川の傍のお堂

 

 白衣の霊と話したら、少し落ち着いた気がして、明路は久しぶりにあの通りに行った。


 川の傍のお堂。

 手を合わせると、静かな気持ちになる。


 このお堂に魂が入っていても、いなくても。

 そういう行為に意味があるのだろうと思う。


 ……いや、此処には居るけどさ。


 あの予見、大事な人の生死にかかわる予見だから見えないのだろうか。


 いや、そういうのでも見えるときもあるしな、と思いながら行こうとしたとき、向こうから楽しげな家族連れが歩いてきて、足を止める。


 夫の方を向いて話していた女がこちらに気づき、はっとした。


 頭を下げたあとで、胸に抱えていた子どもを抱き直し、気まずそうにしていたが、その姿を見て微笑んだ。


 彼女の傍に居る、長身で感じの良い夫が子どもの手を引きながら、誰だろう、という顔でこちらを見、頭を下げてきた。


 心地良い風が川から吹き、柳や髪を揺らしていた。



『殺されたんだよね~』


 川縁を離れたあと、例の殺害現場に向かった明路は、花のある場所の傍に、あんぱんを供えて、手を合わせた。


 すると、真横から声が聞こえて来た。


 見れば、男が肩が触れそうな位置にしゃがんでいる。

 まあ、触れているのかもしれないが、霊なので、感覚としてはわからない。


「あのー、それ、百万回聞きました」


 周囲に人が居ないことを確認して言うと、

『じゃあさあ、早く捕まえてよ、犯人』

と言う。


「だって、貴方の証言、曖昧だし」

『あいつだよ、あいつだよ、あいつ~』


 だから、どいつだ、と思っていると、

『……ねえ、あんたさあ。

 犯人捕まえたくないんじゃないの?』

と言い出した。


 わりと鋭いな、この霊、と手を合わせたまま、横目に見る。


「あのー、ちょっと訊いてもいいですか?」

『はい、どうぞ~?』


「通り魔とか殺人犯とかどう思います?」


『ああ。

 そりゃあ、良くないよねえ』


 まあ、この状況じゃなくても、そう言うよな。


「捕まえたいんです」

『だから捕まえてよ』


「貴方を殺した犯人も捕まえます。

 でも、通り魔も捕まえたいんです。


 協力してください。

 お願いします」


『なんでそこで立ち上がるの。

 君、大きいから、見下されてる感じがするんだけど』

と言いながらも、まあ、いいよ、と霊は言った。


「警察に協力って、なんか格好いいよね。

 前、したことあるし』


「……そうなんですか?」


「此処に居たのか」


 藤森の声に、ああ~と霊は厭そうな声を出して消えた。

 どうやら、男が嫌いらしい。


「現場百回か?」


「まあ、そんなとこ」

と言うと、


「お前の場合、百回、霊の話聞いてんだろ」

と言う。


 もうそういうものを否定する気はないようだった。


「霊となんの話をしてたんだ?」

「いや、単に通りすがりの霊に道を訊かれてたのよ」


「あの世に行く道か? 霊能者」

「いやあ、単にお巡りさんだからじゃない?」


「今、制服着てねえだろ」

「着てこようか、今度」


 コスプレか、と言われたが、私は本物の警官だと言うのに。


「署を出てから、ずっと此処に居たのか」

と問われ、いや……と答える。


「なんていうかさ」

 少し曇ってきた気がする空を見上げて言った。


「霊に教えられることもあるわよね」


 そんなのはお前だけだと言われるかと思ったが、藤森は、

「……まあ、そうだな」

とぽつりと言った。


 整ってはいるが、何処か厭味なその横顔を見る。


 その表情に、以前は見られなかった淋しさが感じられるのは、藤森の心境が変わったせいか。


 それとも、自分の見方が変わったからなのか。


「用が終わったら、とっとと帰れよ」

 そう言い、藤森は先に歩き出す。


 その背中を見送っていた視界に、ぽつりとしずくが落ちてきた。


 また雨か―― と明路は空を見上げる。


 

 

 

 ドウシテ……




    ど ウ シテ




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