禁じられた色

良前 収

禁忌

この国の王城には、特定の条件下において限られた人だけが着ることを許される色、というものがある。


条件を満たしていない場所や時なら、その色を身につけている者はいる。大勢いる。目に入ってもその色の存在を意識が特に認識しないことも多いくらいに、よく服飾に用いられる色だ。

だが、ある特定の条件でのみは、許された者以外がその色をまとっていたならば、即座に斬り捨てられる――己の血で色を染め直させられるということを、初めて登城する人間にはあらかじめ徹底的に言い聞かせておかなければならない、と年配者の間では囁かれていた。


王侯貴族であろうと平民の下働きであろうと、豪商であろうと他国の奴隷であろうと、やっと歩き始めた幼子であろうと杖をつき半ば盲目の老人であろうと、城に足を踏み入れるのであれば承知している必要がある。身分も立場も縁故の有無も何もかも関係なく、斬られる。

そのように定められていて、実例も少なからず、と称するのはかなり難しいほどに、多かった。

外交問題に発展しかけたことも、国の歴史上、数回ある。


直近では十六年前、四ヵ国を巻き込んだ戦争がようやく終結し、賠償や今後の同盟関係などについての話し合いがこの王城で始まった直後。ある参加国の王子が、その色の服を着た状態でその特定の条件を満たす場に行ってしまった。そして斬られ、死んだ。

その王子も当然事前に言い聞かされていた。くどいと顔をしかめたほどに、繰り返し伝えられていた。その様子は王子の従者だけでなく同じ国から王子を補佐するため共に来た大臣たちも目撃している。

だが王子は大した話ではないと軽視していたのだろう。実際、そのような発言があったと王子の従者は証言した。


その国の使節団は激怒した。国を代表し、彼らを率いて話し合いに臨んでいた王族が、殺されたのだ。父王から寵愛され、第二王子ながら王太子に指名されるやもと噂されていた。使節団の長となったのは立太子前の箔付けなのだと本人も周囲も思っていた、それなのに殺された。

その国も、王城を提供したこの国も、戦勝国だった。今後はより同盟を強固にしよう、そのためにこの国の王女をその王子の正妃にぜひ頂きたい、という交渉が裏で始まったところだった。


交渉時の懸念材料は、王女には既に内々ながら婚約者が決まっていたことだった。この王城を訪れてから判明した。王子側からの打診に、王女もこの国の王家も難色を示していた。

しかしこの縁談は二つの国が互いに利益を得るためのものだ。王女は必ず次の王妃となる。国の政略による婚姻は王族の義務。そう、王子側は主張した。

大臣たちの脳裏には、王子の父王が独り言をこぼすように言っていた姿があった。『いささか軽々しい面もある次男は、優れていると評判のあの王女を添わせてやりたい』


彼らの王が求めていた王子の花嫁は、婚約者だという男と共にその使節団の前に立っていた。嫌みなのかと彼らはさらに激高した。二人の装いは、まるで婚礼のそれに見えたからだ。基本は純白。差し色は銀。

王女の衣装は、王家の儀式や重要行事で王族女性が身につけるものと捉えることもできる。似た衣装を王子側の王族も着用する。だが、もともと王女の護衛騎士だという婚約者が、何故そんな衣装を着ているのか。王位継承権など欠片も持たない、血と泥にまみれ戦うのが本分である騎士が、何故なにゆえに純白の服で腰に剣を提げる。


その剣で我らの王子を斬り裂いたのだろう、と使節団の面々は詰め寄ったが、王女と婚約者は無言でただ立っているだけ。使節団の騎士が剣を抜きかけた――その時、王子の亡骸なきがらを詳しく確認していた使節団の医官二名と大臣の一人が戻ってきた。

医官は幾分青い顔で報告した。王子を傷つけたのは剣にあらず。人間ですらない。おそらくはひどく大型の獣である、と。

それを聞いた使節団の者の多くは余計にいきり立ったが、大臣もしくは準ずる職位を務める者たちは蒼白になった。確認に同行していた大臣は死人のような顔色だ。


直ちに、まだ怒りを露わにしている者たちは追い出された。残ったのはほぼ完全に真相を悟った者たちだけ。それでようやく、王女は口を開いた。


「わたくしとこの者は、この国の守護獣に禁忌を許されているのです」


王子側者たちはうめいた。


「それゆえに、わたくしは次の王と決まっております。そしてでありながら、わたくしの伴侶となるため『試し』を受けてみせたこの者は、わたくしの夫と決まっております」


公にするのは、今回の話し合いがまとまり真に戦争が終わってからの予定でした、と王女は付け加えた。王子を補佐していた大臣の一人が前に進み出る。


「申し訳ございませんでした。ひとえに我々の手落ちでございます」


深く深くこうべを垂れた。


「王女殿下が次代と定められたことは我らも承知しておりましたが、ご婚約者様が『試し』を経て定められたとは推察あたわず……」


他の大臣たちは仰天した。そしてやっと理解した。

王子の父王は、次男に後を継がせる気はなかった。不足の多い息子にできるだけ良い将来をと考え、他国の王配という地位に据えようとしたのだ。

使節団の中で王の意図の全てを知っていたのは、頭を差し出しているあの大臣一人。


当然だ。守護獣による『試し』は各国の最大の機密事項。他国のことでも軽率に漏らしてはならない。

王太子やその伴侶を決めるのに、守護獣の『試し』は必須ではない。やらないことのほうが遥かに多い。挑んで認められなければ、必ず死ぬのだから。

だから軽々しいところのある第二王子には『試し』というの存在すら教えられていなかった。


何が禁忌とされるかは、国によって、守護獣によって違う。

第二王子も自国の王宮での「してなならないこと」は知っていたが、他国にもあるとは思っていなかったのだろう。


使節団のうち守護獣と『試し』の存在を知っていた者たちは、次々と頭を差し出した。

王女は彼らを許した。王子に対し、受けて立ち勝利してみせた婚約者傍に置いて。


世界には守護獣たちとそれらが指定する禁忌がある。

だから、年配者が言い聞かせてくることへは、耳を傾けなければいけない――。

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禁じられた色 良前 収 @rasaki

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