ピリオド3 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後 2 来訪者

昭和五十八年、智子の失踪から二十年が経過。

突然掛かった奇妙な電話によって、稔は「あの約束」を思い出した。

「二十年後の今日、この時間ピッタリに、あの岩の前にいて欲しい」

そんな約束を実行する為、彼は二十年ぶりにあの林に向かうのだった。 



  2 来訪者


 さすがに三時は早過ぎだったが、それでも絶対五時にはなってはいなかった。

 二十年前のあの日、智子を見掛け、林に入り込んだのは四時半かそこらだったと思う。

 ただもし、そんなのが勘違いだったなら、取り返しのつかない事になるかもしれない。

「二十年後の今日……この時間ぴったりに……」

 男は何度もそう口にして、

「頼む、約束……した、ぞ……」

 息も絶え絶えに、そう言い残して死んでいった。

 だから早いに越したことないし、しばらく離れから様子を見ようと決めたのだ。

 そこは純和風の造りで、ちょっと小さめの平屋一戸建てという感じだろう。

中に入って驚いたのは、格子戸を開けて入った先が、すでに暖かい空気で満たされていたということ。

 見たところ、暖房機らしいものは見当たらない。

 それでも二間続きの和室から、手洗いまでが眠気を誘うくらいに心地よかった。

 さらに有り難かったのは、岩に面したところが大きな窓になっていて、岩を監視するにはこれ以上ない環境なのだ。

 ここで見張ってさえいれば、岩に枯れ葉が落ちたって気付くだろう。

 そうしてあっという間に一時間くらいが過ぎ去った。

 外はまだまだ明るくて、約束の時間に少しあるのは間違いない。それでも稔は万一を考え、コートをしっかり着込んで寒空の中へ出ていった。

「二十年後の今日……この時間ぴったりに……」

 失血死寸前という時だから、意味のない戯言だったということもある。

 ただもしも、本当に何かが起こるとすれば、この場に誰かが現れるのか?

 そしてその誰かとは、遠くに見える門から堂々入ってくるか? あとは高い塀を乗り越えるしかないが……、

 ――間違っても、空から降ってくるなんてこと、ないだろうしな……。

 そんなことを考えながら、稔は視線を上へと向けた。

 すると突然、見上げた先がグニャッと歪んで見えたのだ。

 慌てて視線をあちこち向けるが、周りは至って普通のまま……なのに頭上の空間だけがおかしくなって、歪んだガラスに覆われてしまったように〝いびつ〟に見える。

 もちろん、風が吹いての〝そよぎ〟などでは絶対ない。

 直径三メートルくらいだろうか? そんな空間が不自然な歪みを見せながら、ゆっくり稔に向かって下りてくる。

 ――何か、あるのか?

 すでに手の届く辺りにまで降りていて、触れるのか……? ふとそう思い、稔が手を差し向けようとした時だった。

 揺らめいていた空間が、フッとその動きを消し去ったのだ。

 一瞬で周りの景色と同化して、もはや何かがあっただなんてどうしたって思えない。

 やっぱり目の錯覚か? そう思うまま目を閉じて、すぐに勢いよく見開いてみる。しかし視線の先には変化なく、もちろん上を向いても同様だった。

 ――なんだよ、こんなことだったのか?

 二十年後と訴えていたのは、こんなシーンを見せるためかと、あっという間に緊張感が消え失せた。さらにその隙間を埋めるように、ここぞとばかりに喪失感が押し寄せる。

「くそっ!」

 そう呟いて、稔は握りこぶしを突き出したのだ。

 それは何もない空間に向け、ちょっとした苛立ちくらいのはずだった。

 ところが拳の先に何かが当たった。

 コツンという音がして、指に痺れるような痛みが走る。

 ――やっぱり、ここに何かあるんだ!

 そう思ったのとほぼ同時、

 ――え!?

 その瞬間、あまりの驚きに己の目を疑ってしまった。

 ほんの少し見上げた先に、信じられないものが現れたからだ。

 ――嘘だ……なんなんだよ、これ……?

 ただただ意味がわからずに、稔は暫しその場に立ち尽くすのだ。

 

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