霊にも諭される


「お嬢さん、そこのお嬢さん」


 大倉の呼びかけに笑いが起こる。

 はい、座って、と大倉が彼の横の椅子を叩いた。


 ぼうっと外を見ている間に、いつの間にか、会議をやっていたようだ。

 明路は考え事をしながら、そこに座る。


 ドラマなどとは違い、雑然とした雰囲気の中で、ぼんやり話を聞いていたが、ずっと、先程見損ねた光景が気になっていた。


 いつかもこんなことがあった。


 あれは……。


 そんなことを考えながら、前を見る。


「大倉さん」

 小声で隣の大倉を呼ぶと、なんだ、と少し顔を近づけてくる。


 大倉の少し薄くなっている髪から香る整髪料の匂いを嗅ぎながら、

「……トイレ」

と言った。


 子どもか、と言いながら、しっし、と手を払う。

 行け、ということだろう。


 開きかけた手帳を手に、そうっと抜け出した――


 つもりだが、全員に丸見えだったと思う。

 


 前に座っていた明路が、そうっと出ていくのを藤森は見た。


 またか、あの女、何処に行く気だ。

 ほんとに勝手に動く奴だ。


 見ると、屋敷もそちらを窺っている。

 明路は静かに戸を閉めた。


 が、全員そちらを見ていたと思う。


 明路の動向が気になるからだ。


 あいつは事件に関して、明らかに何かを隠している。


 だが、その手の能力に頼るのはどうなんだ、と思っている風をみな装っているので、口に出して、彼女に訊いてみるものは居ない。


 大倉と、恐らく、湊以外には。



 外に出た明路は、湊に出逢った。

 当たり前だが、普通のスーツに着替えていて、ほっとする。


「何処へ行く」


「ちょっと」

と言って、行きかけたが、そのまま後ろ向きに下がる。


 湊のところまで行くと、その肩や胸をスーツの上から確かめるように叩いてみた。


「……なんなんだ、お前は」


「いいえー、別に」

と言って、そこを後にする。



 署を出て、学校の近くまで行った明路は、そういえば、日曜だったな、と思う。


 部活の生徒たちももう帰ったらしく、閑散としていた。


 どうもこの仕事やってると、いつが何曜日なのかわからなくなるなあ、と思いながら、門柱の前にぼうっと立って、グラウンドを眺めていた。


 すると、校舎の前辺りから、例の機械を押した白衣の男がやってくる。

 そうそう、お礼を言いそびれた、と思って、彼に頭を下げる。


「ありがとうございます。

 葵を見張っていてくれて。


 お陰さまで、うまくいきました。


 ……でも、犯人は捕まえられなくて、申し訳ありませんでした。

 近いうちになんとかします」


 そう言いながら、先程の見えなかった、或いは、見えたが、すぐ消えた映像を思い出していた。


「まあ、無理しないで」


 誰が言ったのかと思った。

 白衣の男がこちらを労るように見下ろしていた。


「……今、何か言いました?」


「まあ、無理しないで。

 今、生きてることが大事なんですから」


 喋れたのか、と思う。


 あれからずっと、ただウロつくだけの霊となっていたのに。

 今、急に停止していた彼の時間が動き出したかのように、喋り出したのだ。


「すみません。

 ありがとうございます」


「ところで、なにしに来られたんですか? 日曜ですが」


 霊にまで、日曜だと諭されたよ。

 霊よりも、日常的な感覚が薄くなっているということか。


「ちょっと気になって来てみたんです。

 でも、今日、居るわけないですよね」


「服部……怜ですか」


 喋らないでいた間も、事態が動いていたことはわかっていたようだ。

 ちゃんと由佳と見分けている。


 待てよ。

 喋れるということは……。


「あの、今日、私が服部くんに会いに来たなんて―」


 言いませんよ、と彼は苦笑して言った。


「ちょっと確かめたいことがあって来たんです」


 そう告げると、白衣の霊は何か思うところあるように小首を傾げる。


「よくない顔をしていますね」

「え?」


「あの頃と同じような顔してますよ」


 ロクでもないことを言うなあ、と思ったが、彼の心配も最もだった。


「そうですね。

 なんだか、あのときも同じものを見た気がして」


 あの『見えない』映像を服部由佳が爆死する前にも見た気がする。


「よく見えない予知なのか。

 見たくなくて、瞬時に忘れるのか。


 私にもよくわからないんですけど」


 或いは、単に確実性の薄い未来なのか。


「それで怜が心配になって来たんですか?」


 少し頭を掻き、

「まあ、彼に関する予知とは限らないですけど。

 単に私の大事な人に関する予知なのかも。


 でも、何故なんでしょうね。

 葵は大丈夫な気がするんです。


 大丈夫だと感じる何かが見えてたのかもしれませんけどね」

と答える。


「それで、貴方の大事な人たちの居る場所をぐるりと回ってるんですか?」

と霊は笑う。


「それはそれで、いいことですね。

 まあ、この先、何事もなければですが」


 そう付け加えられた。






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