第8話 平和はいつまでも続かない?

「むう……村を離れるとこう、頭がふらつくな」

「村に来てもそうですけどね?」

「よく分からんが、もうすぐ完成だ」


 畑仕事が終わって片づけをしていると、建築作業員がそんなことを言いながら通り過ぎていく。

 さて、村に貴族の療養屋敷が建つことになってから早2週間。作業は順調だ。

 ちなみにこの世界に2週間という概念はないが、俺の中で14日は2週間だ。


 ……もちろん、日にちを表す言葉はあって一日なら「1テム」で、1週間なら「1シャル」となり、一か月なら「1ゲカ」になる。

 町まで3テムかかると言われりゃ三日って感じだな。


 曜日は風曜、火曜、水曜、木曜、土曜、こう曜、あん曜の7テムとなる。土曜が前倒しなのは最初は慣れなかったものだ。


 お金の単位は無く、ファンタジーらしく、金・銀・銅・鉄の硬貨がだ。

 オリンピックかよと前世は常々思っていたが、実際手にすると「こんなものかもしれない」と納得したっけな。紙幣は偽札防止策が無いため存在しない。

 金属はなかなか誤魔化せないから流通できるが、こういう魔法がある世界で紙幣は難しいのかもしれない。


『もうすぐできるようだな』

「みたいだ。どんな人が来るのかわからないけど、療養ってくらいだから身体が強くないんだろうな」

『健康はこの世界だと特に必要だから、治るといいな。ふう、完成と移住祝いをやるだろうし、バーボンと葉巻が欲しいもんだ』

「前世でアジかサバしか食ってない奴がなにを言ってんだ?」


 舌の根の乾かぬ内に、不健康なアイテムを要求するフリンクの噴気孔を抑えてやった。一瞬じたばたした後、ヒレで反撃をしてきたので軽く払っておいた。

 ちなみにこのヒレを本気で振った場合、ゴブリンの頭は一撃で吹き飛ぶ。


 それはともかく村にどんな人が来たらいいかといった話をする。


『やはりここは貴族のお嬢さんだな。レンの良さをアピールして出世してもらおう』

「なにを言ってんだ……だから村人が貴族とお付き合いできるわけないだろ。お前が女の子に可愛がってもらいたいだけだろうが」

『それもある』

「正直すぎる」


 ニヒルな声でそんなことを言われても困るが、まあお爺さんとかお婆さんといった引退気味で病気療養というのが現実的だと思う。


『貴族のおぼっちゃんなら恩を売って、金稼ぎと行こ――』

「レンにフリンク、お仕事は終わったー?」

『終わったよーお母さんー』

「変わり身が早いっ!?」


 少し離れたところから買い物かごを下げた母さんが声をかけてきて、フリンクはすぐに返事をした。買い物帰りかと合流する。


「私も帰るところよ。なんだか楽しそうだったけどなんの話をしてたの?」

『丘の上に来る貴族がおぼっちゃんだったら恩を売れるなって思ったの!』

「少しは濁せよ!?」

「まあ、そういうことを言ってはいけないわよ? 恩を売るために人助けをしたら後で痛い目をみるかも」

『はーい』


 頭を撫でられてご満悦なフリンクが無責任な返事をしていた。平穏を望む俺にとって貴族に恩を売るなどそれこそあり得ない。

 生活圏に入ろうとしたらこの前の……名前なんだっけ? あの人に追い返されると思う。


 それよりも――


「今日の昼飯はなんだい?」

「ポテトのサラダと、いい卵が手に入ったからオムレツかしらね」

『お魚は?』

「今日は買ってないわよ」

『夜は!?』

「夜はシチューよ」

『……』


 ただのイルカじゃないので肉も野菜もシチューも食べる。しかしやはりフリンクが食べたいのは魚なのだ。

 たまにこういうことはあるが、いつもは二日に一回ほど出ないくらい程度である。しかし、この何日かは食卓に魚が並ぶことが無かった。

 どうもいい魚が店頭に並んでいないようだ。


「町で売れているみたいなのよ、それで余った魚が村に来るけどいいのが来ないのよね。安いけど」

『なにがあったの?』

「オコゼとか」

『うう……』

「あれは食いでが無いからなあ……」


 村は海と山の中間位に位置しているんだけど、海→町→村→山という位置関係なので獲った魚はまず町に卸されるのだ。


『こうなったらレン、釣りに行くよ……!』

「夜まで待て。昼間は目立ちすぎる」

『えー! やぁだ! お魚食べたいぃぃぃ』

「あらあら」


 その場でぐるぐるん回りだしたフリンクが駄々をこねはじめる。

 いや、流石にその辺の人の記憶を消しまくるのは危ない。


「昼寝して夜中に行こうぜ。今日は我慢して明日食おう」

『うん……』


 俺と母さんで体と頭を撫でまわしてやって慰めてやる。最近、父さんも野菜が売れているみたいだし町は活気があるのかねえ。


 そんな調子で自宅に帰り、農具の手入れをした後に昼寝をしていると――


「……!?」

『……!!?』


 ――不意に『なにかが壊れる』という感覚に襲われて目を覚ます。同時に枕にしていたフリンクも起きたようでもぞもぞと動いていた。

 

「フリンク、これはまさか……!?」

『レンも気づいたか。これは……記憶消去の結界が破られたようだ。それにしても一体誰が? 俺と同じ存在かそれ以上の存在……?』

「マジか!? い、いや、それよりももう一度かけないと!」

『今やっている。だが、打ち消されるな。原因を探りに行こう』

「そうだな……」


 念のため装備を整えてから俺とフリンクは家を飛び出した。

 平穏な暮らしを脅かすのは誰だよまったく……

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