第4話 中院箕月(なかのいんみつき)
ある日の朝・・・
「あーくんおはよー」
そう挨拶してくるのは俺の3つ上の姉…平見優佳(ひらみゆうか)だった。
「おはよう、今日大学は?」
「明日から研修旅行だから今日はお休み!」
大学二階生の姉貴…ぽわぽわっとした見た目だが 『しっかりしている』と周りの評価は高いそうだ。俺はどちらかというと体育会系で、姉貴は文化系…お互い兄弟だからといって、違うタイプであるため兄弟仲は良好だ。
「そうだ、あーくん学年主任の蓮川先生にこの書類渡してもらえる?」
と言いながら、姉貴が部屋に戻り持ってきたのは『進学情報調査書』と表紙に書かれた仰々しいファイルだった。
『本校を卒業後、大学に進学した先輩の紹介』を在学生に資料として見せるため、姉貴にその卒業生としてオファーがあったということだ。
・・つまり、俺が今通っている高校に姉貴はかつて通っていた。
3つ歳が離れているので、在籍の被りはしなかったが
『あの平見優佳さんの弟さんか〜』と教師達からよく言われる。
何せ姉貴は、高校時代…生徒会長だったからだ。だから、こういう進学した先輩紹介…みたいな人選にも抜擢される。
それに対して弟の俺は・・・ただの変態です・・・
その日、高校で3年の学年主任蓮川先生に姉貴から頼まれていた書類を渡した。
「ああ、ありがとう。お姉さんにもありがとうって伝えておいてね。平見くんは頼れる生徒会長だったよ〜」
と、それから姉貴の武勇伝を聞かされることになった。
いやいや、家ではおっとりし過ぎている感じで、むしろ俺の方がしっかりしてるまである!と俺は脳内で反論していた。比較対象されがちな所が兄弟の辛い所…
蓮川先生の長い話を聞いた後、ようやく教室へ戻ろうとした俺は再び呼び止められる。
「ごめん、あの平見くんだよね?生徒会の者だけど、生徒会長が平見くんに放課後生徒会室まで来てほしいって!伝えたからお願いね!」
そう言い残して、生徒会長役員の生徒は走り去っていく・・・
おいおい、まだ返事してないんだけど・・・
今日は生徒会関係のことばかり遭遇しているように感じる。
俺は部外者なのに…これは生徒会長スパイラルに入ったのか!?
まぁ、でも放課後に用事が出来たので・・・
「今日は生徒会に呼ばれてるので放課後の練習は中止でーす!!」
「えぇ〜何の用事で呼ばれたの?」
「いや、よくわかんないけど、とにかくそういうことなので中止です!!」
「ブ〜!!」
同じクラスの能勢紗華と大倉美優の二人にはそう説明した。
ちなみにもう一人…後輩の葛西奈穂にはLINEで『今日は中止!そして今後服脱ぐのはNG!』と送っておいた。
露骨な視線誘導を常習化されたらたまったもんじゃない。俺を枯渇させる気か!
この所ほぼ毎日、放課後はボクササイズに付き合わされて、女子のパンチが飛んでくる・・・ようやく今日は一息つけると安堵していた・・・
しかし、その安堵感は瞬く間に覆されてしまうことになる。
「あの生徒会長・・・一体これは・・・!?」
生徒会室に入ると出迎えてくれたのは、この学校一の人気と実力を兼ね備える完全無欠の生徒会長…中院箕月(なかのいんみつき)
容姿端麗、文武両道の一年上の先輩…そんな生徒会長が何故か既にボクシンググローブを装着し、準備万端といった表情で待ち構えていた。
「ああそれはだなぁ・・・ 三年の女子生徒の中で今君の話題で持ちきりなんだ! 」
「嫌な予感はしますが・・・お聞きします。」
「”殴られ屋”とか言うのかなぁ・・・今君がしていることを調べて欲しいって多くの女子生徒から要望があったんだ。」
「いやっ、それは・・・ただの噂じゃないっスかねぇ・・・」
「聞くところによると、練習だと洗脳して、女子生徒の服を脱がせようとしているとも・・・」
「いやいやいやいやいや!!確かに練習はしてますが、至って健全です!そう健全!!」
「うん。だからこうして私が実態調査することにしたんだ!」
「いやっ・・・その・・・」
「よろしく!あーくん♪」
「生徒会長、学校ではその言い方はちょっと!!」
そう、俺は彼女、生徒会長の中院先輩とは面識があった。
・・・俺が高校に入学する前のこと・・・
当時高校三年の俺の姉貴…平見優佳は生徒会長に就任し、生徒会役員を決めることになったが・・・当時一年生の中院箕月(現生徒会長先輩)を異例の生徒会副会長に抜擢した。
中院先輩は一年生の頃から既に頭角を現し、名家出身も相まってとにかく有名だった。そんな彼女に対して姉貴は生徒会のあらゆることを教え込み、秋には生徒会長選挙が行われるが、そこに中院先輩を推薦させ、当選させてしまった。
当時から中院先輩は常に姉貴と行動を共にし、姉貴が高校卒業後も時々、生徒会業務の相談をしに我が家に訪ねてくるようになった。そこで俺と中院先輩とは知り合っていた。
「今年から同じ高校に入学した弟の蒼馬…あーくんだよ!こちらは二年の箕月ちゃん!」
姉貴の紹介で知り合ったその時は、すごく綺麗な先輩だと少し緊張していた。
しかし、次に中院先輩が我が家にやってきた際・・・
・・・ガチャン・・・
いきなり俺の部屋に彼女がノックもせず入ってくる。
「ちょっ!!先輩!!姉貴の部屋は隣ですよ!!」
その次も
・・・ガチャン・・・
「ちょっ!!何やってるんですか!?隣です!隣!!」
その次も
・・・ガチャン・・・
そしてまた彼女は部屋に入ってきて、何事もないかのように座っている。
もしかしたら、物凄くわかりにくいけど、これって中院先輩のボケなんじゃないだろうか?だったらどんなリアクションを返せば正解なのだろうか?
俺は少し考え、ボケに乗っかるか!!と行動を起こすことにした。
「えっ!!ここ姉貴の部屋だったか〜!間違えた〜」
そう言いながら、立ち上がって部屋を出て、隣の部屋に入っていく。
「えっ!?あーくんいきなりどうしたの!?」
驚いた表情で俺を見つめる姉貴。当然ここは姉貴の部屋である。
「いやっ、ここ・・・俺の部屋でしょ・・・」
「あーくん何言ってるの!!どうかしちゃったの!?」
こんな風に兄弟で揉めていたら、ニッコニコの表情を浮かべながら、中院先輩は部屋に入ってきた。やはり彼女のボケだったらしい。
そんな学校ではなく、家、プライベートで絡みの多い、中院先輩だったが、彼女には生徒会役員に入らないかと何度も勧誘されていたが、俺は丁重にお断りしていた。高校生活は何者にも縛られず自由でいたかったからだ。それでも彼女は俺に一目も二目も置いてくれており、時々こうやって生徒会室に呼ばれていた。
「あの・・・それで・・・いつもどんな感じでしているかを伝えればいいんですよね?」
「そうだ!じゃあ、屋上へ行こうか!」
俺は一部の生徒会役員しか立ち入ることの出来ない部活棟の屋上に案内され、中院先輩のボクササイズ練習に立ち会うことになった。
スタイルの良い彼女がこれ以上何を磨く必要があるのだろうか?
まぁ、俺はいつも通りを心掛けてフォームなど一連の所作をレクチャーした。
そして最後に、制限時間1分間の殴られ屋練習も行った。
「優しく丁寧で、煽るけど他人を馬鹿にするような煽りじゃなく、相手をやる気にさせるような…遠慮や躊躇を取り払ってくれるような煽りを君はしてくるんだね。練習を通してあーくんに夢中になる子も多いんじゃないかなぁ?」
「生徒会長!!余計な俺の分析をしないで下さい!!」
運動神経も抜群の中院先輩は、飲み込みが早く、護身術を習っていたこともあってか鋭いパンチを何発も繰り出してくる。高水準のバランスタイプという評価だ。
それに・・・なんと言っても顔面偏差値が高過ぎる。
「俺のしていること健全だって理解してもらえましたか?」
「いやっ、それが目的じゃないんだ。」
「えっ?どういうことですか?」
「次の文化祭の演し物として、君の”殴れ屋”を正式採用するため、私から説明できるようにしておきたいんだ!」
「生徒会長…ちょっと何言ってるかわからないッス」
この秋文化祭が開催されるが、その体育館特設ステージでの出し物に俺の”殴れ屋”が候補に上がっているという・・・何!?初めて聞いたんですけど・・・俺の知らない所でこんなプロジェクトが始まっていたことに戦慄した。
「もう少しエンターテイメント性を考えたいから、もう一回戦してくれるか?」
と、中院先輩は殴られ屋練習をリクエストしてきた。
・・・そして・・・
「もう、一回戦!!」
「えぇ〜!!」
結局、5戦することになったが、俺の体はヘトヘトの状態で床にぶっ倒れていた。中院先輩はほんのり汗をかいていたが、まだまだ涼しい表情をしている。
「生徒会長・・・もう無理っス!!」
「そうだな。少し休憩しようか。」
「・・・・・・!!!???」
何が起きたのかわからなかった。
うつ伏せになっていた俺の背中に、彼女が乗りかかってきた。
ムギュとベンチ代わりにするように、学校一の美女のお尻に密着され、押しつぶされている。
あぁ、これはそうだ・・・・非常にわかりにくいけどこれは中院先輩のボケだ。
このボケにどう返したらいいんだろうか?と俺は考えるが・・・生徒会長・・・これはどう考えても”ご褒美”です。俺、今日から生徒会長の椅子になります!
結局、それから5戦もやらされてしまい、お互い体力が尽きてしまった。
「うんっ、今日はこれくらいだな。じゃあ続きは明日で!」
「えっ?明日は土曜日で学校休みですよ。」
「うんっ!だから明日は君の家に行く。」
「エエエエエ!!!???明日姉貴はいませんよ!!」
「うんっ!もちろん、君目的だ!」
行動に澱みない。戸惑いも引け目もない彼女の圧倒的な行動力を前に、俺はなす術なく振り回されている。でも、美しいから許してしまう男の悲しい性・・・
翌日、ホントに中院先輩は家に遊びにやってきた。
「と、とりあえず俺の部屋に」
と、彼女を案内したが・・・まぁ当然先輩は隣の姉貴の部屋に流れるように入って行った。だんだん彼女のボケがわかってきた。
「もっとエンタメ性に富んだ演し物になる可能性があると思うんだ!」
中院先輩は俺の”殴られ屋”パフォーマンスが、特に女子生徒に大ウケするのではないかと期待を寄せているそうだ。
「はぁ・・・しかしですね・・・もちろん会長には協力しますが、大事なステージですから、盛り上がりそうにもなく、足を引っ張るわけにもいきませんから・・・やっぱり止めるってなった場合は当然受け入れますよ!」
それから俺と中院先輩は色々話し合いをした。
細かいルールを設定したらどうだろうか?というもので、挑戦者(女子)のパンチが殴られ屋(俺)にヒットしたら1pt、クリーンヒットしたら3pt、ノックダウンで10pt、KOで20pt・・・ポイントを加点式にして合計値で争う競技性を持たせたらもっと盛り上がるのではということだった。
「でも、生徒会長がこんな殴られ屋に興味を持つとは思いませんでした。」
「次の文化祭で私の生徒会長の任も最後だから、はっちゃけたくなったのかも…」
そう言う彼女の顔はどこか寂しげだった。
「文化祭が終われば次は次期生徒会長選挙だね。私は一人の男子を推薦したいだけどな・・・確か二年C組だったと思う・・・」
そう言いながら、彼女は俺の顔をじっと見つめてくる。
「いやいや、おそらくそんな器じゃないんじゃないでしょうか〜ははっ!!」
それから俺達は少し休憩ということで、近くの公園へ散歩に出かけることにした。
「君の家は近くに大きな公園もあるしいい所だね!」
公園内を二人並んで歩く・・・しかし、これって・・・
・・・ お 家 デ ー ト だ よ ね ! ? ・・・
憧れの生徒会長が休日家を訪ねてくれて、普通に散歩デートしてる・・・こんな所を他の生徒に見つかったら、全校生徒のヘイトを集め、確実に殺されるだろう・・・
そんなことを考えていると・・・
「あっ、蒼にぃ!!えっ!?生徒会長・・・!?」
見事にバッタリと出会ってしまった。
目の前には金髪ギャル・・・
彼女は近所に住んでいる幼馴染で同じ高校の一年生…波島彩香(なみしまあやか)…スーパーへ買い物へ行っていたのか、色々詰め込んだエコバックに全身ジャージでめちゃくちゃ素の姿だ。
「なんで蒼にぃと生徒会長が一緒にいんの!!??」
「・・・こちらは・・・?」
「あの・・・幼馴染の波島って言います。」
それから俺は、生徒会長に幼馴染の彩香を紹介し、今日は文化祭の演し物について話し合うため生徒会長が家に来たことを彩香に説明した。
「今から蒼にぃの家に帰るんだ?じゃあ私も一旦家に帰ってから蒼にぃの家に行く!!」
「なんで!!??」
「なんでも!!」
結局、その後ジャージから着替えた彩香が遊びに来て、気まずい雰囲気になる・・・と思われたが、せっかく成績優秀な生徒会長がいるからということで、どちらかというと落ちこぼれ系の俺と彩香は中院先輩から暗記方法や勉強方法について手ほどきを受けることになり「オォ〜〜!!」と二人して感動し、有意義な一日となった。
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