第三章 化け猫

捜査本部

 

 騒がしい連中が帰って来た。

 湊は振り返り、戸口の方を見る。


「だからさー、そんなに呑まないってー。

 だって、私、酔うと、息をするのもめんどくさくなるのよ~」


「そんな奴は呑むのをやめろ」


 二人とも声がデカイのか通るのか、廊下に居るのに、よく聞こえてくる。


 戸が開いて、こちらを見た明路は、

「ねえ、部長」

と言ってくる。


 何が、ねえ、部長だ。

 なんで、俺が此処までの流れを知っていると思う。


 まあ、聞こえてはいたが。


「何処へ行っていた」


 二人は顔を見合わせたあとで、同時に、

「聞き込みに」

と笑ってみせる。


 ……いつのまにか、いいコンビだ。

 悪い意味で。


 何かロクでもない秘密を共有してるな、と湊はピンと来る。

 あとで、明路を締め上げるか。


「明路さん、お茶、どうですか?」

と屋敷がすぐさまやって来た。


 どいつもこいつも、女の趣味の悪い、と思いながら、湊は傍に来た明路に小声で訊く。


「何処に行っていた」


「えー?

 聞き込みですよー」


 こっちが気を使って、そっと訊いているのに、明路は大きな声で返してくる。


「『何処へ』、聞き込みに行ってたんだ」


 はは、と明路は笑い、

「学校ですよ」

と悪びれもせず言った。


 学校ですよ、じゃねえだろ。


「矢来とかいう生徒か。

 新しい証言でも出たか」


「いえ。

 時間を置いたら、出るかなーと思ったんですが、まだ出ませんでした」


 まだ、出ませんでした?

 また行く気か。


 湊は、ひとつ、溜息をつき、


「未練たらたらだなあ」

と他人事のように呟いて通り過ぎた。

 


「何が未練たらたらなんだ?」

と明路に藤森が訊いてきた。


 明路は湊を見送りながら、

「いやあ」

と適当な返事をする。


「なあ……」

 そう呼びかけたまま、藤森が黙っているので、少々気になり、放置していた彼を振り向いた。


 だが、藤森は、目を合わすと、逸らし、

「いや、なんでもない」

と言う。


 なんなんだ、一体……。


「言いたいことがあるのなら言いなさいよ」


「言いたいかと問われると、別に言いたいわけじゃない。

 というか、言いたくはない」


 なんじゃ、そりゃ……。


「でもまあ、ひとつ忠告しておいてやろう」

 声を落として、藤森は言った。


「お前、酔うと笑い上戸になるな」

「なによ、突然」


「酔ったとき、ウケて、湊部長の膝を叩いてたが、普通、上司の膝とか腿とか叩かないから」


「……ご忠告どうも。

 以後、気をつけるわ」

と言うと、肩をすくめて見せる。


 藤森は、そのまま行ってしまった。


 そういや、この間、呑みに行ったとき、

『なんで、お前と部長が噂になるのかわかったぞ』

とか言ってたな。


 これのことだったのか、と明路は思う。


 それにしても、なんで今、その話だ。


 どうもよくわからん。

 男という奴は。


 きっとなんか違うイキモノなんだな、と思った。


 正直言って、藤森どころか、湊や劉生や眉村の考えていることさえわからない。


 あいつらこそ、妖怪の一種なのに違いない。


 服部由佳の考えていることもわかりにくかったが。

 それと比較すれば、怜はまだ可愛らしい。


 同じ魂でも、育った環境が良かったのか、まだ子どもだからなのか。


 いや、あの頃の由佳と同程度の年なのだが、あのときは、自分もまだ子どもだったから、そうは感じられなかったのだろうか。


『未練たらたらだなあ』


 湊はそう言うが、果たして、今の怜に、大人になった自分が恋愛感情を抱けるものなのか。


 まあ、もともと由佳に対する気持ちも、兄に対する気持ちもよくわからなかったし。


 だけど、あの、長い長い予見の中で、


『今度は好きにならないかも――』


 そう呟いた自分の心は確かに、彼に向かって、傾いていた。


 だが、あの未来も結局は消えた。


「明路さん、お茶です」

と屋敷が持って来てくれたのを受け取りながら、


「ありがとう」

と言う。


 そこに、湊が戻って来た。


「おい。

 そういえば、お前の周りから気配が消えてるが――」


「そうなんですよ。

 うちの猫、何処、行ったんでしょうね」







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