眼鏡な二人の何気ない会話。

山岡咲美

眼鏡な二人の何気ない会話。

黒淵くろぶちくんはコンタクトとかにしないの?」

 学校側へ提出する部活動予算の申請書類をチェックしながら、赤渕あかぶちさんが聞いていた。


「しないけど何で?」

 僕と赤渕さんは生徒会で会計を担当している。

 生徒会室は僕達二人。


「私コンタクトにしようかと思って……」

 赤渕さんが赤いフレームの眼鏡を外し目薬をさす。


「疲れ目?」

(書類仕事に疲れたのかな?)


「黒淵くんもさす?」

 赤渕さんが僕に目薬を渡す。


「ありがとう」

 僕は黒いフレームの眼鏡を机に置き目薬をさす。

(スッとするやつだった……)


「黒淵くんは何で会計になったの?」

 赤渕さんは二つの長い三つ編みを一つづつ背に流し、また眼鏡をかけて書類仕事に戻った。


「え? 生徒会長に頼まれてだけど……」

 そういえば生徒会長は何で僕を会計にしたんだろ?


「私もよ」


「ふーん、そうなんだ……」

 何気ない会話だ。

(二人しか居ないと意味のない会話がはかどる……)


「なんでだと思う?」

 赤渕さんは興味ない会話みたいに、書類を見ながら話を続ける。


「なんでだろう?」

(考えたことも無かった)


「眼鏡だから……」


(?)


「生徒会に眼鏡の人が私達しかいなかったからだって」

 赤渕さんがこっちをジト目で見つめる。


「生徒会長が言ったの?」


「そう!」


「生徒会長のりで生きてるお気楽女子だからなー」

(初めて知った、眼鏡採用だったのか……)


 ハア……

「私コンタクトにしようかと思ってるの」

 赤渕さんがため息をこぼし書類の上に突伏つっぷしそう言った。

 三つ編みが肩を滑り落ち、左右に流れる。


「赤渕さん、今からコンタクトにしてもこの書類仕事からは逃げられないよ……」

 僕は赤渕さんの意図がようやくわかった。

 でも眼鏡やめても生徒会長が出来る人材を手放す訳がない。


「知ってる……」

 赤渕さんが書類の上で眠りそうな勢いだ。

 赤渕さんのやる気がゼロポイントだ。


「あれ? これ被ってない?」

 僕はマンガ部と美術部が申請した新しいタブレットPCとソフトウェアの予算が被ってることに気づく。

(新人研修用タブレットPC予算?)


「どれ?」

 僕が処理していた書類を赤渕さんに見せると赤渕さんは重い腰を上げ僕が渡した書類に目を通す。


(責任感あるから、仕事はちゃんとするんだよなこの人)


「ほら、タブレットPCとイラストソフトの予算が四つづつ両方から出でる、これ共有すれば予算抑えられんじゃない?」

 こうゆう無駄遣いをチェックするのも会計の仕事だ。


「ああそれダメ、仲悪いの」

 赤渕さんが書類見てやな顔をした。


「仲悪い? それだけ?」

(そんな理由で四つづつ買うの?)


「もととも美術部がほぼマンガ部だったんだけど、美術部女子部員がクーデターを起こしてマンガ部を結成、それ以来美術は少年マンガをマンガ部は少女マンガを描く部活になったのよ」

 赤渕さんは迷惑な話だとばかりの顔をした。


「イヤ、そんな理由で高校の予算無駄遣いしちゃっダメでしょ」

 僕は会計だから真面目にそう言った。


「……バックがいるのよ」


「どゆこと赤渕さん?」


「美術部顧問の熱血体育会系文化部漢ねっけつたいいくかいけいぶんかぶおとこ熱皿ねつざら先生は、美術の延長でマンガをとらえていてね、基礎をしっかり教えてアート志向が強いマンガの指導をしてるの」


(先生が熱心だと権限強くなるのか?)


「でもマンガ部顧問の氷結ひょうけつ女帝じょてい冷東ひやひがし先生は描きたいもの描いてたら才能ある人は自然にうまくなるし、変に基礎を教えると個性が生まれる前に消えて才能を潰す行為だとしてるわ」


熱血ねっけつ先生と冷凍れいとう先生、仲悪いの?)


「でね、たちが悪い事に両先生が育てた生徒の中からプロのマンガ家が多数生まれてるってことなのよ」


「ああ、なるほど、成果出しちゃってるんだね……」

 僕は書類に目を通す。


「成果出しちゃってるの……」

 赤渕さんが会計の承認印を書類に押す。

 あとは生徒会長が生徒会長印を押して学校側のチェックを受けるだけだ。


 *


「でもさ、赤渕さんはコンタクト怖くないの?」

 僕は書類の束を片付けつつ赤渕さんをチラリと見る。

(コンタクトってなんか怖い)


「私レーシック手術も考えたんだけど手術よりコンタクトのほうが怖くないって思ったんだ」

 赤渕さんが少し照れて笑う。


(可愛い……)


 僕の眼鏡がずり落ちた。

 僕達は眼鏡のえんで繋がっている。

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