第9話 あっと驚くお嬢様

「ダメか」

『ああ。結界は張れないな。すまないがレンだけ現場に向かってくれるか?』

「どうした?」

『俺を見られて、記憶が残ったまま町に戻られると困る。それはレンが望むところではあるまい』


 ……確かに。

 そもそもこの未知の生き物を隠すために村に結界を張って、危うい時はイルカアローで記憶を消しているくらいは徹底している。

 今日は昼寝をしていて結界が破られるまでフリンクを見られていないから姿を見せない方が賢いか。


「ならそれで。上空か?」

『ああ。上から見ている』


 そう言ってフリンクは急速上昇しあっという間に見えなくなる。

 あの高さで見えるのか? そこは『イルカ・アイ』があるので問題ない。

 まるでその場にいるかのようなクオリティで視認可能で、やろうと思えば透視もできる。悪用も可能なため俺はあまり使わない。


 さて、俺だけになったが特に不安はない。

 結界を破壊した人間が凶悪な魔法使いとかでもないかぎりは。


「流石に緊急事態ではあるから慎重に調査をしないとな」


 そのまま早足で現場に向かっていると、なんだか騒がしいところに出くわした。

 見れば村長のゼンさんやバートリィ家と言ってたセキト様が村の入口に集まっていた。

 現場はあのあたりなんだけど、もしかしてあの中に犯人が居るのか……?

 恐る恐る近づいて様子を見ることにした。


「ようこそいらっしゃいました! フォンダ村はなにもないところですが静かな村です」

「まだお屋敷は出来ていませんが、本日はいかがされましたか?」

「うむ、療養前に挨拶をしておきたいということだった。ささ、お嬢様」


 遠目から見ていると、そんな話が聞こえてきた。どうも屋敷に移住する人がご挨拶に来たらしい。貴族なのに律儀な人だ。

 だいたい聞くところによると、貴族は横柄な人が多いらしいからな。


 「ありがとう、セキトさん」


 すると控えていた馬車から『CV:堀〇 〇衣』のようなキレイな声が聞こえてきた。

 そしてお付きの人が馬車の扉を開けると、キレイな人が降りてきた。


「初めまして、私はカイと申します。今日は視察だけですが、よろしくお願いいたしますね」

「おお……」

「これは可憐な……」


 療養者はカイ様というらしい。みなが感嘆や感想を口にするが、俺もちょっとびっくりするくらい可愛いと思った。村の娘も可愛い子は多いけど、それとはまたベクトルが違う。


「儚げな感じがあるからだろうか? ……まあそれよりも、だ」


 ……ここに来てあの子が結界を破った人間、というのが判明した。どうやったのかは分からないけど、カイ様から魔力の波動を感じない。


「ん? 感じないぞ……? 魔力が無い、みたいな感覚だ」


 イルカアローで超音波検査をするがそれが返ってこない。

 本来であれば対象の魔力を反射してきたデータで相手の強さなんかを図れるんだけど、それがまったくない。ゼロと言ってもいい。


「一体どういうことだ……?」

『(わからんが、彼女が関わっていることは間違いない。接触してみるか?)』

「どうするかな。貴族の人だし、近くに行くのははばかられるだろう。彼女が帰った後に結界を張り直して、次にどうなるかだな」


 声をかけるどころか近づくのもあまり好ましくないだろう。あのセキトという執事みたいな人は村の人達とは関わりたくなさそうな感じだったし。

 まあ原因は分かったので、次は対策……そう思っていると――


「あちらの方は?」

「え? おお、レンじゃないか」

「こんにちは!」

「あ、ああ、へへ……」


 カイ様が俺に笑顔を向けて小さくお辞儀をしてくれた。正面からみるとびっくりするくらい可愛くてびっくりした。

 なんか緊張して気持ち悪い笑顔と返事になってしまった気がする。


「お嬢様、村の者には構わなくても大丈夫かと」

「まあ、なにを言うのですセキト。これからお世話になる方々なのですよ、全員に挨拶をするくらいは必要です」

「しかし――」

「いや、カイの言う通りだ」


 セキト様が難色を示したその時、続けて渋い男性が馬車から降りて来た。精悍な顔つきに灰色の髪をオールバックにし、顎に少しだけ髭のあり、身なりは完全に貴族だ。恐らくカイ様の父親だろう。


「これはローク様! まさかいらっしゃるとは」

「大切な娘を頼む村だからな。視察するのは当然のことだろう。ゼン殿、村の皆さん、カイをよろしく頼む」

「いえいえ!? こんな村で良ければいつでも……護衛もつけられるとか?」

「うむ。そこな若者、どうしてそんな遠いところにいる?」

「へ? あ、いや……」

「レンもこっちに来て挨拶をしなさい。……ミドリも」


 村長が呆れた顔で俺にそういう。そして母さんがいつの間にか後ろに立っていた。

 二人で貴族の方の近くへ行く


「では一度、自己紹介といこう。私はローク・バートリィという。この地方ではそれなりに有力な家だ。娘をよろしく頼む」

「恐れ入ります」


 ひとまず近くに行ったところで親父さんが挨拶をした。紳士って感じで好感が持てる貴族だと感じる。握手などをしているのを尻目に、俺は母さんに小声で話しかける。


「母さんどうしたんだよ」

「急に飛び出していくからびっくりしたのよ。フリンクは?」

「あ、あー、今はあいつの話はいいから」

「レンさん、でしたか? フリンクさんという方がいらっしゃるのですか? 弟さんとか?」

「いえ、気にしないでください」


 お二人が村の人に挨拶をしている中、カイ様が俺の話を聞いていたらしい。

 だけど、スルーしてもらいたいため、真顔で返しておいた。

 

「カイ様! 握手していただけませんか!」

「あ、は、はい!」

「カイ」

「あ……そうですね……」

「?」

「すまないが娘には触れないでいただきたい。他意はないが特に男はダメだ……!」

 

 めちゃくちゃ他意があるなと俺達は苦笑する。父親なら当然な気もするから特に気にする奴等はいない。


 とりあえずフリンクはあまり名前を出したくないので、母さんに注意をしておかないとな。なんせ今は記憶を消せないからな……


「では、お屋敷に行きましょう。ゼン殿、村に家の者が徘徊するかもしれないが、頼む」

「承知しました」


 ということでカイ様達は屋敷へと向かって行った。

 

 ……さて、確かにカイ様が近くにいると違和感があるような気がする。まだ「なにが」とはハッキリ言えないが、彼女の周囲だけ空気が違う感じがあるのだ。

 暑い日にできる陽炎のような、存在が希薄というか……だからイルカアローに反応しないのか……?


「とはいえ、相手は貴族で女の子……どうしようかな」

「どうしたレン?」

「いや、なんでも……」


 俺はどう調査するか頭を悩ませるのだった。

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