ピリオド3 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後   3 現れた少女

ピリオド3 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後

         

昭和五十八年、智子の失踪から二十年が経過。

突然掛かった奇妙な電話によって、稔は「あの約束」を思い出した。

「二十年後の今日、この時間ピッタリに、あの岩の前にいて欲しい」

そんな約束を実行する為、彼は二十年ぶりにあの林に向かうのだった。 



  3 現れた少女


 ――確かポットに、お湯が入っていたはずだ。

 部屋の隅に置かれていた魔法瓶を思い出し、稔は慌てて大声を上げた。

「お茶! お茶を淹れます! だからまず、そこにある離れまで来てください。大丈夫、大丈夫ですから……」

 などと声にしてみたものの、何が大丈夫なのかなんてまるで知っちゃいないのだ。

 最初、その顔が目に入った瞬間、思わず声を上げそうになった。

「嘘だ!」だったか……? 

 もしかしたら、その名を叫ぼうとしたのかもしれない。

 しかしすぐに、事はそう単純ではないと気が付いたのだ。

 稔の立っているすぐ目の前だった。

 さっきまで揺れていた空間に、いきなり細長い扉のようなものが現れた。銀色に輝く金属のようで、そんなものがなんの支えもなくポッカリ宙に浮かんでいる。

 ところが次の瞬間、それがとつぜん形を変えた。

 硬い扉のようだったそれが、驚くなかれ……一気にまあるく膨らんだのだ。

 さらにそこからグニャリと伸びて、それが地面に向かって一直線だ。あっという間に地面へ続くスロープとなり、よくよく見れば階段らしき段差までがちゃんとある。

 ――……ってことは、ここから何かがが下りてくる!?

 そんな恐怖と共にスロープの根っこを見上げれば、扉だったものが階段となって流れ出し、あった形そのままポッカリ穴が空いている。

 そうしてその直後、穴の奥から何かがヒョコッと顔を出した。

 稔の驚きは尋常じゃない。

 だいたい、普通あり得ないのだ。

 何もない空間を切り裂くように穴が開き、そこから人らしき影が現れる。

 さらにもし、そんなのが階段を下り始めたら……?

 ――どうする? このまま離れまで一気に走るか?

 そんな一瞬の迷いの中、人影が足を一歩踏み出したのだ。

 階段に足が掛かって、そこでやっとその姿にも光が当たる。

 その瞬間、自分が狂ってしまったと素直に思った。

 あり得ない! あり得ない! あり得ない! と三度も念じて、もう一回は「あり得ない……」と呟いたと思う。そんな状態の彼に向け、衝撃ともいうべき声が掛かった。

「あの……すみません……」

 たったこれだけで、すべての疑念が消え去ってしまった。

 ――こういう……ことだったのか……。

 記憶にある声そのものだった。

 見間違いでもなんでもない。彼を見つめる顔にしたっておんなじなのだ。

「ここっていったい……どこ、なんでしょうか? あ、あの、大きな……いえ、背の高い男性が、この辺にいませんでしたか?」

 緩やかなスロープの真ん中辺りに立って、彼女は大きな瞳をこぼれんばかりに見開いている。まごうごとなき……変わらぬ姿がそこにはあった。

 ――智子……。

 脳裏で何度もその名を呼んで、声になってしまわないよう必死に堪えた。

「あの、わたし……」

 彼女は不安げにそう呟いて、ゆっくり稔の顔から視線を外した。そうして庭園の端から端まで目を向けてから、おぼつかない様子で残りの階段を下り始める。

 やがて地面に下り立ち、稔に向けて今さらながら頭を垂れた。

「すみません、わたし、霧島智子と申します。勝手にお庭に入ってしまってすみません。でも、わたしもどうして、ここにいるのかわからなくて……」

 そう言いながら、彼女は再び頭をペコンと下げるのだ。

 現実に、こんなことがあっていいかどうかは別として……目の前に立つ少女こそ、二十年前に消え去ってしまった智子そのもの。

 であるなら、すぐに何か言わなければと思うが、言葉がなかなか浮かんでこない。

 そのうちに、智子の顔が不安げに揺れて、視線がストンと下を向いた。

 ――怖がっている!? 

 そんな印象に慌てまくって、大丈夫! とかなんとか声にしようと思わず足を踏み出したのだ。

 もちろん威嚇しようなんて気はなかったし、何か言わねばという焦りがそんな形で出ただけだ。ところが彼女はそう思わない。

 いきなり「失礼します!」と声にして、クルッと稔に背を向けた。

 その瞬間、彼はとっさに大声を上げ、

「稔を! 児玉稔を知っている!」

 そう叫んでから、心の中で力いっぱい念じ続けた。

 ――俺だよ! 兒玉稔は俺なんだ!

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