第2話 大倉美優(おおくらみゆ)
「おはよう大倉!!」
「あっ、おはよう・・・変態平見くん・・・」
朝最初の挨拶がこれである。
「ちょっと酷くないですかー大倉さん?」
「だって紗華だけじゃなく私にもイヤらしい目を向けてくるからね!」
そう言いながら警戒した目で見つめてくるのは、同じクラスの大倉美優(おおくらみゆ)…現在、放課後にボクシングトレーニングをしている能勢紗華の友人だ。
男子生徒に人気のある能勢の隣に隠れているが、大倉美優…彼女の隠れファンもわりと多い。・・・まぁ俺は彼女の隠れファンでは・・・ないけれど・・・少し、っ・・・彼女との間で・・・とある事件を起こしたことがあった。
・・・・・・・・・・・・・・
それは二年の一学期に社会科見学の授業で放送局に訪れた時の出来事・・・
見学グループリーダー的なことをしていた俺と大倉は、見学レポート用の資料をもらうため放送局の一階フロアで待機していた。他のメンバーは一足先に最寄駅まで移動してもらい、資料を受け取っ後で俺達は追いかける形で合流することになっていた。
程なくして資料を預かり、駅まで移動することになったが・・・
「結構待たされたなー、早歩きで駅まで向かうか?」
「うんっ!」
「大通りを歩いて行くルートもあるけど、こっちの方が早く着くんじゃない?」
と、俺はスマホ画面に映し出された周辺マップを大倉に見せる。
「この細い道…ショートカットコースでしょコレ!」
碁盤目状の街区を突っ切るような路地が表示されている。道幅は狭そうだが最寄駅までの最短コースは明らかにコレだった…ということで、俺と大倉はその最短ルートを使って移動することにした。
「何ッ!!このオサレな通りは!!??」
オフィスビル群の中央を突っ切る狭い裏路地…そこには小物雑貨店やカフェ、路面店などオシャレなお店が所狭しと立ち並び、アンティークな街灯、噴水などの異国風の街並みが広がる若者向けのおしゃれな通りとなっていた。
後に調べてわかったが、元々治安がよくなかった裏路地を再開発して、知る人ぞ知る若者向けのオシャレ通りに変貌したらしい。
平日の昼で人の数はまばらだったが、この狭い通りを散策するように歩くだけでワクワク感が半端ない。
「あっ、これ可愛い!!」
「もっとじっくり見たいなぁ〜」
”みんなと合流しなければ・・・急がなければ!!”という気持ちはあるものの・・・そんな使命感など瞬く間に吹き飛んでしまった。
俺と大倉はこのオサレ空間のオサレな空気に完全に飲み込まれてしまったのだ。
「なぁ大倉?放送局の担当の人が別の急用が入って資料をもらうのにかなり時間が掛かりそうってLINE送ってもらえるか?みんなには後から遅れて合流するからもう先に行っててってさ!」
「了解!!・・・時間は?」
「3、40分くらい」
「了解!!」
全てを察した大倉は遅れる旨をLINEしてくれた。
「よしっ!!それじゃあ、あそこの雑貨屋から行きますかー!!」
俺と大倉の二人は社会科見学そっちのけで遊び倒すことに決めた。
「売店で買ったものはあそこの2階オープンデッキで食べれるらしいよ!」
「何食べようか?」
「凄く美味しそうなクレープ屋さんがあった。」
「よしっ、食べよう!!」
俺達は何もかも忘れて遊び倒した・・・そして、駅へと帰ってきた・・・しかし、ここにきてようやく我に返り始めてくる・・・
・・・俺と大倉・・・さっきまで普通にデートしてたよな・・・ナチュラルに手を繋いでいた記憶もある・・・
これまで時々話をするくらいの関係・・・そんなクラスメイトと普通に擬似的ではあるけどデートしたよ・・・そんな彼女の顔を見ると・・・
『 や っ ち ま っ た 』
まさに俺と同じようなリアクション顔になっていた。俺達はさっきまでの行動を振り返りながら結論を出すことにした。
「あのさ大倉・・・俺達は”場に飲まれた”だけだよな?かっぺがオサレな都会の雰囲気にテンションが上がり・・・はしゃいだけ・・・ほんの少し羽目を外しただけだよな?」
「・・・私達そこまで田舎暮らしじゃないと思うけど・・・でも、たぶんそう!場に飲まれて羽目を外しただけだと思う!」
「・・・言いにくいんだけど・・・さっきは俺達、瞬間的だけどラブラブな関係になったような気がしたんだけど・・・これはあくまで瞬間的で・・・事故的なこと・・・だよな?」
「そうそう!事故だよ!事故!」
普段からお互いを意識していた訳でもなく、こんなことになるとは考えもしなかった。
「だなっ!!繰り返すけど・・・事故だよな?」
「うんうん!そう!事故だよ・・・だけど、今度同じようなことが起きたら・・・たぶん・・・私・・・とっても言いにくいんだけど・・・ラブチュッチュが爆発すると思う・・・」
「ラブチュッチュが爆発する?」
何だよ!その頭悪そうな表現は?・・・でもなんとなく言いたいことはわかった。
「たぶん俺もラブチュッチュが爆発すると思う!」
お互いの感情が爆発して・・・その後はどうなるかわからない。
しかし、裏を返せば爆発しない未来も十分に有りうるということだ!
それをお互い割り切って考えられることも確かめ合った。
「今日のことは何もなかった。ノーカウント!ただ俺達は資料をもらうのに長時間待たされただけ!OK?」
「だねっ!OK!」
「これからは何事もなく平和に暮らしていこう!」
「うんっ!」
・・・・・・・・・・・・・・
・・・こんなことが今年一学期に繰り広げられたのだ。
それから少し気まずい関係が数日間続いたが、今ではすっかり収束し、彼女とは普通の間柄となっていた。
現に”俺は彼女を特別に意識している”ということはない。ただ、俺と彼女は考え方がよく似ていることがわかった。俺がこう考えているなら、彼女も同じようなことを考えてるだろうなと思える場合が多い。
放課後、そんな大倉からLINEが届いた・・・
{今日は練習しないの?
えっ、するの?}
{えっ?
えっ?}
結局、今日も放課後はいつもの場所(研究棟の裏庭)へ行くことになった。
モジモジしている大倉美優の姿がそこにはあった。どうやら今日は彼女一人だけのようだ。
う〜ん・・・そうだな・・・
” こ れ は こ れ で ア リ ! ! ”
モジモジと内股で気弱そうな彼女・・・に対して、ボクシンググローブとのギャップが・・・正直堪りません!!大倉も能勢もクラスの女子は脚を惜しみなく披露してくれるから・・・ホントに助かります!!はい!!
「あの・・・大倉・・・さん?」
「今日紗華は委員会で来れないから・・・私がその・・・代理的な感じで・・・来ちゃった〜」
「いやいや、来ちゃった〜じゃないよ!だったら今日は休みということでいいだろ?」
「殴られ屋さん・・・紗華といつも楽しそうにやってるから・・・私もね・・・ちょっと体験してみようかなぁ〜って、ほら、今なら初回無料で千円分のポイントも付くし!!」
「そんなサービス一切してねーよ!!勝手な販促キャンペーン展開するな!!」
・・・等と言い合ったものの、結局彼女に付き合うことになった。
正直な所・・・大倉みたいな見た目少し気弱そうな女の子がボクシンググローブをはめて鋭いパンチを繰り出すようになったら、めちゃくちゃ興奮する!!俺は彼女を成長させるチャンスだと確信し、ボクシングのレクチャー、その後は制限時間1分間の『殴られ屋』対戦プレイと練習メニューを消化した。
ここで気になるのは『ラブチュッチュが爆発する』という彼女の過去の発言だった。このボクシング練習の過程で、俺達はあの時のような気持ちになってしまうのではないか・・・という思いが正直よぎったが・・・結果として、そんな気持ち&そんな雰囲気にはならなかった。
あくまで体を動かすのが目的であり、色恋マインドが入る余地はなかったのだ。
それでも彼女には少しでも楽しく練習してもらおうと、俺はパンチが当たると大げさに転がったり、オーバーリアクションがどうやら好評だったようで、彼女はとても満足してくれたようだ。この練習パートナーとして放課後の時間を過ごすことで相手との心の距離が一気に縮まるのを感じていた。
そして、次の日の放課後も大倉が俺の席の前にやって来た。
「蒼馬くん・・・今日も紗華は委員会なんだけど・・・いつものお願いします・・」
「ごめん、今日は定休日なんですよ〜」
「学校には来てるのに?放課後何か用事があるの?」
「いやっ、特に用事はないけど・・・」
「えっ?」
「えっ?」
結局、今日もいつもの場所(研究棟の裏庭)で練習することになった。
今週は月火水は能勢の練習、木金は大倉の練習・・・ずっと放課後はここへ来ている。
練習前、大倉はボクシンググローブを着ける前に、怪我防止のためのバンテージを手に巻いていた。
「なんか・・・これってちょっとカッコイイよね!」
楽しそうに両手を眺めている彼女・・・おやおや大倉さん…俺じゃなきゃ見逃しちゃう所でしたよ〜と俺は彼女を見てある一つの仮説を考えていた。
「大倉って・・・もしかして・・・元々”陰の者(いんのもの)”だったんじゃない?」
「なななななななな・・・何言ってんの!!そんなことないよ!」
彼女は明らかに動揺した反応をする。
「本当にですか?」
「中学時代の陰キャから心機一転!高校デビューを果たしたけど、最近じゃ、もうそんなのどうでもいいと思ってます!・・・っとか、そんなんじゃないよ!!」
もう答えを言っているようなものである。掘り下げればボロがどんどん出てくることを俺は確信した。
「それに・・・さっきのカッコイイ発言・・・大倉はちょっと中二病も入ってた・・・とか・・・?」
「ちゅ、ちゅちゅちゅ、、、中二病ちゃうわ!!」
もう返事の仕方がまさにそれである。
「じゃあさ・・・今の自分を表現する台詞を俺に中二病っぽく言って見せてよ!!」
俺の無茶振りなリクエストにも関わらず、彼女は少し考え込み、何か決まったように前を向く。そして・・・
「 我 ハ ト リ ガ ー ヲ 求 メ シ 者 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人って、こんなにも真っ赤になることができるんだ!と思った。
彼女の顔はみるみるうちにリンゴのように真っ赤に染まっていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・誰か・・・私を・・・殺してくれよ・・・」
・・・大倉美優という女の子は面白い!!心から俺はそう思った・・・
それから、真っ赤な女の子を他所に俺達はボクシングの練習をした。
彼女は考えて攻撃してくるスタイルだ。先に対戦した能勢紗華は『脳筋パワータイプ』だとしたら、大倉はちゃんと戦略を立ててパンチを繰り出してくる厄介なタイプと言える。俺の動きに合わせて先読みしようとさえしてくる。女の子だと思って油断していたが、こんなにも個性があるんだと思い直す程だ。そして少しこの『殴られ屋』プレイもだんだんと楽しくなってきた。俺は彼女と『先の読み合い』を続けた。
・・・練習後、俺と大倉は学校から駅まで一緒に帰っていた。
彼女はトリガー(引き金)を求めていると中二病発言した。
しかし、それは”何の引き金”なのだろう?
もしかしたら”ラブチュッチュ”の起爆装置じゃなかろうか?
そこを問い詰めたい所だが、中二病台詞にマジレスしたら、彼女はきっと羞恥心で死ぬだろう。多分、俺も共感性羞恥心で死ぬと思う。
この二日間、彼女とボクシングの練習をしたが、俺達には心境の変化(ラブチュッチュの爆発)は起らなかった。でも彼女の言動から見ても・・・心のどこかで心境の変化を望んでいるんじゃないだろうか・・・と思えてきてしまう。
・・・だとしたら・・・俺は・・・
「大倉!!俺を見てくれ!!」
「えっ?何?」
「 我 モ ト リ ガ ー ヲ 求 メ シ 者 」
例の中二病ポーズを大倉の目の前でバシッと決めてみせる!
・・・ドォッォォーーーーンッッ!!!・・・
・・・こうして俺は真っ赤になった彼女に、殴られ屋プレイをする時よりも見事なボディブローを決められてしまった。
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