怪奇! 中世ヨーロッパ世界のカードショップで弱いデッキを使ってる英雄を煽るタイプのクソガキの恐怖

オドマン★コマ / ルシエド

「本当に恐ろしいのは、カードショップに巣食う人間達が撒き散らす『何か』なのかもしれませんね……」

 もしも、自分の国に『奇跡』や『魔法』といったものを操る術を普及させたいとしたら、あなたはどうするだろうか?


 学校教育。

 一番手堅いだろう。


 教会を使って宗教を介して普及させる。

 宗教に基づいた倫理観の拡散という意味ではそれも強そうだ。


 術式を効率化して探求を重ね、一瞬で知識をインストールできる奇跡のような魔法を実現してみるのも、可能ならば理想だろう。

 それが叶った世界であれば、知識とはあって当たり前のもので、無知とは余程の事故でも無ければ存在しないものになるのかもしれない。


 この異世界で、この国は、少しだけ独特な方法で、奇跡と魔法を普及させていた。

 その方法とは、娯楽。

 この異世界のこの国は、奇跡と魔法の基本的な知識・及び考え方を、カードゲームという娯楽を通して、貴族から平民までくまなく広めることに成功していた。そんな国だった。


 全ての奇跡には色がある。

 火には赤、水には青、天には黄金。

 カードの種類を色で分け、『奇跡にはコストが必要』『魔法はルールに沿って発動する』『術式もカードも誰が使っても効果は同じ』といった基本的な考え方を、ごく自然に子供の頃から擦り込んでいき、子供が望めば専門の学府へと進学させていく。

 それが、この世界の、この国の常識。


 これはそんな世界の、そんな国の、真ん中にある王都の小話。






 子供と大人が、1つのテーブルを挟んで対峙し、本気で、カードで、鎬を削り合っている。


 盤面は見るからに大人の方が優勢であったが、子供が青い色のカードを一枚場に出した瞬間、あっという間に形勢は逆転した。


「エネルギー吸収アリーナのカード効果を発動! フィールドに出ているクリーチャー効果を全て無効にする! これによってフィールドのクリーチャーのデメリット効果が全て無効! デメリットが無くなったフルパワークリーチャーで総攻撃だ! はいボクの勝ち!」


「うわあああああこんなガキに負けたぁ!」


「とっとと消えるんですねオジサン! カードショップは子供の遊び場! 大人がたむろする場所じゃないし、暇な大人が土日に時間潰す場所でも無いんですよ!」


「ちくしょぉぉぉぉ覚えてろよぉぉぉぉ!」


「『覚えてろよ』とか言うなっさけない大人、ボク初めて見ましたよ。前魔法時代の遺物? 格好良いですね。ホント格好良いよー」


「エンッ」


 子供に負かされた上で容赦なく煽り倒され、大人は悔しげに呻いた。

 子供の名はレシュニアン。

 まだ12歳にもかかわらず、この国でも五指に入る絵札の闘士デュエリストである。


 子供らしい青の短パン、背伸びした茶のジャケット、無地の白シャツ、紺色の帽子、浅葱色の短髪、黒曜石の瞳と、妙齢の女性を惑わせる少年といった出で立ちだ。

 だがその容姿に惑わされた者達は、ただの1人も例外なく、レシュニアンのデッキ『青白アリーナコントロール』に敗北の味を刻み込まれたという。


 カードゲーム『カード・ルターゴ』は、教育と娯楽を並立し、それを成功させた、この国における主要娯楽の1つである。

 メインデッキ、パラレルデッキ、エクストラデッキの3つのデッキを使うのが特徴だ。

 ここではない世界の言葉を使って評するならば、『子供が遊んでいるだけで勉強になる携帯機のゲーム』と似て非なる存在と言うべきであろうか。


 世界の法則を落とし込んだ奇跡論、及びそこから派生した魔法や術式の類は、各種属性に分かれ、それぞれの理によって制御される。

 このカードゲームを遊んでいると、ただそれだけで基本的な知識と理解が身につく。素晴らしいことだ。


 ゆえにこの国の人間は、大人から子供までこのカードゲームの存在を知っている。

 やったことがない者も居る。

 子供の頃に少し触っただけの者も居る。

 当然、大人になっても本気でこのカードゲームをやっている者も多く、子供に自分のデッキを受け継がせる親や、カードを通して大人同士の交流を持つ者も多く、老若男女を問わない交流ツールとしても活躍するのがこのカードゲームであった。


 レシュニアンの趣味は、そうやって大人になってもまだカードゲームをやっている大人をコテンパンに叩きのめし、カードショップに行きたくない感を醸成し、カードショップを自分と友達だけの楽園……清潔な子供だけのエルドラドにすることである。


 直球で言えば、害悪プレイヤーであった。


「オジサン、赤白ダレトザインって懐かしいデッキを使ってますね! おじさんが学生くらいの頃に流行ったデッキですね! 思い入れがあるんですか? そんなデッキで勝とうだなんてカード・ルターゴを舐めているのか?」


「い、いいだろ別に! 好きなカード使ってデュエルして何が悪いんだよ! オレがこのカード好きで何が悪いってんだよ! 見ろよこの赤白二色ダレトザインのカードデザインを! 神がかった良さで……」


「そのカード抜いた方がそのデッキ強くなりますよ。単純に1ターン目に引いたら事故るでしょ?」


「!?」


「弱いカードを好きになった上で勝ちたい人って、なんか主人公とメインヒロインのタイマン系のラブコメに後から追加されたサブヒロインみたいな感じがしますよね。『勝ち目が無いのに好きになっちゃったから苦しむだけの人生』みたいな……」


「こっ、このガキっ……! 大人を舐めるな!」


 大人の男は憤慨した。

 『許せぬ、この邪悪なショタを討つのだ』と全力で憤慨した。

 大人らしい寛容も余裕も微塵もない。

 カードで負けるだけならともかく、そこから煽られ愛用のデッキも馬鹿にされればたまったものではなかったのだ。


 男が取り出した杖を振ると、そこに小さな力が注がれ、大きな力へと膨らまされ、火球を形成する。奇跡論:炎、魔術式:火球射出である。

 周囲で男とレシュニアンのやり取りを遠巻きに見ていた者達が、一斉にぎょっとする。

 だが、火球はすぐに消え去った。


「オジサン……ヤバいくらいキレやすいじゃないですか。店内で普通魔法撃ちます?」


「こっ、このっ……」


「今時カードショップが魔法無効化空間を展開してないわけないじゃないですか。バカなんですか? そんなだからドロソがない速攻デッキ使って手札が無くなって困っちゃうんですよ」


「いいだろ別に速攻デッキに積んでなくても!」


 奇跡論行使中和領域。

 またの名を、魔法無効化空間。

 剣と奇跡と魔法の異世界のカードショップにおいて、魔法無効化空間は必須の設備と言えよう。


 なにせ、カードゲーマーの半分は相当にキレやすいのだ。ハンデスデッキ(相手の手札を墓地に落として妨害するデッキ。陰キャしか使ってない)を使われるだけでガチ切れする者も多い。

 そんな時、思うだけで使えてしまう魔法の類があれば? 振れば魔法を放つ魔道具があれば?

 それは容易に刃傷沙汰となるだろう。


 そのため、軍事兵器の次に魔法無効化空間がよく使われるのがカードショップであると言える。

 このカードショップの建設費用自体は1000万カナンだが、魔法無効化空間の追加設置には300万カナンもする。強盗避けの耐魔法ガラスショーケースも500万カナンするという話だ。


 オーナーからすれば手痛い出費だが、そうでもしなければ、剣と奇跡と魔法の異世界でカードショップをやっていくことなど、できはしない。


「やっぱ赤白ダレトザインなんて使ってる人はダメですね。クリーチャーをポンポン出して呪文で焼きながら殴るだけのデッキだから、子供も平気で焼ける人なんだ……怖いですねえ……」


「デッキの色は関係ないだろ色は!」


「やはり知性派は青デッキ使いにしか居ないのかもしれません。悲しいことです」


「青使いのコントロールとか性悪のカスしか見たことないぞ! 相手のカード効果を無効にしたり場に出したカードを手札に戻すカードばっかだろ青は! お前も代表格の性悪だクソガキ!」


「なんと。こんな善良で純粋なボクになんてことを言うんですか。青は直接攻撃しない色。相手の妨害を優雅に繰り返す色。だからこうしてオジサンにも直接的な暴力なんて振るわず、言葉だけでメタメタにしてやろうとしてるんじゃないですか」


「性根が腐ってんだろこのガキ」


「やですねえ。ボクの性根が腐ってるとしたら、ガキのボクにガチでカードで負けちゃったオジサンは脳味噌が腐ってるんじゃないですか。おほほ」


「……このガキはここで殺す! こんなにガキの頃からカードゲームが強いガキは生かしておいちゃならん! ガキの頃から大人に勝てる=ガキの頃から大人より性格が悪い! こいつは生まれちゃならねえガキだったに違いねえぞッ!」


 大人の鉄拳がレシュニアンの顔面に突き刺さり、レシュニアンが派手に吹っ飛んでカードショップの壁に叩きつけられた。


 頭に大きなたんこぶを作ったレシュニアンが大いに怒りに身を震わせる。


「ちょっと! リアルビートダウンはナシでしょ! 大人がガキにカードで負けて暴力に訴えるのはヤバいですよ! 人間として! 今どんな気分ですか? 感想を述べよ」


「うるせえな! お前の積み重ねた罵倒と煽りからしたら一発くらいはいいだろという気持ちがオレにはあるよ! 泣きそうなんだよオレは!」


「じゃあボクももう一言くらいはいいだろという気持ちになって来たので言いますが、オジサンめちゃくちゃ臭いですよ。二度とこのカードショップに来てほしくないくらい臭いです。途中オジサンが『相手の手札から一枚選んで捨てる』効果を発動してボクのカードに触ろうとした時、オジサンを殺してやろうかと思うくらい臭かったですからね」


「うるせえな!!!!!!!!!」


「風呂入ってこいってんですよ! カードショップの酸素に色を付けないでほしいんですよね。赤使いって青使いの1/10も風呂に入らないってマジなんですか? カドショが臭かったらカードゲーマーの女の子が好きな男の人をカドショに連れて来た時点で『くさっ』って言われて幻滅されるの確定なんですけどそういうの分かってますぅ? あ、モテないし風呂に入らない人には分かんないですかね」


「風呂なんて高級品がそうそう家にあるわけないだろ! クソが、これだから貴族のおぼっちゃんは! 家に風呂がある前提で話しやがる! その傲慢、クソショタに相応しい醜悪よ!」


「くせえ平民はカードショップから出ていけー! 風呂に入らん奴がカードショップに来るなー! 平民はチャンピオンシップにも参加するなー!」


「お前今ライン越えたぞガキィ!」


「不潔平民の追放は何事にも優先する!」


 大人と子供の言い合いが加熱した、その時。


 両方の頭を強打する何かがあって、両者は気絶。


 気絶した2人を、気絶させた男が運んでいった。






 レシュニアンが目覚めた時、そこは公園のベンチの上だった。

 向かいのベンチに、レシュニアン同様気絶させられた大人の男が横たえられている。

 レシュニアンの横に座っているのは、2人を気絶させて事態を収集させた、黒髪の騎士。


「あ。ザイナスさんだ」


「……誰だ? 俺にはカードショップで他人を煽って面倒な暴力事件を引き起こす性根の腐った餓鬼の知り合いは居ないはずだが」


 辛辣な事実の指摘に、レシュニアンはちょっとクラっとしてしまった。


「……レシュニアンですよ! ほら、王の補佐の大賢人レシュキュの孫です! 数年後に学園を卒業したら貴方のお兄様の補佐につく予定の! 前にご挨拶したじゃないですか!」


「俺には、カードショップで他人を煽って面倒な暴力事件を引き起こす性根の腐った餓鬼の知り合いは居ない。俺の兄にも居ないはずだ」


「……う」


 窘められていることを自覚し、レシュニアンは縮こまってシュンとした。


 騎士ザイナス。多くの者がその存在を知る、強き騎士。今の世代にとっての強者の象徴。国にとっては武の象徴の1人でもある男。そして、武芸音痴で全く腕っぷしが強くならなかったレシュニアンにとっては、憧れの男でもあった。


 憧れの男から窘められれば、レシュニアンも少しは気にする。

 何せ、レシュニアンは既に『喧嘩両成敗』という形でザイナスに面倒をかけているのだ。

 レシュニアンからすれば、これ以上ザイナスに失望されるようなことはしたくないに違いない。


「……今後は、自粛します……」


「そうだ。そうしておけ」


 騎士ザイナスが頷く。

 あまり細かいことを気にしないのが、この騎士の分かりやすい個性の1つだ。

 レシュニアンが己を改めるなら、ザイナスはレシュニアンを軽蔑したりはしないだろう。


 もうひとり、気絶している方の男性が起きれば、ザイナスはそちらにも注意と叱りを与え、双方に反省を促すことで、今日の事案の再発を防ぐ。ザイナスはそういう騎士である。彼の思考と行動はいつだって単純明快だ。


「あ、そういえばですね」


 ひょいと、レシュニアンがポケットからカードを一枚取り出し、にやりと笑う。


 この世界には、この世界なりのカードデザインの法則がある。

 たとえば、この世界にはこんな言葉がある。


 『下手な創作は実在性に敗北する。コラボは物語より伝説の方がマスト』。


 凝った作り話の小説よりも、大昔の実話であるという体で出版した宗教の聖書の方が売れるということはままある。それはどんな世界でも同様だ。


 実在性は、時にあらゆるコンテンツを凌駕する。

 最高に出来の良い架空世界を描いた漫画の売上を、現実で無双したスポーツ選手の飾り気の無い自伝が凌駕するように。下手な特撮ヒーローのカードより、プロ野球選手のカードの方が人気が高い世界と時代があるように。


 剣と奇跡と魔法で廻る世界であれば、実在する英雄が非常に強力なコンテンツとなる。

 キッズは、そういうものに惹かれるからだ。


「出ましたよ……『瞬光の騎士ザイナス』のカード。1ターンに1回制限の無い場に出た時発動する敵カード破壊効果と、召喚されたターンに敵の効果を受けない効果、自分のターンと相手のターンにコストを支払わず召還できる踏み倒し効果を持った良カードです」


 レシュニアンは得意げに、本日パックから引いたVRC(ベリーレアカード)、『瞬光の騎士ザイナス』のカードを得意げに見せびらかした。


 騎士ザイナスは、難しい顔をした。

 自分がカードになったのを見て、どう反応すればいいか分からなかったからだ。

 そして、そのカードが弱いのか強いのかさえも分からなかったからだ。

 ザイナスは曖昧に難しい顔をした。


「……よく分からんな」


「強いですよ。ハチャメチャに強いです。ザイナスさんのどっからすっ飛んでくるのか分からないところや、すぐ飛んで来てすぐ盤面をひっくり返すところ、対応に困るスピード感をよく再現できてます。相当な原作再現ですね」


「俺、原作なのか……」


「強いて言えばザイナスさんが一次創作で、ザイナスコラボのこのカードは二次創作ってところでしょうかね……コラボ第二弾が出て『ザイナス』がカテゴリ化したらそれは三次創作かもしれません」


「俺、一次創作なのか……」


「ザイナスさんを融合素材にも使う赤青色の『竜騎士ビートダウン』、ザイナスさんを妨害札に採用する『ザイナス邪皇門』、あとはザイナスさんをフィニッシュターンに起用する『ザイナス原野ランプ』あたりは増えそうだなと思ってます」


「俺は玩具か?」


「そんなぁ……ボクらは強いカードを頼りにしているだけですよ、ね」


「……まあ、いいか」


 ザイナスのカードを持ってにこにこしているレシュニアンは年相応の子供に見えたが、同時に年齢不相応な邪悪さもにじませていた。


 カードゲーマーとして強くなるということは、法に触れないように邪悪になっていくということであるから、なのかもしれない。


「今は『覆面王族 フェニキア王 99世』あたりを使った黒単色デッキ、通称『王族墓穴』を使うのが一番強いですよ。デッキからどんどん王族を墓地送りにしてデッキを回すんです。面白いですよ」


「不敬ではないか? いや不敬だろうかなり」


 レシュニアンが、小悪魔的に微笑んだ。


「ははは。カードゲーマーなんて皆毎日のように王族死ねって言ってますよ。このデッキシンプルに害悪度がめちゃくちゃ高いですからね。墓地の王族を1枚消滅させると相手が発動した効果と召喚を1つ無効にできるデッキなので」


「毎日? 王族に? 死ねと? 墓地の王族を消滅させる? 不敬ではないのか?」


 ザイナスは困惑した。


「なぁに言ってるんですか。公に反政府活動でもしない限り王族をクソバカにしても別に警邏隊にしょっぴかれたりしない大らかさがこの王国の唯一の良い所じゃないですか」


「唯一は言い過ぎだろう……?」


 ザイナスはもっと困惑した。


「じゃなかったら王都ですら月イチでしかチャンピオンシップ……カード大会が開かれないこんな国とっとと出てってますよ。隣の帝国と比べるとカード人口カスですもんこの国。皆大人になる頃にはカードやらなくなっちゃうんですよね」


「止めろ……! 国を守る騎士の前でそういうことを言うのは止めろ……! まあまあの国辱だぞ……!」


「騎士を名乗ってボクの口を封じたいなら、カードでボクを負かしてみることですねぇ!」


「むっ」


 ザイナスは『一理あるか』と言いたげな顔をして、先程までレシュニアンと男が口論をしていたカードショップを睨みつけた。


「デッキを買ってくる。少し待っていろ」


「え。このカードゲームやってるんですか、ザイナスさん。初耳なんですが」


「いや、ルールも知らないが。店主からルールを聞いて強そうなデッキを買ってくれば、ある程度は勝てる可能性があるのではないかと思っている」


 勝てるわけねえだろ。

 でもそういうところ愚かしくて愛おしい。

 と、レシュニアンは思った。


「……実は、俺は子供の頃に娯楽の一切を断って、剣にひたすら打ち込んでいてな。こういう娯楽に触れたことがなかったのだ。……それが騎士の在るべき姿だと、ずっと信じていた。けれど昔から、このカードで遊んでいる同年代の皆を羨ましく思っていた気持ちもあった、ような気がする。正直なところ……少し楽しみな気持ちもあるな」


 こういうところなんだよなぁ、とレシュニアンは苦笑した。12歳らしからぬ苦笑であった。


 そして、20分後。


 そこには先行1ターンキルを5試合連続で決めてザイナスを容赦なく叩き潰すレシュニアンの姿があった。


「ザイナスさんがカードを楽しみたい気持ちがあるのは否定しませんけど、それはそれとしてザイナスさんは初心者だから弱いんですよねええ!!」


「嘘だろ……」


「どんな気分ですか? かつて不敗伝説を気付いた最強の若手騎士様が、こんなガキに手も足も出ずにボコボコにされるってどんな気分ですか? 感想を述べよ」


「最悪以外にあるか?」


「ありがとうございます。今めちゃくちゃ気持ちいいです。憧れの人を一方的に痛めつけるのって信じられないほど気持ち良いんですね。ボク、道を踏み外してしまいそうです」


「もう大分外れてると思うんだが」


「まさかぁ」


「どうすれば引き戻せるんだ、お前を……」


「ボクと一緒に落ちるのもアリだとボクは思いますよ。カードの世界でも最強を目指してみませんか、ザイナスさん。初心者にしてはかなり筋が良いと思うんですよね」


「何故だろうな。俺は何故か嬉しくない」


「カードの世界でファンデッキなんか使ってる陰キャの奴ら全員蹴散らして、『貴族社会でも成功してる勝ち組のザイナス様に僕の唯一の拠り所であるカードでも負けたら僕の人生ってなんだったんだ自殺するしかないよぉ』ってなるやつ絶対出てきますよ。ボクに負けることは耐えられてもザイナスさんに負けたら耐えられない陰キャはそこそこ居ると思うんですよね、たぶん」


「お前は……最低だ」


「ザイナスさんの反応は最高ですね」


 12歳の内からこんなになっている子供は手遅れ過ぎると考えるべきなのか。まだ12歳なので矯正できると考えるべきなのか。騎士ザイナスは迷った。


 レシュニアンはトントン拍子に調子に乗り、ザイナスが買ってきた未改造スターターデッキにまでケチをつけ始めた。


「あと、剣神クアインデッキなんてハズレデッキなんで買ってきたんですか?」


「剣神クアインと言えば最強の象徴だろう。俺はあれより強い剣士を見たことがない。以前指導してもらった時も、影すら追えない圧倒的な強さに感嘆したものだ。カードのパワーの数字もショーケースで一番大きかったのでこれにしたが」


「強い生き物のカードがイコールで強いわけないでしょ。パワーが高いだけのドラゴンよりトークンを出すネズミの方が強いのがカード。剣神クアインは今だと村娘デッキより弱っちいですよ、足がもげたダンゴムシみたいな強さのデッキです」


「村娘より? ……ダンゴムシ?」


「剣神クアイン単品の弱さもそうですが、デッキのメインカードが軒並み禁止カードになってしまったので、昔できた動きもできないんですよね。鰭の無い魚がピチピチ跳ねてるくらいの強さです」


「きん……し……?」


「正直、ボクは世代じゃないので剣神クアインさん本人が戦ってるとことか見たこと無いんですよね。本当に英雄的な剣士だったんですか? このカードみたいに弱かったんじゃないですか~」


「止めろ! 本人が原作でカードが二次創作なら、二次創作の描写だけで原作を判断するみたいな真似はやめろ……! 原作未視聴児童……」


「原作クアインのファンがキレてる……」


 ザイナスは頭を抱えた。

 かつて、騎士ザイナスは世界最強の剣士と謳われる剣神クアインの指導を受け、強さを更に一段上に磨き上げたことがある。

 そんな恩師の扱いがこのザマだ。


 ザイナスは全く原作ほんにん再現が成されなかった悲しい恩師のカードを見つめ、嘆いた。


「剣神クアインなんて雑魚なんですから、使うの諦めた方が楽だと思うんですけどね、ボクは。デッキから抜いちゃった方が楽ですよ」


「……。剣神クアインも、まさか子供に雑魚呼ばわりされる日が来るとは思っていなかっただろうよ…………………」


 ザイナスがあんまりにもしょんぼりしているものだから、レシュニアンは段々とそわそわした気持ちが大きくなってきてしまった。


「……」


 レシュニアンは性格が悪い。

 悪いが、それは万人に向けたものではない。

 レシュニアンはカードショップにしか居場所が無いタイプのおじさんが嫌いで、臭いおじさんが嫌いで、ファンデッキでガチデッキに勝とうとするおじさんが嫌いで、「子供はカードで遊んでないで勉強でもしてなさい」「カードは卒業してちゃんと騎士を目指しなさい」と言ってくるおじさんが嫌いだ。


「……」


 だが、ザイナスはそのどれにも当てはまらない、憧れのお兄さんだった。

 なので、レシュニアンは特別悪意を向ける理由がない。

 特に理由無く煽るが、それはそれだ。


 レシュニアンを叱ってカードを取り上げるなどするでもなく、レシュニアンを改心させて、周囲の人間と軋轢無くカードをやっていける人間にしようとしているザイナスの内心は──ぼんやりとではあるが──レシュニアンにも伝わっていた。


「ザイナスさん。このカード3種を上限の3枚ずつデッキに入れたらまあ……ファンデッキの中でなら、トップクラスの強さのデッキになると思いますよ」


 レシュニアンがバッグで持ち歩いていたカードホルダーから、9枚のカードを取り出し、ザイナスの手にポンと置いた。


「……? このカード、全てキラキラと光っているぞ。もしやレアカードというやつじゃないか。もしそうならそんな高価な物は受け取れないが」


「いーんですよ。そのくらい無いとザイナスさんはそのへんのカドショですら一回も勝てなさそうですからね」


 ぷいと横を向き、レシュニアンはどこか照れを隠すような悪態をつく。


「しかしだな」


「もし申し訳ないと思うなら、ボクが帝国の大会に出る時に付き添いしてくださいよ。これでも貴族のお子さんですから、護衛の人が居ると助かるんですよねぇ、主にボクが煽り倒した相手がキレた時とかに……」


「そのくらいなら構わないが、そんなことでいいのか? レアカードの代金としては軽くないか。あと大会で煽るな」


「ええ、いいんですよ、そのくらいで。軽い代金だとは思ってませんしー? あと、煽りは呼吸みたいなものなんですよ」


 くけけとレシュニアンが嘲笑う。

 はぁ、とザイナスが溜め息を吐く。

 ザイナスの手が、流れるような手付きでレシュニアンの帽子を取り去った。

 帽子の中に編まれて折り畳まれていた浅葱色の長い髪が、ぶわっと流れ落ちる。


「女の子だろう。自分の身を大事にしなさい。……殴られた顔も、跡に残らなそうでよかった」


 騎士の手が、少しだけ腫れた少女の頬に触れる。


 少女の口から悪態と煽りの言葉の洪水が出かけて、何故か1つも飛び出さなかった。


「……ええ、まあ。気が向いたら、そしときます」


「俺が隣に居る時はお前を何からでも守ってやる。そして他の参加者をお前から守る。好き勝手できるとは思うなよ」


「わぁ、頼りになる御方でボク嬉しくなっちゃう」


 かつて、誰が相手であっても勝ち続けた騎士が、こうしてカード遊びをすれば絶対に勝てない相手が居るように。


 カードであれば誰にも負けない男装の少女にも、カードの世界の外側に、絶対に勝てない人が居る。乙女心は複雑である。


 ガキらしさを残す乙女は、ガキらしい幼稚で短慮な思考で、明日もガキじみたカードショップ浄化作戦を決行していく。

 いつかどこかのタイミングで好きな人から『こんな臭い場所でカードしばいてるんだな』と言われるかもしれない恐怖から逃れるために。


 そして、その度に好きな人に怒られるというドツボに嵌っていくのであった。



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