第19話 充実した日々

 ジャスター様と一緒に働く日々は、とても楽しかった。私が予想していた未来とは違うけれど、不満はない。むしろ、こうなってよかったと思う。しばらく感じていなかった、満たされた気持ちになれた。


 だけど、この関係は期間限定。私はお手伝いをお願いされて、少しの間だけ一緒に働いているだけ。ずっと一緒に働きたいとは思うけれど、いつか終わるときが来る。それが早まるか遅くなるかの違いでしかない。


 ジャスター様から手伝いをお願いされた時、いつまでなのかという期限を聞きそびれた。おそらく、そんなに長く続けることじゃないと思っていた。


 今となっては、改めて確認することは出来ない。聞いてしまうと、それで終わってしまいそうだから。


 私は今の仕事を、とても気に入っている。楽しくて充実しているから。引き受けた当初は、恩返しのつもりでやってみることにした。今では、自分のために続けたいという気持ちが大きい。


 お願いして、ちょっとした仕事を任せてもらえないかしら。そうすれば、彼のそばにいられる時間が長くなるかもしれない。


 ……なんてことを考えてしまうくらい、最近は一緒にいたいと強く思っている。


 そんな私のわがままで、迷惑をかけたくない。だから、やっぱり聞くことは出来ない。




 ジャスター様に、褒めてもらえたのが嬉しかった。


「よくやった。いい働きだ」

「ありがとうございます」


 とある仕事の結果を報告した時に、言ってもらったお褒めの一言。


 その一言で、気分が高揚した。冷静に装ったが、顔に出ていたかもしれない。褒められただけで、そんなになるなんて。意外と自分は、チョロい女だったみたい。


 仕事で一緒に過ごしているうちに、ジャスター様のことが気になってきた。だけど、彼には婚約相手も居るようだ。そういう話をチラッと聞いてしまった。帝国では大きな影響力を持つ、貴族の子息だから。婚約相手も当然、居るのでしょう。


 私が割って入るのは、絶対に駄目。それだけは嫌だ。あのヒロイン女がしたような横取りは、絶対に避けないと。あんな風にはなりたくない。


 そもそも、そんな事を考えることが失礼かもしれない。こういう気持ちを抱いているなら、彼の近くには居続けられない。今の役目が終わるのも、おとなしく受け入れたほうがいいのかもしれない。


 そんな事を考えていると、ある日ジャスター様から呼び出された。大事な話があると。ついに来たのかもしれない。終わりの時が。


 彼と一緒に仕事をさせてもらえて、本当に良かった。だけど、これから先も一緒に仕事を続けたいとは言わないようにする。私は潔く、手伝いの終わりを受け入れる。そして、ジャスター様のそばから離れる。それが最善だと思うから。


 それなりに彼の役に立って、恩返しも出来たと思う。この後は、関わらずに生きていくことが一番良いんだ。


 これから私は、新しいパートナーを探して、帝国で静かに暮らしていく。それが、私の人生。




 ということで、私は覚悟を決めてジャスター様に会いに来た。


「お疲れ様です、ジャスター様」

「待っていたよ。座ってくれ」

「はい」


 笑顔を浮かべるジャスター様に促されるまま、私は椅子に腰を下ろす。それから、彼の顔を真っすぐ見つめた。私は、ちゃんと笑顔で対応できているのか。


「急ですまないが、君に頼みたいことがある」

「なんでしょうか?」


 早速、本題のようだ。笑顔から真剣な表情に。普段は朗らかな表情を浮かべている彼が、いつになく真剣な表情をしている。それだけ重要な事なのだろう。きっと、それは。


「君の仕事ぶりは、とても素晴らしいよ。最初は簡単な仕事を任せたが、想像以上の働きを見せてくれた。今では難しい仕事も難なくこなしているし、とても頼りになる」

「ありがとうございます」


 ジャスター様は、褒め上手だ。私が褒められるのが好きという事を知っているようで、よく褒めてくれる。その度に高揚感が増していた。そんなに褒められたら勘違いしそうになる。ダメよ。


 私は努めて冷静な態度を装い、彼に続きを促す。すると、彼はゆっくりと頷いた。


「ただ、これから先の仕事は我が家の機密情報なども取り扱い、他言無用の案件も多くなる。その為、信用できる者にしか任せられない」

「はい。それは、もちろんです」


 ジャスター様からの信頼されている実感がある。だからこそ、私は断らないと。秘書の仕事は続けない。ここで、終わりにする。


「そこで、君には私の妻になってもらいたい」

「……え?」


 思わず、間の抜けた声が出てしまった。ジャスター様の言っていることが、すぐには理解出来なかった。ジャスター様には婚約している相手が居るんじゃないの!?

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