肝試し

 

 結局、私も甘いわね。


 いや、弱いのか、と葵は思った。

 想像以上に、自分の悪戯を重く引きずっている怜を見て、早々に折れてしまった。


 眉村が言うように、自分が怜を―― 服部由佳の魂を持つ彼を恨む理由はない。


 彼が或る意味、すべての元凶だとしても。


 彼は自らを犠牲にしても、佐々木明路だけを守ろうとした。


 だが、彼は自分の見た未来より先のことを本気で考えてはいなかったように思える。


 その後、彼の愛した明路や、仲間たちがどうなるのかを。


 自己犠牲に酔ってたんじゃないの、と切り捨てたいところだが、あのときの彼にとっては、それが精一杯だったのだろう。


「妖怪猫ねえ」

 葵は、ぼそりと呟く。


 先程聞こえた話が気になっていた。



 電話、切りやがったな。

 湊は、不自然な切れ方をした携帯を見つめていた。


「やっぱり、お茶でもどうですか」

と、こちらの機嫌の悪いのを察してか、屋敷が訊いてくる。


 もともと本部には行く予定だったので、明路が出なかった携帯を懐に入れ、歩き出す。


 屋敷が付いてきた。


「そうだ、部長。

 ご存知ですか?


 妖怪が出るそうですよ」


 ――妖怪?


 振り返らずに屋敷の話を聞く。


「夜、駅前の公園に行くと、白い化け猫に襲われるそうです」

 ぴたりと足を止めた。


「白い猫?」


「は?


 あれっ。

 黒だったかな?」


「お前、刑事のくせに、白か黒かも覚えてないのか」


「部長~。

 都市伝説なんてそんなもんですよ~」


 いや、話が様々な方向に分岐してるにしても、お前が聞いたときはどうだったんだ、と思ったが、屋敷は、うーん、と顎に手をやり、唸り、


「白って聞いた気がしますね~」

とぼんやりしたことを返してくる。


 今後、こいつのとってきた証言は疑ってかかることにしよう、と湊は思った。


「公園で白い猫か。

 誰か実際に襲われたものでも居るのか」


「居るみたいですよ」

「それは何処の誰だかわかるか?」


「わかんないですよ~。


『人が襲われるのを見た』

 って話でしたから」


「……その噂が広まったのは、いつ頃だ」


「最近ですよ。

 最近、急に広まったんですよ。


 まあ、夏も近いですしね」


 怪談の季節じゃないですか、と屋敷は呑気なことを言い出す。


 『白い猫』か。

 今、何故、その噂だ?


 妙な符号だ、と湊は思った。


 やけに気になる――。




「先生ー、先生ー」

と呑気な声がして、眉村の許に、クラスの男子生徒がやってきた。


「例の肝試しなんですけど~」

 廊下でデカイ声で話し出す。


「もうちょっと小声で話せよ~」

と言ったが、生徒は聞いていない。


「病院でって案も出たんですけど。

 公園もいいかなって」


 マイペースに話し出すが。

 その病院ってあそこか、と眉村は思う。


 友人が入院しているので、見舞いがてら、肝試しをとでもいうのだろうか。


 廃病院じゃあるまいし。

 病院、夜でも結構人居るからな……。


「暇だなあ、お前ら」

「行かないんですか?」


「行くよ。

 お前らだけにしておけないだろ」


 とか言って、先生も好きなくせに~と生徒は言っている。


 嫌いではないが、好きでもない。


「霊をたっぷり見る方法ならあるけどなあ」

と眉村が呟くと、


「えっ、なんですか?」

と生徒は身を乗り出し、訊いてくる。


「いや、階段でやるんじゃなかったのか」


「あ~、幽霊階段。

 最近、見えないらしいですからねえ、あそこの霊」


「情報古いねえ」

「そうなんですか?」


「いや、まあ、それはともかく、なんで公園なんだ?」


「知らないんですか?

 公園に化け猫が出るんですよ」


「化け猫?

 それって、怖いか?」


 いや~、と生徒は頭を掻き、

「でもまあ、人を襲うらしいですからね」

と言う。


「人をねえ。

 油でも舐めてるのかと思ってたよ」


「公園に油ないじゃないですか。

 白い猫が人を襲うそうなんです」


「……へえ」


 白い化け猫には心当たりがあるが、人を襲うほど元気ではなかったようだが。


 死んでからの話だろうかな。

 いや、それにしては、早過ぎる。


 眉村がそんなことを考えていたとき、


「服部ー」

とその生徒が怜を呼んだ。


 別の友人とやってきた怜の表情は、別人のように柔らかい。


 眉村は、心の中で舌打ちをする。


 もうちょっとからかってやろうと思ってたのに、神崎、もうしゃべったのか。


 この男が服部由佳の生まれ変わりなのは間違いない。


 好きな相手より、嫌いな相手の方が目につきやすいというが、本当だ。


 嫌いではないが、自分にとって、邪魔なこの魂は、何処に居ても、どんな風に姿を変えても、光を放っているようにすぐわかる。


 あまり自覚を持たれても困るんだが。


 明路は、彼の新しい人生を彼のために生きて欲しいと願い、自分から切り離そうとしているようだが。


 自分は違う意味で切り離したいな、と思っていた。


 服部由佳という男は、明路と少々、年が離れていようとも。

 実は、親子であろうとも、あまり怯みそうにない男だからだ。


 そのとき、ひょっこり教室から顔を出したものが居た。

 長い髪を揺らして、軽く頭を下げ、肩をすくめて見せる。


 さっさと怜にしゃべってしまったことを、ちょっと申し訳ないと思っているようだ。


 まったく……。


 葵は、矢来たちと一緒に彼らの話に混ざっている。


 やはり、神崎たちも参加することになるのか。


 さあ。

 お姫様。


 いつまで、傍観を決め込んでられるかな。


 いつか君の番が来る。


 君の試練のときが――。









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