霊のお散歩

 

「『ちょっと出て来る』じゃなかったのか。

 ちょっとがいつも長いんだよ、お前は」


 本部に戻ると、パイプ椅子にどっかり腰を下ろした藤森がそんなことを言ってきた。


 結局、部長の言いなりじゃねえか、と小声でもらしたようだった。


「っていうか、屋敷。

 なんでお前まで居なくなってる」


「え? 明路さんをお迎えに」


 笑顔で答えた屋敷に、藤森は呆れる。

 それに気づかぬように、屋敷は言った。


「それにしても、黒い服って、なんであんなに奇麗な人を引き立てるんでしょうね」


「お前……まさか、それ見に行ってたのか」


 この暇な、ど阿呆を逮捕しろ、とやはり藤森は言った。

 予見しなくても、こいつの言動は想像つくな、と明路は思っていた。


「藤森。

 まだ、やって欲しいことがあるから逮捕しないで」

と言ってみたが、無視され、


「だいたい、こいつ、黒着てねえじゃねえか。

 此処で着替えたのか?」

と明路を指差す。


「あ、藤森さんも見たかったんでしょう?」

 懲りずに、からかった屋敷は、そうじゃねえだろっ、とまた怒鳴られていた。


「お前、明路が着替えるのに付いて帰ったな?」


「はい。

 お母様にお茶をいただきました。


 一応、明路さんの婚約者ということになっているお坊さんにもお会いしましたよ」


「坊さん?」

「ほら、湊部長のお義弟さんの」


 今日の法事に劉生は来ていなかった。

 何回忌だかわからないような法事だというのもあるが。


 湊の家で、昌生の扱いが悪いのを知っているし。

 それに、私が手伝いに駆り出されるかもしれないことを知っているから――。


「別に婚約してないから」


 湊が自分とのことを人に訊かれたときに、面倒臭いから、そう答えているだけだ。

 劉生からしてみれば、彼のそういう態度も癇に障るようなのだが。


「さあって、仕事しよっと」

と言う明路を胡散臭げに藤森は見ていた。


 


 いい天気だ。


 梅雨の中休みのような晴れ間。

 病院と駅に近い公園は、家族連れで穏やかな雰囲気だった。


 夜になると、鬱蒼とした木々のせいで、怪しい気配を醸し出すのだが。


 こんな日には、ブランコにでも座ってぼんやりしていたい、と思う自分に呆れる。


 自分が殺された公園なのにな。


 もうそれも遠い過去のことだからか。

 いや、むしろ、最も遠い過去が一番近い。


 あの過去には明路が居て、今の過去には、彼女が居ないからかもしれない。

 自分にとって、意味のない過去ということか。


 確かに生きたその人生をそんな風に判断するのは哀しいが。


 今日は明路は、和彦の家の法事に行っているので、引っ付いていても仕方がないと、一人で此処まで来てみたのだが。


 日曜の和やかな公園に霊が見える母親とか居たら、可哀想かな、と思わなくもなかった。


 公園の真ん中で地面から首だけ出している男の霊が出るなどと噂になったら、家族連れは去り、来るのは、暇な学生ばかりになるだろう。


 そういや、此処には、化け猫も出るんだったな。


 何処行ったんだ、あの化け猫は、と思いながら、ブランコに近づくと、座る場所は濡れていて、足許も水たまりになっていた。


 昨日の雨のせいだろう。


 そのとき、明路たちが通るのとは、反対側の通りに、あの男の姿を見た。


 服部行人だ。


 今日は私服のようだ。


 なにやってんだろうなあ、と思う。


 まあ、学校がある日でも、わりとフラフラしているようだが。


 学校へ行け、学校へ、と自分の立場で言うのもどうかと思うことを考えていたが、ふと、思いついて、行人の後を付いていくことにした。


 霊だから、隠れる必要はない気もするが、行人には自分の姿も見えるはず。


 彼が現れるときには、出来るだけそうしているように、今も、そっと地面に潜り。


 行人の小洒落たスニーカーだけを見ながら付いていった。






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