3、一汁三菜

 炊飯器で炊きたての白米。

 出し入り味噌で作ったみそ汁。

 塩焼きにしたサバ。大根おろしが添えてある。

 ホウレンソウのおひたし。ちくわとニンジンが入った卯の花の炒り煮。


「美味すぎる……」

「おおげさなんだから」

 リューマは母の手料理に涙を流していた。狭い借家で肩を寄せ合うようにして食べるこの感覚すら懐かしい。駅では感じられなかった郷愁が、一気に溢れ出してきた。


「さっきは大丈夫だった? 怖い子たちに囲まれてたけど」

「大丈夫だよ。橋本さんが間に入ってくれた」

「橋本くんって運動会で裸になった橋本くん?」

「それ本人の前で言ったらダメだよ。未だに恥ずかしがるんだから」

 コバルトとの邂逅でささくれ立っていた心が、母と過ごす時間のおかげで癒やされていくのをリューマは感じていた。


「でも、よかったよ。こっちにいた頃はケンカばっかりしてたでしょ。大学でうまくやれるのかと思って……」

「あー……はは、まあ、これでも大人になったから……」

 二度の留年が『うまくやっている』の範疇に入るのかどうかはともかく、これまでの6年間でリューマが警察のお世話になるようなことはなかった。地元では刑事に目をかけられて同情を受けることもできたが、知らない土地ではそうもいかないことくらいは彼にも分かっていた。

 仲間達とつるんでいたころは何でもできるつもりだったが、ひとりで東京に過ごすと同じようには行かなかった。心の奥底に潜んでいた人見知りと元々の怠惰が合わさり、一時期は自分の部屋から出ることさえ億劫になっていた。


「これからどうするの?」

 母の心配がぐさりと胸に刺さった。もちろん、リューマに展望などあるはずがなかった。

「じ、地元の知り合いとかを頼って仕事を探してみるよ。これからは母さんにラクをさせてあげないと」

「私は何とかやってるから。焦らなくてもいいのよ」

「そういうわけにはいかないって……」

 この先の予定は何も決まっていない。1年分、どころか一生分真っ白なスケジュール帳を思い浮かべて、リューマは沈痛なため息を吐いた。


 その時、網戸を残して開けたままの窓から声が聞こえて来た。

「……コバルトさんは?」

「……今日は……でも俺らだけで十分……」

 家の前の通りからだ。窓辺に近づいて、様子をうかがう……青い服を着た少年らが、リューマの家のすぐそば、街灯の下で何やら話し込んでいた。


「食べないの?」

「ちょっと待って……」

 指を口に当てて「静かに」のサインを送る。母親は肩をすくめて食事に戻った。


 街灯の下の少年たちは、聞かれていると思っていないのか、それとも周囲のことをそもそも気にしていないのか、大声で話し続けていた。

「あいつ、持ち逃げするつもりじゃねえだろうな?」

「コバルトさんにバレたらボコボコだぜ。そんなやついねえだろ」

 ふたりが話し込んでいるところに、別の少年が走ってきた。

「サーセン! あいつ金払うって言ったくせにゴネやがって……」

「稼ぎが悪くなってきたな。やっぱJKの格好させろよ」

「補導されますよ」

「知るか! ほら行くぞ、集会に遅れる」

 そして、3人はダラダラとした足取りで歩いて行く。街の中心からは遠ざかる方向だ。


「ごめん、母さん、ちょっと用事が……」

「食べないの?」

 リューマはあまり考え込まないタイプだった。だから食事の残りを一気に口の中にかき込み、頬を膨らませながら少年たちの尾行をすることにした。

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