ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後 3 過去と未来

ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後

     

岩倉家の庭園に姿を現した不思議な物体。そしてなんとそこから、二十年間

行方知れずとなっていた……昔となんら変わらぬ霧島智子が現れた。


 

  3 過去と未来


「これっていったい……なんなんですか?」

 そんな震える声が響いてやっと、稔は腹を決めたのだった。

「あの、すみません……このまま、成城の駅に向かってもらえますか?」

 智子の顔に目を向けたまま、彼はタクシー運転手へそう告げる。それから運転手には聞こえないよう注意して、智子の耳元で声にした。

「実は今、あれからずいぶん経ってしまった未来……なんだ。君はきっと、眠らされたか何かして、知らないうちにこの時代に来てしまった。それがどうしてなのかは分からないけど、あの、部屋みたいなところを調べれば、きっと元の時代に戻れると思う。だから安心してほしい。明日には絶対、あなたを元の時代に戻してあげる……」

 囁くように、それでも必死に笑みを浮かべてそう告げた。

 そんな言葉を、智子がどの程度信用したかは分からない。それでも少しは落ち着きを取り戻したようで、それ以降は稔の言葉にその都度頷き返してくれた。

 後は二十年という時間経過をどうやって知らせるかだが、どう説明しようが信じ難い現実なのだ。

 となれば、さっさと今という世界を見せてしまうのはどうか?

 きっとそんなのが一番で、そうして浮かんできたのが、駅前にできたばかりのコンビニエンスストアだった。あそこなら新聞だって置いてあるし、今という時代を知るには絶好の場所だって気がした。

 あの時代、コンビニエンスなんて言葉さえ知らなかった。まして二十四時間営業なんて店、稔はお目にかかったこともない。

 そんなふうに考えて、自宅とは正反対にある成城学園前駅に向かうと決めた。

 そうしてコンビニエンスストアに到着し、智子は店内の様子に興味津々。

 これは何? あれは何に使うのかと、次から次へと稔を質問攻めにする。

 特に、お菓子の棚には驚いたようで、

「これって、ぜんぶ日本のお菓子なんですか? 種類もいっぱいで、なんだか、アメリカとかのお菓子みたい……」

 そう声にしてから、稔も知らないチョコレート菓子を手に取った。

 あの頃、今のような箱入り菓子は少なくて、稔が覚えているのはキャラメルにプリッツやアーモンドチョコレート、それからココアシガレットくらいのものだ。今は菓子袋だって色とりどりで、菓子自体のバリエーションも段違いだろう。

 そんなことを思いつつ、稔はさらにその奥に行き、ふと目についたカップラーメンを手に取った。そうしてニコニコしながら手招きをして、智子の前にここぞとばかりに差し出し、告げる。

「これはね、お湯を注いで三分待てば、このまま食べられるラーメンなんだよ」

 彼はこの時、これまで以上に驚く智子を想像したのだ。ところが差し出されたカップ麺を手にして、智子は驚いた様子をぜんぜん見せない。

「へぇ、このまま食べられるなんて便利だけど、熱いお湯を注いで、持っている手が熱くないのかしら?」

 そう言いながら、数種類だけ置かれた袋入り即席麺に目を向ける。続いてその左右にまで目を配り、そのまま視線を動かすことなくポツリと言った。

「チキンラーメンっていうのがあって、それもお湯を入れて三分で食べられたんですよ。でも、ここにはないみたい。もう、売ってないのかな……?」

 そう声にしてから、智子は少しだけ残念そうな顔をした。

 それからも、予想もしないところで驚きを見せる。

 今でいう、自動販売機などなかった頃は、缶入りと言えばツナやらフルーツなどの缶詰ばかり。ところが今やビールやコーヒーなどは缶入りの方が多いだろうし、加えて〝缶切り〟なんていらないと知って、智子はまさしく目を丸くした。

 そんなこんなで店内を見て回り、稔はいよいよ雑誌のコーナーに立ち寄った。

 そこで、ずっと頭にあった言葉を智子に向けて声にする。

「この中に、あなたが知っている雑誌を手に取って、僕に見せて欲しいんだ」

 ちょっと見ただけでも、あの時代からあった雑誌が六冊くらいは目に付いた。ただしそれらはすべて大人向けで、彼女が知っていたかどうかは微妙なところだ。

 ところが思いの外すぐに、手前に並んでいた女性誌を棚から抜き取り、続いて奥の方にあった週刊誌二冊を手に取った。

 そうして智子が差し出した三冊の中から女性誌だけを手にして、稔はパラパラっと捲ってからひっくり返す。広告の入った裏表紙を上にすると、「見てごらん」と言わんばかりに智子の眼前に持って行った。

 智子は手にある二冊を棚に戻し、首を傾げながら差し出された女性雑誌を手に取った。

 それから目を皿のようにして、裏表紙の端から端まで目を向けるのだ。

 すると突然、視線の動きがある部分でピタッと止まった。

 そのままじっと動かずに、

「昭和五十八年って……」と呟き、智子はふうっと震えるような息を吐く。

「それじゃあ、あれからもう、二十年……」

 途切れ途切れにそう続け、すがるような視線を稔へ向けた。

 雑誌などの裏表紙には、編集人やら発行人と一緒に発行年月日も記載される。

 知っている雑誌のそんなのを見れば、きっと智子も信じるしかないだろう。

 そう思った通りに、彼女もあっという間に悟ったようで、

「二十年……」

 再びそう呟いたと思ったら、手にあった雑誌をいきなり顔にあてがった。その手がみるみる震え出し、小さな嗚咽を漏らし始める。

 しかしそれもほんの少しの間だった。すぐに必死に堪える様子を覗かせ、ジッと動かず数秒間が経過する。やがて、智子の顔から雑誌が離れ……、

「もう、大丈夫です……ごめんなさい」

 そう言いながら、無理やり作った笑顔を稔の方へと向けたのだった。

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