再会
また薄くあの扉が開いている。
聡子は廊下で足を止めた。
昌生にははなはだ失礼な話だが、あそこの扉が開いていると、昌生の手が床に這うように覗いている妄想をしてしまい、ちょっと怖い。
少し迷って閉めに行くことにした。
覗くつもりはなかったのだが、中が視界に入る。
ぎくりとした。
あの少年が丸椅子に腰掛け、昌生の顔を見ていたからだ。
膝を組み、ただ身内を見守るように見ている彼には、あのときにはなかった静けさがあり、今ならいいような気がして、そっと扉を開けてみた。
「ノックしないの?」
と言われる。
「ごめんなさい」
と聡子が言うと、行人は昌生の顔を見たまま、ちょっと笑って見せた。
「僕に言われる義理じゃないよね」
随分と年下だとわかっていても、どきりとする表情だった。
なんというか。
男にしか出せない色気があるというか。
湊和彦もちょっとそういうところがあるが、行人の方が人目を惹く感じがあった。
「こうして見てると、奇麗な顔だよね」
「いや――
あの、おんなじ顔みたいなんだけど……」
と言うと、行人はまた少しだけ笑った。
「なにしてるの?」
「いや。
こうして見てると、いろいろと迷うなあと思って」
何を企んでいるのか知らないが、永遠に迷っていてくれ、と思った。
行人は、近づいたこちらの足許を見て、あれっ? と言う。
「貴女、霊感があるの?」
「え?
ないわよ」
明路じゃあるまいし、と言うと、
「じゃあ、単に勘がいいんだね。
それか、あの人たちと居るせいで、感化されちゃってるのかな」
と言い出す。
一体、足許に何が!?
と思ったが、行人は教えてくれなかった。
ただ、自分が無意識のうちに何かを避けて歩いたような気はしていた。
そのとき、からりと戸が開いた。
滅多に現れない人が現れ、驚いた。
が、それ以上に、風呂敷を手に立っていた和彦の母は、行人を見て、驚いたようだった。
「……貴方は?」
行人は何も答えぬまま、立ち上がり、硬い表情で彼女に頭を下げると、席を譲る。
自分や明路に対する不遜な態度とは、全く違っていた。
「佐々木昌生の親族です」
少し間を置き、行人が言う。
佐々木と言ったせいか、昌生の親族だと名乗ったせいか、和彦の母は眉をひそめた。
自分と行人は後ろに下がる。
和彦の母は、そう、とだけ言い、昌生の枕許に来た。
傍の小さな台の上で風呂敷を広げる。
中には重箱が入っていた。
漆塗りのその中にはおかずが詰め込まれていた。
「今日は法事だったのよ」
と彼女は言う。
昌生が食べられないとわかっていて、箸を彼女の方に向けて置いた。
「このまましばらく置いておいて。
明日にでも取りに来るから」
はい、と答えると、彼女は頭を下げ、風呂敷を手に出て行った。
「法事の料理を持って来たの?」
と他に訊く者も居ないので、行人に訊く。
行人は重箱の中を覗いていた。
そのまま箸を使わず、いかなごのくぎ煮をひとつ摘む。
口に入れたあと、しばらく、じっとしていた。
「それ、好きなの?」
行人は俯き黙っていた。
なんだか泣いているような気がして、それきり声がかけられなくなる。
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