第36話 緊急離脱

「エレノラ、すぐにここから移動しよう」

「はい、ジャスター様」


 即座に席を立ち、私のそばに来て手を握ってくれたジャスター様の指示に従った。周りに居る帝国騎士が、私たちを守るような位置に移動する。彼らが守ってくれる。


 群衆の中で暴れている連中は、処刑台の方に夢中。こちらに来る様子はないけれど、別部隊が潜んでいる可能性がある。警戒して行動しなければ。


「ま、待ってくれジャスター殿。事態が収まるまで、しばらくここで――」

「いいえ。ここは危険のようです。我々は、今すぐに離れます」

「し、しかし。ここには王国の兵士も多数いるから離れるよりも」

「迎賓館までの案内だけで結構です」

「わ、わかった」


 ここに留めようとしてきたラドグリア王の言葉を遮って、ジャスター様はこの場を離れることを宣言した。それを聞いて諦めたラドグリア王は、渋々といった表情で了承する。そして、王国の兵士が数名だけ一緒に移動をすることになった。


 もちろん、迎賓館までの道のりは知っている。変な動きをすれば、帝国騎士たちが容赦しない。


「こちらから出ましょう」


 王国の兵士が先導して、帝国の騎士に周囲を警戒してもらう。


 騒がしくなった群衆の中から、例のヒロインたちが必死に声を発していた。だが、助けようとした彼らは兵士たちによって一瞬で取り押さえられたようだ。


「トリスタン! クロヴィス! ラウル!」

「「「アルメルっ!」」」


 背後から、そんな声が聞こえてきたけれど気にしない。それが、私が最後に聞いた彼女たちの声になった。




 迎賓館に戻ってきて、次々と指示を出すジャスター様。


「すぐ出発できるように馬車を用意してくれ! 一部の人員だけ残して、残りはいつでも出られるように準備を!」

「はっ!」


 私も荷物の積み込みを手伝う。先ほどの事件発生から半刻も経たないうちに、全ての荷物を馬車に積んで出発の準備は完了した。




「エレノラは、先に帝国へ戻ってくれ」

「ジャスター様は?」

「俺は、少し仕事をしてから帝国へ戻る」

「……わかりました」


 予定よりも数日早い、帝国への帰還。あんな事件が起きたんだから、仕方ない。


 本当は、ジャスター様も一緒に今すぐ王国を脱出したいが、彼にはやることがあるらしい。


 本来なら、別々に行動するのは危険かもしれない。だけど、別行動すると決めたのはジャスター様。ならば仕方ないわね。私も、自分のやるべきことをやりましょう。


「必ず、無事に帰ってきてください」

「もちろんだよ」


 私は、彼を抱きしめる。すると、彼から口づけをしてくれた。


 おそらく、大丈夫だと思う。だけど、万が一のこともあるかもしれない。だから、私は彼をもう一度強く抱きしめる。もうそろそろ、離れないといけない。


「では、また」

「ああ。そっちも気を付けてくれ」


 そう言って私は、迎賓館に残る彼から離れて背を向けた。




 彼と別れて、私は一足先に帝国へ戻った。王国に残してきた人たち以外は全員無事で、何事もなく到着した。後は、ジャスター様たちが無事に戻ってくることを信じて祈るだけ。


 そして、その祈りは届いた。

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