悪い夢

  

 

『どうして――?』


 

 炎の中で、その人は笑っていた。


 それは本当にあったことなのか。


 その後、抱いたイメージなのか。


 誰かが彼女の手を掴む。




『逃げて……


  明路……っ!』



 

 それは永遠に見続ける悪い夢。


 だけど、自分にとっての、本当の悪夢はそれではない――。

 

 


 本を取りに入った居間で、テレビがつけっぱなしになっていた。


 まったくもう、お母さんは、と葵は主電源からそれを切ろうとする。


 飽きもしないで、また恋愛物なんか見て。

 こんなもの見て、何が楽しいんだろうな、と思う。


 自分が誰かを好きになるとか考えられないから、感情移入できないのだろうか。

 どうもこの手のドラマも本も苦手だ。


 男は嫌いだ。

 あんな光景見せつけられてきて、好きになれるはずもないが。


 いわゆる今どきのイケメンが画面いっぱいに映ったところで消した。

 少し湊和彦に似ていたからだ。


 恋愛したいとか、結婚したいとか思わない。

 だが、子どもは少し欲しいような気がする。


 自分がお腹に居たとき、明路から流れ込んできたあの温かい感情と充足感を自分も味わってみたい気がするからだ。


 半端に母親の血を引いたせいで、未来までは見えないから。

 自分がどんな未来を辿るのかは想像もつかないが――。


 そのとき、明路と違い、まるっこい母親が菓子の袋を手に戻ってきた。


「あっ、それ、見てたのに~っ。


 もうっ。

 なんで、あんたはテレビでも、電気でも、パチパチパチパチ切っちゃうのっ」


 小姑!? と我が娘に向かって言う。


 笑ってしまった。


 このまま此処にこうして居られればいい。

 それ以上、何も望まない。


 いや――


 母親から受け継いだ、この悪夢のような記憶が消えてくれれば言うことはないのだが。


 


 明路が出て行ったあと、湊は大倉に手招きされた。


「今日、都合がつくなら、呑みに行かないかい」

「どうしたんですか?」


 その誘いの裏に何かあると察して訊いてみる。


「いや……嬢ちゃん、そろそろ隠してることをしゃべらねえかな、と思ってな」


 自分は明路を呼ぶためのダシか。


「私が居ない方がしゃべるかもしれませんが」

と言うと、


「いやあ、あんたが居ないと泥酔するまで酔わねえからなあ」

と言う。


 送ってくれる人間が居ると思うから、安心して呑めるのだろうかな、と思った。

 だが、また明路を送っていって、明路の母親に睨まれるのは勘弁だ。


 明路の母は苦手だ。


 明路に関しては、何もかも自業自得だろと思い、被害者ぶらせるつもりは毛頭ないのだが。


 明路の両親にだけは申し訳ないと思っているから。


 あんな娘でも、手塩にかけて育てたんだろうにと思うからだ。


 自分の母親と照らし合わせて、そう思っていたし、葵が産まれてからは、より強く懺悔の気持ちを抱いてる。


 だが、それは本当に親に対してだけだ。


 明路本人には、あの上から目線のカミサマめ。

 勝手に地の底まで堕ちてってくれと思っている。


「藤森でなんとかなりませんか」

と直属の部下でもない部下を売り飛ばそうとしたが、いや、ちょっと、と断られた。


 大倉には未だに頭が上がらないので、仕方なく引き受ける。

 そのとき、ふと、葵の言葉が頭に浮かんだ。


『私には未来は見えないけれど、過去は見える。

 もし、貴方がすべてを知りたいと思ったら――』


 その言葉の意味を考えかけたが、今はやめておいた。





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