから、二十年間

行方知れずとなっていた……昔となんら変わらぬ霧島智子が現れた。



 2 二十年前「神仙総合法律事務所」

 


 三郎が亡くなり、美代子が店を引き継いで三ヶ月くらいが経過した頃だった。

 稔が学校から帰ると、調理場に倒れこむ美代子の姿を発見する。

 幸い、ただの過労だったが、こうなってしまえば学生やってる場合じゃないと、彼はとっとと退学を決意。入院した次の日の学校帰り、美代子の入院先に急いで向かった。

 反対されたって構わない。今度のは相談じゃなくて報告なんだと心に刻んで、病室の扉を勢いよく開け放ち、

「母さん! やっぱり俺! 」

 と、そこまで声にして、予想外の光景が目に飛び込んだ。

 備え付けの丸椅子に、見知らぬ男が座っていたのだ。ギャング映画に出てきそうな黒いスーツ姿で、膝の上には中折れのマニッシュ帽が載っている。

 誰? 上半身を起こしている美代子へ、稔がそんな目を向けた時だ。

 男は待っていたとばかりに、それでも妙にゆっくり立ち上がる。

「児玉、稔くんですね……」

 そう言いながら、彼は名刺を差し出した。

「すべて、お母さまにお話ししてありますが、この先、何か困ったことがありましたら、稔くんの方も遠慮なく、名刺にある番号に電話してください」

 さらにそう続け、どうしてそこまでと思うくらいに口角を上げた。

昔、それがいったいどのくらい前なのかは不明だが、とにかくその頃、三郎に世話になったという資産家――その時点で資産家だったかはわからない――がいた。

 そんな大金持ちが三郎の死を偶然知って、恩返しをしようと思い付く。と同時に、あまり大袈裟にしてしまえば、かえって受け入れにくいだろうとも考えた。

「だからね、あんたの学費くらいなら、匿名でも受け取ってくれるだろうってさ、考えたらしいんだけど……」

 男はその資産家に雇われた弁護士で、この件に関して全面的に任されているらしい。

 結局、その資産家の正体も知らされず、何から何まで謎だらけのままだった。

 それでも約束通り翌月の一日、弁護士事務所から現金書留が送られてくる。

 その中には、稔がもう二つくらい私立高校に通っても、お釣りが出るくらいの現金がしっかり収められていた。

 それからというもの、稔は生まれ変わったように机に向かった。

 具体的なことは知らずとも、三郎のおかげで変わらず学校に通えている。その一方で、一流高校に通っていた智子は依然行方不明のままなのだ。

 そうして彼は一流と言われる大学に合格し、その後も匿名の送金のおかげで金銭的な苦労一切なしに大学を卒業。すると同時に、現金書留がピタッと送られてこなくなる。

 ――こうなってしまえば、もう匿名だなんて言ってこないだろうし……。

 そんな思いとともに、稔はしまい込んでいた名刺を引っ張り出した。わざわざ電話ボックスまで走って行って、ドキドキしながら名刺の番号に電話をかける。

 ところがどこにも繋がらないのだ。

 現金書留には間違いなく、毎回名刺の住所が書かれてあった。それに手にある名刺も五年前、母親の病室で受け取ったものに違いない。

 しかし何度ダイヤルしても、受話器からは聞き慣れた声だけが響くのだった。

「おかけになった電話番号は、現在、使われておりません……」

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