初恋

 

「おい、お前ら。

 ほどほどで帰れよ~」


 生徒たちがひっそりと企画していた肝試し。


 話は広まり、あまりひっそりではなくなっていたし。


 何事かあったとき、まずいと言うので、教師である自分も巻き込まれていた。


 まあ、近くにある病院にも寄って。


 友人の見舞いをしたついでに、公園に寄るといった感じで。


 当たり前だが、噂の化け猫など出ず、お茶や菓子を手に、公園で騒いでいるだけの集まりとなっていた。


 何をするでもなく、みんなで話しているだけなのだが。


 ま、この年頃って、それだけで楽しかったよな、と眉村は、自分の高校時代を思い出す。


 公園の真ん中で騒ぐ者。

 ブランコの辺りにしゃがんで、恋愛話に夢中になっている者。


 ――を、眺めているのも結構面白い。


「先生」

と話しかけて来たのは、矢来だった。


 もちろん、葵も傍に居る。


「先生の初恋って、いつですか?」


「初恋ねえ。

 どれが初恋だったのか本当のところはわからないけど。


 高校のとき、好きだった子のインパクトが強くて、他は忘れちゃったから、あれが初恋かな」


 えーっ、と女子たちは嬉しそうにはしゃぐ。

 教師のこんな話を聞く機会はあまりないからだろう。


 神崎だけが、もうお腹いっぱい、という顔を話す前からしていたが。


「どんな人だったんですか?

 凄い奇麗な人とか?」


「一目見たときから、凄いインパクトだったね。


 凄い――


 普通だった」


 怜が、離れた位置から、阿呆か、という目でこちらを見ていた。


 悔しかったら、お前も語れ、と思う。


 矢来たちは、よくわからないようで、はあ、と言っている。


「凄く普通で大人しい感じなんだけど。

 目が据わってて、時折、妙な凄みがあったな」


「男の人って、そういうギャップに弱いですよね」

と一人が訳知り顔で言う。


「その人とはどうなったんですか?」


「どうもこうも。

 彼女は未婚で子どもを産んで、バリバリのキャリアウーマンをやってるよ」


 へえー、と子どもたちは感心したように聞いている。


 自分たちのまだ見ぬ未来に、想いを馳せたりしているのだろうか。

 ま、最初から未来が見えている人間もこの世には居るが。


 それにしても、子どもたちは可愛い。


 時にあの服部怜までも。


 葵は――


 あんまり可愛くないかな。


 目が悟り過ぎだ。


 自分は、昔はどちらかと言うと、子どもに対峙すると、扱いに困る類いの人間だったのだが。


 いざ、教師になってみると、なかなか面白い。

 普通そうな子でも、それぞれ、個性的で。


「未婚なら、まだ行けるじゃないですか、先生」

「そうだねえ」


 やめんか、矢来、という表情で怜が睨んでいた。


 服部由佳の生まれ変わりだが、子どものお前と。

 大人の自分と。


 どっちが、彼女に近いだろうな、と思うが、その答えは自分には出ないし。

 彼女の傍には、もっと厄介な相手が居るのを知っていた。


 生徒たちに聞こえないよう、小さくそう呟く。


「……裏切り者」


 正面にある鉄棒を見、ちょっと嗤った。





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