第3話 葛西奈穂(かさいなほ)

とある日の休み時間・・・

「ねぇ平見くん!」

「えっ、何?」

「平見くんって・・・放課後に女子生徒のダイエットを手伝ってくれるんだよね!」

「えっ?」

俺はあまりよく喋ったこともない女子生徒からそう聞かれた。


昼休み時間・・・

「平見くん!!平見くんに言えばダイエットのお手伝いしてもらえるんだよね!」


・・・う〜ん・・・これは・・・ちょっと・・・


非 常 に ま ず い で す よ !


同じクラスの女子、能勢紗華と大倉美優、彼女達と放課後にダイエット目的でボクシングの練習をしていることがどうやら噂になっているらしい。女子の情報網はパネェから瞬く間に広がってしまう…いやっ、もう手遅れか?本日もう二回声を掛けられている。


「先輩っ!!」

教室へ戻ろうとした時、また俺は呼び止められてしまう。


「どちら様です・・・か・・・って・・・葛西ッ!?」

そこにいたのは一年の葛西奈穂(かさいなほ)…中学時代、俺が陸上部だった時、彼女も陸上部で後輩だった。


「蒼馬先輩!お久しぶりです!」

「あぁ、久しぶり。」

「単刀直入に聞きます!放課後、先輩を殴ってもいいですか?」

「いいわけ・・・ねーだろッッ!!」

この後輩は何を言っているのだろうか?

「だって、先輩をボコボコにしていいって聞いたので飛んできたんです!」

「ああ、それはデマだから、さぁ帰った帰った!」

俺はシッシッと追い払うようにジャスチャーする。

「高校で先輩と絡める機会なんて滅多にないんですから、絶対逃すわけないじゃないですかー!」

確かに彼女と話すのは、彼女が入学して数日間くらいで、以降は俺が帰宅部ということもあって接点もなく、話しをする機会もなかった。


「おい、葛西・・・お前・・・まだ俺のこと・・・?」

「はい!蒼馬先輩のこと好きですよ!」

間髪入れず返ってくる返答。

葛西奈穂…彼女は中学の時から俺に対して矢印を向けている・・・

俺はかつて彼女に二回告白されていた。


中学三年生の春・・・俺は陸上部のキャプテンを務めていた。しかし、これまで長年の陸上部顧問だった先生が定年退職となり、代わりの新任顧問の先生だったが、陸上のことは全く無知の状態・・・更に加えて部内でいじめ問題が勃発・・・集団ではなく一対一の問題だった。

このように陸上部は色々な問題が山積みで、新任顧問の先生からキャプテンである俺に問題解決のため相談やお願いごとをされていた。

『俺に問題を押し付けてないっスカ!!』と突っ込みたくなる程だ!!


「練習量を上げれば、練習がきついって部を辞めていく人が増えます。僕が一年の一学期末に入部した時は30人程一年生部員はいましたが、結局今残っているのは4人だけです。だからと言って練習量を軽くすれば、地方大会、全国レベルの選手は育ちません。どっちにするかは先生次第です!」

・・・等と練習メニューについても決定するまではないにしてもかなり助言はしていたと思う。そんな感じで部内のゴタゴタで精神的に疲弊していた俺は、記録も伸びずに悩んでいた・・・そんな時、彼女…葛西奈穂から告白されたが・・・

「何、言ってんの!?空気読めよ!!」みたいな感じで断った。

ついイラついて、かなりきつい言葉で返したかもしれない。後ですみませんでしたと彼女から平謝りされた。今思うと、彼女は落ち込んでいた俺を励まそうとしていたのかもしれない。それが一回目の告白。


そして、中学三年の秋・・・陸上部を引退した俺はようやく高校受験に向けて本腰を入れなければと考えるが、もう周りの同級生達はもう一歩も二歩も、遥か先を走っているように思えた。そんな時に、彼女、葛西奈穂からまた告白されたが・・・

「受験を控えてんだぞ!いい加減にしろ!」と今度は俺から言ったわけではなく、葛西の同級生のある女子からぶちギレられて二人は大ゲンカになったそうだ。

何故か俺の知らない所で場外乱闘が始まったらしく、後日二人でお騒がせしましたと謝りにきた。そんな感じで二回目の告白もご破算となった。


とにかく言えるのは、葛西奈穂、彼女の告白はタイミングが悪すぎる!!


不憫というか・・・時勢が読めないというか・・・まぁ、根は悪い奴ではないので関係性がなくなることはなかった。「まだ好きでいてもいいですか?」という言葉も掛けられたが、俺はなんとなく濁しながらこたえていた。


「蒼馬先輩がいるから、この高校を受験したんです!」

「先輩がいないので陸上部には入りません。」

もう、めちゃくちゃ俺のことが好きじゃん!!恐怖すら感じるぜ・・・


まぁ、葛西は顔も良くてモテる女子だし、悪い気はしなかったが、あまりにも強烈な矢印をこちらに向けられていることもあって、接触は極力しないように控えていた。


・・・あのなぁ、葛西よ・・・俺、平見蒼馬は女の子が大好きだ・・・

しかし、その大好きという理由は、夜ベッドの中で一人モゾモゾするためのオカズとして好きということなんだ・・・

実際に交際を迫られたら、ヘタレで優柔不断な俺が決められるわけないだろ!・・・そんな、最低な理由から俺は彼女が向けてくる矢印を上手くかわしてあしらいながらやってきていた。


「先輩のことが大好きですよ!でも私は過去の反省から自分を押し付けるようなことはしません!返事が聞きたいとも言いません!でもいざって時にいつでも先輩を襲えるように準備はします!」

めちゃくちゃなこと言ってませんかね・・・彼女・・・

「で、でも仮にお前が今でもそういう気持ちでいるなら、俺を傷つけたりとか・・・殴りたいなんて発想に行き着かないんじゃないか?」

「いえっ、そんなことないですよ。私は蒼馬先輩が苦しんだり、没落していく姿を見るのが大好物なんです!母性本能が働くっていうか・・・先輩ならわかってくれますよね?」

「わかるかー!!」

俺も大概だけど、こいつは更にその上をいくサイコパスだ。


「とにかく、知らん知らん、けーれけーれ!!」

「研究棟の裏庭ですよね?放課後そこに行けばいいんですか?」

「知らん知らん、けーれけーれ!!」

「絶対来てくだいね!私行きますから!」

「知らん知らん」

そう言って、俺達はそれぞれの教室へ戻った。塩対応であしらったつもりだが放課後、研究棟の裏庭に彼女は来るんじゃないだろうか?いや来るだろうなぁ・・・


放課後、同じクラスの能勢紗華は委員会のイベントの片付けで忙しく、大倉美優もその片付けの手伝いに駆り出されるということだった。

そうなってくると、今日の放課後は自由ということだが・・・葛西奈穂・・・あいつはおそらく来るんだろうなぁ・・・と思いながらも、このままばっくれてやるか・・・でもな・・・一応、いるかどうかだけでも確かめに行って見るか〜と・・・結局俺はいつもの場所へ足を運んだ。


「蒼馬先輩、よろしくお願いします!」

めちゃくちゃ準備万端な葛西の姿がそこにはあった。

「お前、そのグローブ?」

「ボクシング部に行って”研究棟裏庭”って言ったら、何も言わず貸してくれました!」

なんだよそれ!俺はボクシング部と何も提携関係を結んでもいないのに何故そんなルートが出来ているかは不明だ。

「葛西、まずはそのグローブを外せ。せっかくお前と一緒に練習するなら、まずはダッシュ訓練からだ!」

「えっ?ダッシュ訓練?」

「そう、坂道ダッシュ10本!階段ダッシュ10本からだ!」

せっかくだから中学時代のように体を動かしてみたくなった俺は、葛西を巻き込んでガチ練習することにした。

制服のままで走り込み・・・果たして葛西は俺についてこれるのか?

・・・普通について来やがった!!!

坂道ダッシュ10本、階段ダッシュ10本、ちくしょーもう一度、10本ずつ追加

・・・このメニューでも制服のまま普通にやりきった。葛西は俺が中学を卒業してからも陸上部を続け、全国大会に出場するまでに至ったそうだ。


「流石だなぁ、全国レベルは。・・・なんでお前陸上を続けてないんだ?」

「先輩がいないからです。先輩こそ何故陸上部に入らなかったんですか?」

「俺は誰かに縛られたくない。自由になりたかったからだ。走りたいを思ったら何者にも強制されず自分で走る。自分の行動は自分で決める。ただそれだけ!」

「そうなんですね。じゃあそれに私もまぜてください!」

「いや〜それは・・・ちょっと〜」

「ぶぅ〜!!」

それからは、ボクシンググローブを着けての一通りの練習をした。久々に体力を使い切るほど運動した。葛西も疲れた表情を見せながらも、終始楽しそうな顔で練習をこなした。

「今日はありがとうございました。私、明日も先輩と放課後練習したいです!」

「いやっ、どうだろう・・・わかんないけど・・・時間が合えばかなぁ〜」

「はい!よろしくお願いします!」



そして、次の日の放課後・・・


「蒼馬くん・・・?」

「ええっと・・・蒼馬くん?」

「・・・蒼馬先輩・・・?」


同じクラスの能勢紗華と大倉美優、そして後輩の葛西奈穂・・・俺は三人の女子に取り囲まれていた。


「私が委員会のイベントで忙しくしてた時に・・・色々やってたみたいだね・・・」

静かな怒りが溢れ出す能勢の表情が恐ろしい。


「蒼馬くん・・・彼女は・・・どちら様?」

「初めまして!私は蒼馬先輩が中学で陸上部の時の後輩で葛西奈穂って言います。」

「そうなんだ!私は大倉美優、こっちは・・・」

「能勢紗華です!よろしくね!中学の後輩なんだ〜?」

「はい!蒼馬先輩の中学時代のエピソードなら任せてください!」

それから、彼女達はすぐに打ち解けていた。仲良しでなにより・・・と思う反面、彼女達が結託したこういう時は・・・俺は確実にイジられてしまう!!


「・・・ってことがあったんですよ〜!!」

「そうなんだ〜蒼馬くんはモテモテですなぁ〜」

「おいっ、いやっ、ちょっと!!」

「でも、一貫して蒼馬くんはエッチでスケベで変態な所は変わってないみたいだね!」

「くっ、とにかく練習するんだろ!練習!」

今日は三人いるが、とりあえず能勢、大倉、葛西の順で練習することになった。

パワーの能勢、戦略の大倉・・・動きはスムーズで着実に上手くなっている。

「まさか美優までボクシングしたいって言い出すとは思わなかったよ〜」

「だって、紗華があまりに楽しそうだったから〜」

楽しそうにしている二人を見ると、こんな感じで楽しく運動してもらうだけで十分・・・そのために俺をこき使って下さいと思う。


・・・そして、最後に葛西の順番が回ってきた。

「やっと私の番ですね・・・ちょっと待ってくださいね。」

そう言うと彼女はおもむろに着ている制服を脱ぎ始めた。

「おいっ!!」

「ええぇぇ〜〜〜!!」

「何ッッ!?」

慌てる二年生陣を他所に彼女は淡々と服を脱ぎ・・・

「大丈夫ですよ!下に陸上部のユニフォーム着てます!動きやすい格好になりたかったので!」

葛西は制服の下に中学時代の陸上ユニフォームを着ていた。

・・・でもね・・・そのユニフォームって・・・かなり際どいんスよ。

陸上部所属だったからこそわかる・・・そのユニフォームの破壊力を!!

「ちょ、ちょっと〜それ水着だよ〜!!」

「ビキニじゃん、すごいセクシーなユニフォーム!本当にユニフォームなの!?」

能勢と大倉、お前達のリアクションは痛いほどわかる・・・(血涙)

しかし、それを肯定してしまったら、中学三年間こんなユニフォーム姿の女子部員達の横でやってきた俺等男子部員が下心満載のスケベ部員と思われてしまう。


「蒼馬くん・・・?」

「な、何でしょうか大倉さん・・・?」

「蒼馬くんが何故こんな変態になっちゃったのか・・・その理由がわかった気がする!」

チェックメイトされてしまった。


そして、1分間の『殴られ屋』練習タイム・・・

よりによって陸上ユニフォーム姿の葛西と対戦することになった。

「昔のユニフォームだから、かなりぴちぴちなんですよね!」

中学時代に比べ、お◯ぱいもかなり成長してやがる…こいつッ!

これはヤバいかもしれない…何がヤバいって…それは、そのぴちぴちのユニフォーム姿を見て…俺の下半身がモロに反応しているからだ!


「逃げないでください!エイッ!!」

「やっ、やめ・・・!!」


・・・これはヤバイ!!・・・


・・・ホントにマズい!!・・・


・・・バシッ!!ボコォッ!!・・・


色々と躍動するせいで、俺は勃◯が止まらなくなっていた。そんな状態でパンチをかわしきれず、葛西から何発かパンチをあびせられる。


・・・ふざけんなっ!そんな綺麗な顔でこっちをまっすぐ見つめてこられたら、俺がいかに邪な気持ちしかないのがバレるだろうが!!??・・・


・・・これは地獄!!拷問!!・・・


ようやく1分間が終了した。何とか耐えきってノックアウトはされなかったが、俺は地面に正座するように蹲っていた。


「・・・すまない・・・流石に三連戦したから、肉離れじゃないんだけど、筋肉に異常をきたしたかも・・・」

嘘である。ただただ俺は勃◯が止まらないだけだ。


「保健室行く?」

「そこまでじゃないと思うから大丈夫!少しだけ休ませて!」

できればトイレに駆け込んで一発、二発悪いものを発散したいのが本音だが、女子の手前そんなこと言えるはずがない。


・・・こうして、その日の練習は何とか終わり、俺達四人は高校を出て駅まで一緒に帰っていた。


「奈穂ちゃん、すごいエッチだったよね〜ビックリしたよ〜」

「いやっ、これは蒼馬先輩や皆さんの前だけです!」

「でも、グイグイくる奈穂ちゃんはスゴイな〜って思ったよ〜私達も考えを改めないといけないよね〜美優!?」

「うんっ!その通りだと思う!」

「いやでも先輩達はみんな同じクラスだし、すごく羨ましいです!」

女子トークしているので、俺は変に加わらず静観しているだけでいいので助かる。


「私、4月2日生まれなんです。だから、あと1日、あと数時間早く生まれていれば皆さんと同じ学年だったかと思うと・・・悔しくて・・・悔しくて・・・」

と葛西は目に涙を滲ませる。確かに、葛西と同じ学年、同級生だったとすれば・・・もしかしたら、彼女の押しに負けて俺達は付き合っていたかもしれない。


「でもさ、奈穂ちゃんは陸上部時代の蒼馬くんを色々知ってるんだからやっぱり羨ましいよ!いい所も変態な所も・・・かな?」

「・・・は、はい!先輩にイヤらしい目で見られる女子部員がいっぱいいて困ってました。でも、先輩まあまあイケメンだったから問題になりませんでした。」

まあまあって何だよッ!?でもイヤらしい目で見ていたことは普通にバレていたのかと思うとゾッとする。

「やっぱりいろんな子に目移りするのが蒼馬くんなんだね・・・ところで蒼馬くん?」

「な、何でしょうか?」

「蒼馬くんはどんなタイプの女の子が好きなの?」

「あっ、それ私も気になります!教えてください!」

いきなりの横槍が飛んできた。能勢、大倉、葛西の三人はじっとこっちを見つめている。女子トークは傍観していても、いきなり精神を試されるような戦闘が始まるのが恐ろしい。


どんなタイプかと聞かれても・・・何を答えても角が立ちそうだ・・・


「あの、女性の形状をしていれば、それは俺のタイプです!あっ、でも最近は男の娘というジャンルもあるし・・・まぁ、実際はないかもだけど・・・妄想ではあるかもしれないし・・・でも、”女の子がタイプです!”って結論に行き着くかもなぁ・・・」


・・・等と、独り言を喋るかのように俺は話し込んでいたが、それを聞く三人の表情がみるみるうちに鬼の形相に変わって行く。


「この変態!!」

「人でなし!!」

「女の敵!!」


・・・ボコッ!!バキッ!!ドガッ!!ガツンッ!!ドゴンッ!!・・・



・・・もうそろそろボコられエンドは終わらせてほしいと思う俺だった。

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