4、真夜中

 少年達は大声で下品な話をしながら歩き続けた。人通りはほとんど無いから、見失う心配はない。物陰に隠れなくても、離れたまま後を追うことができた。

 彼らが向かったのは、いまでは使われていない廃工場だ。明かりが無いから、ドラム缶に木材の歯切れを突っ込んで火を燃やしている。


「今どきベタすぎるだろ……」

 リューマは割れた窓のそばに隠れてその様子をうかがっていた。ホウレンソウが葉の間に挟まっている気がして何度も舌でこそいでいた。

 ドラム缶のまわりには十名ほどのブルーズが集まっていた。ほとんどは男だったが、少女も何人か混じっていた。派手に髪を染めている。


「で、おまえら……ちゃんとやったんだろうな?」

「もちろん完璧ですよ。バカを騙すのは簡単っすね」

 リューマが後をつけてきた少年が自慢げに腕を広げた。

「つーか、コバルトさんが言ってた通りですよ。単純だからって」


 その瞬間、リューマは背後に気配を感じた。振り返るより早く、壁を蹴る。背中からの体当たりだ。

「ぐえ……!」

 背後の人影はいままさに、バットを振りかぶろうとしているところだった。背中に巻き込んで押し倒しながら、リューマは自分が罠に嵌められたことに気づいた。

「俺のことを尾けてたのか。あいつらも、俺を誘い出すためにわざと俺の家の前で話し込んでたんだな」

 身を起こす。廃工場にたむろしていたブルーズが飛び出してきて、まわりを囲もうとしていた。


「あ、くそ。気絶させるのに失敗しやがったな」

「あのな、頭を殴って気絶なんてうまくいかないぞ。気絶するほどの衝撃だったら脳挫傷で命に関わるんだからやめろ」

 リューマは押し倒したついでに、バットを奪っていた。両端を持って膝で思い切り蹴り上げる。バットはぽっきりと折れた。「げっ」という声がブルーズから漏れた。威圧の効果はあったようだ。


「俺をリンチするつもりだったのか? コバルトの誘いを断ったからって……」

「ちがう、ちがう! そんなことするつもりはないって!」

 ぶんぶんと手を振って、少年の一人が丸腰をアピールした。

「殴ろうとしただろ。俺は暴力は嫌いなのに」

 リューマを襲った少年はしばらく苦しそうにしていたが、立ち上がれる程度には回復したようだ。ケガがなくて良かった、とリューマは思った。


「ちょっと待て、コバルトさんから話があるから……」

 そう言って、リーダー格らしい少年がスマホを操作した。そして、そのスマホをリューマに差し出す。

「もしもし?」

 画面には、通話相手の名前が表示されている。「コバルト」だ。


「コバルトか。どういうつもりだ?」

「俺らが遊んでるところを見てもらえば先輩の気が変わるかもしれないと思って」

「バットでぶん殴られそうになったんだぞ」

「そんなあ。オレはもてなしてやれって言ったんですけどね。変な解釈をされちゃったみたいだな」

 リューマの脳裏に、にやついたコバルトの顔が浮かんだ。せっかく収まった苛立ちが再びわき上がってくる。


「それより先輩、他に気にすることがあるんじゃないですか?」

「気にすること?」

「先輩が出てきちゃったら、家にはお母さんが一人だけでしょう? 何にも起きてないといいんですけど」

 さっと血の気がひいた。リューマはまわりのブルーズのことなど忘れて、走り出した。


「ふざけるなよ。母さんに何かあったら……」

「気をつけたほうがいいって言っただけですよ。でも、俺らに住所がバレてることが分かった時点で連想できてほしかったな。危機感足りてないんじゃないですか?」

 舌打ちして、全速力で元きた道を駆け戻る。


 背後では、リューマにスマホを持ち逃げされた少年が、「オレのスマホ……」とつぶやいていた。



 🟦



 小さな借家が目に入った瞬間、という直感があった。

 間違いなく、鍵をかけてから出ていったはずだ。そうでなくても、飛び出した後に母親が鍵をかけただろう。なのに、いま玄関の鍵は開けられていた。


「母さん!」

 家の中に土足の足跡があった。テーブルがひっくり返されて、片付ける前の食器が床に転がっている。

 6年前から変わっていない古いラジオスピーカーには、母がよく聞いているFMラジオがかかりっぱなしになっていた。

 母はいない。


 スマホに着信があった。

「コバルト……」

「先輩が困ってるかもしれないと思ってかけたんですよ。何かありましたか?」

 白々しい。今も手下に見張らせているに違いない。でなければ、こんなにタイミングよく電話をかけられるわけがない。

「母さんに何かあったら半殺しじゃ済まねえぞ」

「お母さんに何かあったんですか? 大変だ。相談に乗りますよ」

 あくまで、自分は知らないフリを続けたいらしい。ハラワタが沸騰しそうだった。スマホを叩き壊したくなったが、母のためを思って踏みとどまった。


「どこにいるんだ?」

「『ぱれっと』ですよ。先輩も来てください。そこで話しましょう」

「……わかった」

 怒りのあまり、見慣れた家の中が歪んで見えた。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。コバルトには狙いがあるはずだ。

 リューマは家を飛び出し、ぱれっとのあるアーケードへ向かった。



 🟦



 深夜12時。アーケード街の店はほとんどが閉まっている。

 だが、人影はあった。いずれも青いものを身につけている少年たち。アーケードの入口を塞ぐように並んでいる。

 露骨に武器を持っているやつもいた。バットや鉄パイプ。


「時代錯誤だな」

 彼らと対峙したリューマは、自分がいくらか冷静になっていることに気づいた。

「お、マジで来た」

 わざと人の神経を逆なでする調子で、少年の一人が言った。

「いま、コバルトさんはゆっくりお茶してるんだ。誰も邪魔させるなって言われてるんだよ」

「ぱれっとの営業時間は終わってるだろ」

「知るか」

 十人以上がぞろぞろとリューマに向かい合う。その奥にもさらに仲間がいるようだ。ぱれっとのある広場まで、ざっと50人。


「なるほどな」

 リューマはようやく、コバルトの考えが分かった。

 母親を人質に取られている以上、リューマが逃げることはない。ぱれっとに素直に通すつもりもない。ここにたむろしている手下達がリューマを制裁し、動けなくなったところでコバルトの前につれて行く。そうすればリューマは泣きながら頭を下げて母を解放してくれるように頼む……そういう腹づもりだろう。

「そこまでするかね……」

 今度は呆れがやってきた。リューマを跪かせることで自分がブルーズの正当なリーダーだと知らしめたいのか。それとも、単に舐めた態度を取れないようにさせたいだけかもしれない。


「暴力は嫌いなのに」

 1対50。ここまで一方的なケンカは滅多にないだろう。この機会にストレス解消をしてやろうというブルーズ達のほうへ、リューマは歩き出した。

「誰も通すなって、コバルトさんに言われてるからな」

「通るつもりなら、敵ってことだよなあ!」

 ブルーズが武器を振りかぶり――

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